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『イン・ザ・メガチャーチ』が意味するものとは
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2025年11月5日

時代を標本として小説にする朝井リョウ氏の新刊『イン・ザ・メガチャーチ』。ファンダム経済を題材に選んだ理由とは?時代を標本にする着眼点やデビュー作が与えた影響など作家としての想いを聞いた。 ▼プロフィール 朝井リョウ|小説家 2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。 ...
『イン・ザ・メガチャーチ』に読み解く現代人のリアル: 作者が語る物語と社会
現代社会に深く根差す「ファンダム」という現象は、単なる趣味の範疇を超え、一つの巨大な経済圏を形成している。朝井リョウ氏の小説『イン・ザ・メガチャーチ』は、この複雑な世界を切り取った作品である。
本稿では、動画での作者インタビューに基づき、Q&A形式でその創作の意図と現代社会への洞察に迫る。
Q. なぜ『イン・ザ・メガチャーチ』の主人公はファンダムに批判的な47歳の中年男性なのですか?
これまでのファンダムを描いた作品が、ファン自身の「推す」気持ちに焦点を当てていた一方、朝井氏は「ファンダムを構築する側」の心理や仕組みを深掘りしたいと考えた。

47歳の中年男性・慶彦を主人公に設定したのは、ビジネスとしてファンダムを構築する過程で彼の視点がどう変化するかを描くためである。
これは、日経新聞での連載という読者層の特性も踏まえ、ファンダムに馴染みのない読者にとって慶彦がガイド役として機能するよう意図されたものでもあった。
彼は当初、ファンダムに対し冷ややかな視線を持っていたが、物語の中で「構築する側」へと回っていくことで、読者は彼の視点を通して、複雑なファンダム経済の深層を理解していく仕組みとなっているのだ。
Q. 登場人物たちの「輪郭」はどのような視点で描かれているのですか?
作者は登場人物を「47歳男性」といった画一的な属性で描くことを避ける。代わりに、自身が抱く多様な知覚、つまりある物事が「今日は青く、明日は赤く見える」ような主観的な視点を各キャラクターに抽出・分配するアプローチをとった。
「人らしさ」は単体で存在せず、他者や環境といった「何か」と突き合わされたときに形成される「世界と自分の関係性」によってその輪郭が浮かび上がる、というのが作者の思想にある。

夜道での身長差による視覚の違いや、イオンモールでの気分による情景の見え方の変化などを例に、人は環境との相互作用によって多角的に自己を認識すると述べる。
本書の冒頭「人生とはこれまでやってきたことが返ってくるものだと思っていた。ただこれからは違うのかもしれない」という一文は、この揺れ動く「世界と自分との関係性」における壮年期の孤独と新たな不安を凝縮して表現したものでもある。
Q. なぜ読者をあえて「スッキリ」させない作風を続けるのですか?
作者は、現代社会における自己認識の困難を指摘する。
ゆとり教育の普及により、かつての明確な競争や順位付けが失われた結果、人々はMBTI診断や他者との比較を通してしか自分の個性や輪郭を掴めない不安定さに陥っていると分析するのだ。
物語が提供するべきは安易な解決やカタルシスではない。特定の立場が目標を達成するような「乗りやすい」物語が求められる傾向を理解しつつも、作者はあえて多角的な視点を偏りなく描くスタイルを貫く。
これは、読者に自ら思考することを促す作者自身の「癖」であるとも述べ、癒しや清涼剤としての物語ではなく、現実の複雑さそのものを提示するという創作姿勢がそこにある。
Q. 「イン・ザ・メガチャーチ」というタイトルにはどのような多層的な意味が込められていますか?
タイトルの「メガチャーチ」は、かつて地域コミュニティの核であったアメリカの教会が、若者離れを経てエンターテイメント性の高いライブ形式を取り入れ、再度大規模な信者を集めるようになった「巨大教会」から着想を得ている。
これらの教会は、若者に居場所と共同体意識を提供する一方で、人を集める仕組みを巧妙に利用し、特定の思想を植え付けたり商業的な側面を持ったりするという二重性を秘めている。

作者は、この「居場所」と「操作」が表裏一体となった構造が現代のファンダムに酷似していると捉えたのである。
さらにタイトル後半の「インザ(in the)」は、ヒップホップのスラング「in the house」に由来し、「俺はここにいる」と自分の所属を誇る文脈を表す。
ファンダムが持つ搾取的な側面や「清濁」を理解しつつも、自分の意思で「それでもここにいたい」と選ぶファンの能動的な選択と誇りをこの言葉に込めている。
これにより、読者はファンダムに対して「恐怖」を覚える一方で「誇り」を感じるという多様な解釈を生み出し、作品の奥深さを表現している。
Q. 自身の作品プロモーションで「ファンダム的手法」を用いた経緯と、その体験から得た洞察を教えてください?
作品のプロモーションにおいて、作者はK-POPアイドルが用いるようなコンテンツスケジュール公開やビハインド動画といった「ファンダム的手法」をパロディ的に取り入れた。

これは作中に登場するアイドルの宣伝方法を模したものであったが、読者からは予想以上の「ファンダム的な応援」と情報拡散が見られ、作者自身が意図せずして「ファンダムを形成する側」に立つ経験をしたという。
この経験を通して、読者の「熱量」は作り手の采配だけでコントロールできるものではないと実感した。
作者は「同じ商品を複数買わないで成立する最後の小売業界」ともいえる出版業界の健全さを保ちつつ、ファンのエンゲージメントを引き出すことの難しさと葛藤を語る。
このような作り手としてのファンダムとの危うい関係性を意識しつつも、次回作についてはまず作品を完成させ、その後で作品に最適な発表媒体や編集者を探すという新たな執筆スタイルに挑戦しようとしている。