PIVOT TALK BUSINESS
AI時代のコンテンツ大予測。ディープメディアの時代が来る
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2025年11月16日

若者の間で匿名SNS離れが進んでいる。SNS、AIが当たり前になった時代に、コンテンツ・メディアはどう変わっていくのか?連続起業家の福田淳氏と東京科学大学の柳瀬博一教授に予測してもらった。 ▼プロフィール 福田淳|連綂起業家 日大芸術学部卒業後、東北新社、ソニー・ピクチャーズを経てソニー・デジタル...
AIとSNSの次に来るもの:激変するコンテンツ市場でビジネスを成長させるヒント
AIの劇的な進化、そして若い世代のSNS離れは、メディアとコンテンツのあり方を根底から変えつつある。
本稿では、連続起業家の福田淳氏と東京科学大学教授の柳瀬博一氏による未来予測を基に、この激変期においてビジネスがどのように適応し、成長を遂げるべきかを探る。
私たちは今、一体何に注目し、どのような価値を創造すべきなのか、専門家の視点から具体的なヒントを導き出す。

Q. SNSの利用は本当にピークアウトしているのか?その背景にある若者世代の変化とは何か?
16歳から24歳の若者層において、SNSの利用は2022年にピークアウトした。この現象はAIの普及によってさらに加速すると福田氏は予測する。
若者は、AIが生成する中身のないコンテンツや、他人のフィルターを通した二次情報に価値を見出さない。彼らは、匿名の誹謗中傷が横行するオープンなSNSに辟易し、本物の体験や心に響くストーリー、そして対面に近いコミュニケーションを強く求めている。

実際に、24歳以下の世代は芸能スキャンダルにほとんど関心がなく、X(旧Twitter)のような匿名性の高いメディアから、LINEやDiscordといったクローズドなメディアへと軸足を移している実態があるのだ。
Q. AI時代において、なぜ「ハンドメイド」や「体験価値」が重要になるのか?
AIやCGによって生成された映像は、どんなに精巧でも見る者の心を動かさない。これらはリアリティに欠け、本物の感動を生み出しにくいのだ。対照的に、多くの人々が今求めるのは「本物の体験」や「心のこもったストーリー」である。
例えば、美術展に数時間並んだり、遠隔地への旅行を選んだりするのは、人々が直接的な体験に高い価値を置くからに他ならない。これは、過去の名作映画が生身の人間によって演じられたことに感動を覚える感覚と共通している。
エンタメは本来、「ハンドメイド産業」であり、AIによる安易な代替は不可能だ。AIで故人を再現したり、現役タレントの声を模倣したりする試みがあるが、そこに本人の意思が介在しなければ、見る者の心には響かない。エンタメの価値は、人間の感情と創造性によって生まれるものであり、AIはあくまで部分的なツールに過ぎないと断言できる。
Q. YouTubeは本当にテレビを超えたメディアと言えるのか?メディアごとのリーチの深さはどう異なるのか?
YouTubeはプラットフォーム全体としては膨大なアクセス数を誇るが、コンテンツ視聴の「深さ」においては、リーチが浅い傾向がある。これは、多くのYouTuberが廃業に追い込まれる一因とも考えられている。
興味深いことに、大学生への調査データによれば、若者が動画を倍速視聴するのは「どうでもいいYouTube動画」と「学校の授業動画」の二つに限定される。

映画、ドラマ、アニメ、スポーツなど、物語性の高いコンテンツに関しては、倍速視聴はほとんど行われない。この事実は、コンテンツの価値に応じて視聴者が視聴態度を明確に使い分けていることを示唆する。
また、「テレビは終わった」という言説は誇張である。YouTubeはチャンネルが細分化され、個々のチャンネルのリーチは限られている。番組あたりの視聴者数で比較すると、テレビ番組はYouTubeのトップコンテンツと比較して、数倍の影響力を持つ場合が少なくない。マスメディアとしてのテレビの影響力は、依然として計り知れないものがあるのだ。
Q. Netflixの成功要因は何だったのか?そこから今後のコンテンツビジネスが学ぶべき点は何か?
Netflixの最大の強みは、ハリウッド的な「ヒーローが一人が世界を救う」というマチョな物語ではなく、「いじめられっ子の視点」で作られた、あえてマイナーなテーマの物語にある。
この戦略により、世界中のニッチな層が自分を重ね合わせ、強い共感を生み出している。これは日本の漫画やアニメに通じる物語構造だ。
一方で、Netflixは過去にAIを使って最大公約数的な作品を製作したが、それは凡庸な作品を生むにとどまり、感動は与えられなかったという。人間は、人間味あふれる物語や、予想外の展開、そして作り手の意図や感情が込められた作品にこそ価値を見出す。
AIが「うまさ」をコモディティ化した現代では、誰が、どのような意図で作ったかという「人格」や「パーソナリティ」が作品の評価を大きく左右する。コンテンツビジネスは、製作者の実名性とそれに紐づく世界観の構築に注力すべき時代に突入したと言える。
Q. AI時代のコンテンツは「ディープメディア」が主流となるというのはなぜか?その具体例とは何か?
匿名のX(旧Twitter)に代表される「オープンメディア」が衰退し、若者世代が「クローズドメディア」に移行する中で、心に深く響く「ディープメディア」が台頭している。
その最たる例がポッドキャストである。ポッドキャストは、イヤホンを通じて直接リスナーの耳に声が届くため、作り手と聞き手の間に深く親密なエンゲージメントを生み出す。これは単なる情報の伝達ではなく、感情の共有、共感を生むツールとなるのだ。
ポッドキャストを核として形成されるファンコミュニティは、従来のラジオ番組のファン層とは一線を画す。イベントや交流を通じて、熱狂的な「部族(トライブ)」へと発展し、時には武道館を満員にするほどの動員力を持つこともある。これは、ディープメディアが単なるメディアの枠を超え、熱量の高いコミュニティそのものとして機能している証左と言えるだろう。
Q. 新しいメディア時代を勝ち抜くには、どのようなコミュニティ形成が求められるのか?「150人の村」とはどういう意味か?
AI時代におけるコンテンツビジネスを勝ち抜く鍵は、「150人の村」を構築することにある。
「150人の村」とは、進化生物学者のロビン・ダンバーが提唱する「ダンバー数」のことであり、人間が互いに顔と名前を認識し、安定した社会関係を維持できる集団の上限人数を指す。これは原始時代の集落の規模から現代の企業組織のクラスターサイズ(部や課の単位)に至るまで、共通して見られる数字だ。
匿名のX(旧Twitter)のように、ダンバー数を超える規模の無秩序な「大衆」は、一人ひとりの人間に対する認識や信頼が希薄化し、結局は響き合わない場と化してしまう。これに対し、個人が自身の「150人の村」をいかに築き、耕していくかが、今後のメディア運営やビジネス展開において極めて重要となる。
AIが「うまく作ること」をコモディティ化させた現在、「誰が作っているのか」というパーソナリティと、それによって結ばれる濃密なコミュニティの価値は、かつてないほど高まっているのだ。
Q. 「スナック」に学ぶファンコミュニティの維持、発展方法とは何か?短期的な収益追求の危険性についてどう考えるのか?
ファンコミュニティビジネスの理想形は「スナック」にある。
スナックはテレビCMを打たず、豪華な料理を提供するわけでもない。しかし、ママやマスターといった店主の人柄を商品とし、ファン(常連客)に支えられ、何十年も続く店が多い。
その本質は、顧客から一方的に「搾取」するデータベースではなく、メンバーが属することで「メンタル的な得」を感じ、お互いに喜びを共有できる「共同体」であることだ。ビジネスとして、短期的な収益追求に走るあまり、「愛」ではなく「あざとさ」が透けて見えるような商品展開をしてしまえば、ファンはすぐに離れてしまうだろう。

また、「切り抜き動画」は金銭目的の行為として捉えられがちだが、本質はファンが愛情を持って作品の一部を編集・コレクションする「ファンエディット」である。
製作者側は、こうしたファンの創造活動を尊重し、コミュニティの一員として巻き込む姿勢が求められる。従来の広告型ビジネスが「広さ(数)」ばかりを追ってきたが、これからは「深さ」にフォーカスし、質の高い「150人の村」をどう構築するかが、企業のブランド価値を永続させる鍵となるだろう。