PIVOT CAREER
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2025年11月29日

日本を代表する大学である東京大学。東大を卒業することは、現代社会で「幸せ」に直結するのか?知られざる「東大卒」の格差や実態とは?教育社会学者の本田由紀氏に聞いた。 ▼プロフィール 本田由紀|教育社会学者 東京大学大学院教育学研究科教授。日本労働研究機構(現•労働政策研究•研修機構)研究員、東大社会...
日本トップの大学として知られる東京大学。その卒業生に課される「東大卒」という期待と、それが時に個人にもたらす重圧について深く考察する。この排他的にも思える「東大フィルター」をくぐり抜けた先に、学生たちはどのような人生を歩み、キャリアを形成しているのか。最新のデータと専門家の見解を基に、その光と影の実態を明らかにする。
本稿では、社会人経験を経て再び学びの場へ戻る人々の動機、卒業生追跡調査の欠如が示唆する大学の「製造者責任」の重要性、そして学歴がキャリアや自己認識に与える多面的な影響について深掘りする。さらに、東京大学が担うべき普遍的な使命とその実現に向けた課題にも焦点を当てることで、「東大」を巡る複合的な問いに対する示唆に富む解答を提示する。

社会で多大なアウトプットを求められる業務に就いていると、人は必然的に体系的なインプットを求めるようになる。実社会で経験した複雑な問題を理論的に整理し、新たな知識を吸収する場として、大学院は非常に魅力的な選択肢となりうるのだ。
東京大学大学院では、学部卒業生から現役社会人まで多様なバックグラウンドを持つ人々が共に学ぶ。年齢や経歴に関わらず、社会人学生が温かく迎え入れられ、学生たちが分け隔てなく交流する文化が根付いている。この開かれた学習環境こそが、学び直しを志す人々にとって大きな後押しとなるだろう。
加えて、学生時代の恩師からの「いつでも学びに戻ってきてよい」という言葉が、その後の人生において心理的な安全弁となる場合もある。社会の荒波に揉まれ、学びの重要性を再認識した際、こうした言葉は再び学府の門を叩くきっかけとなり、生涯にわたる学習意欲を支える土台となるのだ。
現在の卒業生調査データは、しばしば回答者の心理的な偏りを含むという限界を抱えている。調査に協力するのは、現状に大きな幸福を感じている者か、あるいは強い不満や意見を表明したい者かのいずれかであることが多いからだ。このため、大多数を占める「並みの幸福度を持つ層」や、疲れ切って声を発することすらできない層の真の姿は、データ上では見えにくくなりがちである。
特に東京大学は、組織的な卒業生追跡調査をこれまで実施してこなかった歴史がある。これは、自身の教育成果を客観的に評価し、時代に即した改善を図る上での大きな障害となる。大学には、学生を社会に送り出す「製造者責任」が存在し、卒業生のキャリアや人生がどう展開しているのかを把握し、それに基づいた教育改革を進める責務があるだろう。

社会的な不祥事や問題を起こした人物に、偶然にも東大出身者が少なくないという現実に対し、大学はその教育が彼らの行動にどのような影響を与えたのかを検証する必要がある。入学時と卒業時の意識の変化などをデータとして記録すれば、大学が学生にもたらす「差分」をより明確に捉え、その知見を教育改善へと結びつけられるはずだ。
「神童」と呼ばれ、地元の期待を一身に背負って東京大学へ入学した学生が、初めて直面する挫折の現実は深刻なアイデンティティの崩壊を招きうる。これまで常に「一番」であった彼らが、周りには自身よりも優秀な存在が溢れていると知る衝撃は計り知れない。特に真面目で周囲の期待に応えようとする学生ほど、この重圧に苦しみやすい傾向にある。
この学歴によるプレッシャーは、男女によってその様相を異にする。東大卒男性の8割近くが、性別によってキャリア上での有利不利を感じなかったと回答しているのに対し、女性の場合、およそ4割が何らかの有利または不利を経験している。性別を意識せずに生きていけることは一種の幸福であり特権だと言えるが、女性は「東大卒女性」というレッテルによって、社会からの複雑なまなざしや困難な経験を強いられがちな現状がうかがえる。

また、「東大に入ったのに」という周囲の過度な期待は、時に呪いとなる。病気などの予期せぬ事情で、世間が描くような輝かしいキャリアを歩めなかった場合、学歴がなかった方がむしろ精神的な重圧から解放され、幸せであったかもしれないと感じる者もいる。入学前に比べ、より自己否定的に陥りやすい環境は、個人のウェルビーイングに深く影響する課題と言えよう。
東大生の就職活動期は、周囲からの期待が最も顕在化する局面の一つだ。「せっかく東大に入ったのだから」という言葉とともに、親世代、特に地方出身の保護者からは、大手企業や官僚といった画一的な「成功像」が提示されがちだ。本人が自身の興味や価値観に基づいてベンチャー企業やNPOなどを選択しても、親や地元の人々から「聞いたことがない会社」と戸惑われたり、期待を裏切ったかのような反応をされたりするケースは少なくない。
近年、東大生の就職先の多様化は進んでおり、自身の興味や社会貢献を重視するNPOやスタートアップへの道を選ぶ学生も増えている。しかし、このキャリアパスの広がりは、まだ親世代や地方の認識に追いついていないのが現状だ。こうした認識のギャップは、学生と親の間での摩擦を生む原因にもなっている。

そこで一部の学生が選択するのは、戦略的なキャリア構築だ。周囲、特に実家の親の期待に応えるために、まずは名の通った日本型大企業(JTC)に入社し、「箔」を付ける。そして3年程度そこで経験を積んだ後、本当に望むキャリアへと転職するという「賢いルート」を辿る卒業生は少なくない。これにより、世間体を保ちつつ、自身のキャリアパスを自由に設計する道を模索している。
東大卒、特に男性の場合、転職経験がキャリアにおける収入向上に寄与する傾向がある。調査データによれば、年齢要因を排除しても、転職を経験した男性の方が未経験者よりも高収入であるという結果が示されているのだ。これは、東大卒というブランドを最大限に活用し、より良い条件や自身の志向に合致した職場への「納得の転職」を実現しているケースが多いことを強く示唆するだろう。
国立大学がこの国に存在する根源的な使命は、全国津々浦々から出自を問わず優秀な人材を発掘し、最高の教育機会を提供し、その育成成果を社会全体に広く還元することにある、と本田氏は語る。その最も象徴的かつ歴史的な存在が東京大学であったはずだ。しかし現状は、首都圏の特定の中高一貫校出身者に学生が集中し、一部の層によって「専有」されているような傾向が見られることは、その本来の理念から外れており、遺憾であると指摘する声も上がっている。
様々な課題を抱えつつも、東京大学の揺るぎない最大の価値は、その比類なき総合大学としての特性にある。文系・理系を問わず、ありとあらゆる分野の研究者が集結し、学内でどんな専門分野の「知」にも触れ、出会える環境は、他の追随を許さない。これは知的好奇心を抱く学生にとって、これ以上ないほど恵まれた「知の巨人」との邂逅できる場所であると言えよう。
政府や文部科学省は、短期的な経済成長に直結する分野ばかりに焦点を当てがちだが、国の未来を担う高等教育機関、特に国立大学の普遍的な学術活動の多様性を守り、長期的な視点での投資が不可欠である。大学が資金難にあえぎ、建物の老朽化が進むといった悲惨な現状は、未来への投資をおろそかにする日本の現状を象徴しており、早急な対策が求められるだろう。