
できる上司ができる部下を漬す?
なぜ『できる上司』は『できる部下』を壊してしまうのか?知らずに追い詰める無自覚のワナと組織再生への処方箋
仕事ができる優秀な上司が、よかれと思って指導しているにもかかわらず、無意識のうちに優秀な部下を追い詰めてしまうという現象がある。結果として、会社の中核を担うエース人材が心身の不調により離職し、組織の成長が停滞するという誰も得しない事態に陥っている。
本稿では、この根深い問題の構造と、優秀な部下を育成し、会社の持続的な成長を実現するための上司の役割について、経営コンサルタントの前田康二郎氏への取材を通して探る。

Q. なぜ「できる上司」の下で「できる部下」が壊れてしまうのか?
会社が黒字であっても急成長できない、人を入れても離職者が出て常に同じ人数に戻ってしまうといった課題を抱える企業は少なくない。このような停滞の原因は、往々にして優秀な社員、いわゆる「エース」の離職にある。
離職理由にはステップアップ転職のようなポジティブなものもあるが、精神的・肉体的な不調による休職・離職が近年増加している。特に、入社早々に社長賞を獲得するほど実績を上げていた若手社員が、ある日突然、心身の限界を訴えるケースが頻発するのだ。
上司に悪意はなく、むしろ部下の成長を願う「よかれと思って」の指導である場合が多い点がこの問題の複雑さを示す。結果として優秀な人材が失われ、企業の持続的成長の足かせとなっている現実がある。
Q. 「できる部下」とはどのような特徴を持つ人材か?
前田氏は、「できる部下」を単に業務能力が高いだけでなく、「部をわきまえ、会社にフィットしている人材」と定義する。

具体的には、与えられた仕事を一通りこなすだけでなく、周囲の状況や空気を読み、自己犠牲をいとわず、他責にせず、常に上司の期待に応えようと努力する気質を持つ。会社へのロイヤリティが高く、社長が多忙な際に目立たないように振る舞い、常に気を配るタイプだ。
一見すると理想的な部下に見えるが、これが彼らを精神的に追い詰める要因となる。本心ではストレスを感じていても、それを表に出さず、「大丈夫です」「もっとやらせてください」と答えてしまう傾向がある。このような、周囲の期待を優先する日本人特有の気質が、知らないうちに彼らを疲弊させ、心の不調へと繋がってしまうのだ。
Q. できる部下が精神的に追い詰められる根本原因は何?
できる部下が潰れる理由は主に3つの要素が絡み合っていると指摘されている。

一つは、「本人自身」の特性である。優秀な人材は往々にして向上心が高く、人から言われなくても自ら負荷をかける傾向が強い。これは良い側面であると同時に、自らの限界を超えてしまう「やりすぎ」に陥りやすい危険性をはらむ。
次に「上司」の影響だ。できる上司は部下が少し結果を出すと「君ならもっとできる」と良かれと思ってさらに期待をかけてしまう。部下は空気を読み、上司の期待に応えようとするため、たとえ内心で無理だと感じても断れない。また、できる上司が発する指摘は的確な「正論」であるため、部下は反論や否定ができず、全てのプレッシャーをそのまま受け止めてしまうのだ。
三つ目は「仕事の量」である。本人の自発的な負荷と上司からの期待が重なることで、部下の仕事量は増大し、結果的に心身を壊してしまう状況が生じる。これは、上司が悪意を持っているわけではなく、自身も同じような道を辿ってきているため、「このくらいは耐えられるだろう」と無意識のうちに同じ基準を求めてしまうことから生じやすい。
Q. できる上司は部下とのコミュニケーションでどのような罠に陥りやすいのか?
優秀で多忙な上司ほど、物事の「答え」を性急に求める傾向がある。これにより、部下との丁寧なコミュニケーションが不足し、極端なマネジメントに陥りやすいと前田氏は言う。
一つは「放任」である。ハラスメントリスクを恐れ、「もう一切口を出さない」と部下に丸投げしてしまうパターンだ。もう一つは「過干渉」で、自分で全てをコントロールしようとし、マニュアルでがんじがらめにするマイクロマネジメントに走る。
これら両極端な姿勢は、いずれも部下の心身の健康を損なう原因となる。放任された部下は困ったときにヘルプを得られず、過干渉の部下は自主性を奪われ疲弊する。上司が抱く「部下への期待」や「善意」が、意図せず部下を追い詰める結果となるのだ。

できる上司と「老害」の違いもここにあると氏は語る。ほとんどの上司は最初は「できる上司」として機能するが、相手への「敬意」が欠けてくる時に「老害」へと転じるという。上司が自分の経験ややり方を絶対視し、部下の成長や多様性を認めず、一方的に押し付けるようになるのは、相手への敬意が失われた証拠である。これは悪意からではなく、「よかれと思って」の善意が暴走した結果である。
Q. 職場の不正と「できる部下の孤立」にはどのような関係があるのか?
一見、無関係に思える職場の不正行為と、できる部下の孤立にも関係性があると前田氏は指摘する。普通の人が不正に走る時、それは会社への敬意が失われている状態だと説明した。過重労働を訴えても無視されたり、必要な人材補強を却下されたりといった経験が、会社への不信感へと繋がり「この会社のためなら、少しくらい不正をしても良い」という意識を生んでしまうことがあるという。
また、できる部下が上司の期待に応えられないプレッシャーから、「チート行為」や「取り繕うための不正」に走るケースもある。上司と部下の間で適切なコミュニケーションが不足し、部下が孤立することで、こうした不正の兆候を見逃しやすくなるのだ。会社を良くしたい、上司の期待に応えたいという真摯な気持ちが、結果的に負の方向に作用してしまうことは往々にして起こるのである。
Q. 「できる部下」の心身を守り、チームを活性化させるための具体的なアプローチとは?
上司が自己の状況を毎日客観視することは難しい。そこで前田氏は、部下の状態を「見守る」ことの重要性を説く。部下の普段の様子、同僚との会話、微細な変化などを日頃から観察し、彼らが発するかもしれないSOSのサインを察知すること。言葉尻だけでなく、非言語のコミュニケーションから感情を読み取る能力が上司には求められる。

最も具体的かつ効果的な解決策として提案されたのは「業務量の均一化」である。できる人に仕事が集中し、その報酬が変わらない構造は、部下の疲弊を招く。能力に関わらず一度業務量を揃えることで、できる部下には「時間の余白」「心の余白」が生まれる。
この余白は、業務改善を考えたり、困っている同僚を助けたりする余裕を生み、結果的にチーム全体の生産性向上に繋がる。もし助けてくれた場合は、その貢献を正当に評価し、感謝の文化を醸成することが不可欠だ。これにより、できる部下が孤立せず、活き活きと働き続けられる環境を創出できる。
Q. 「できる上司」が部下に最も伝えるべきことは何か?
仕事を教えるのはどのレベルの上司にもできる。しかし、「できる上司」にしか教えられない最も重要なことがあると前田氏は語る。それは「息抜き方」である。
休憩を単なるサボりや業務停滞と捉えがちな「できる部下」に対し、上司は息抜きが長期的なパフォーマンス向上に繋がる「息継ぎ」であると伝える必要がある。水泳に例えれば、呼吸をしなければ溺れてしまうように、適切に休むことは次の仕事により良く臨むためのブレスであると意識付けるのだ。
また、コミュニケーションにおいては「想像力」が極めて重要だ。部下が「大丈夫です」「やります」と答えても、額面通りに受け取ってはいけない。通勤中や休日にも仕事をしていないか、プライベートで介護や子育てなどの悩みを抱えていないか、といった目に見えない背景まで想像する。部下の状況を常に100%ではない前提で接する姿勢が求められる。

そして、上司は常に「部下が主役」という視点を持つべきだ。自分はどのような距離感で部下と接し、どのようなサポートを提供すべきか、場面ごとに臨機応変に考えることが真のマネジメントである。部下との距離が近くなりすぎた結果生じる「甘え」は、上司の敬意を失わせる可能性がある。適切な距離感を保ち、部下の成長段階に応じた最適なサポートを提供することこそが、できる上司に求められる究極のスキルと言える。