政策超分析
トランプを操る黒幕たち/トランプ関税の提唱者/ピーター・ティールが目指す技術の超進化
(1027)
9,445回視聴
2025年11月5日

「政策超分析」では、専門家が政策や国際情勢を徹底解説。今回のテーマは「アメリカ政治思想」。後編では、トランプを取り囲む思想潮流を解説。 <ゲスト> 会田弘継|ジャーナリスト・思想史家 共同通信社ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを歴任。その後、青山学院大学教授、関西大学客員教授を務...
トランプを操る黒幕たち:アメリカの新右翼を大解剖
ドナルド・トランプの登場は、世界の政治地図を大きく塗り替えた出来事だった。しかし、彼の行動は単なる個人的な衝動から生まれたものではなく、水面下で蠢いていた多様な保守思想の潮流が彼を「乗り物」として利用し、新しい世界を築こうとする試みの結果であると指摘される。本稿では、トランプを動かす4つの主要な保守思想、「リフォーモコン」「パレオコン」「ポストリベラル」「テクノリバタリアン」の核心に迫り、その影響と未来について深く掘り下げる。

Q. なぜトランプは多様な思想潮流に利用される存在となったのか?
社会が大きく動くとき、その根底には必ず思想の変化がある。トランプの登場は、既存の世界秩序に強い疑問を持つ思想家たちにとって、自らのビジョンを実現するための絶好の「機会(オポチュニティ)」として捉えられた。トランプ自身は思想の源泉というよりも、彼らの掲げる変革を実現するための「乗り物(ビークル)」としての役割を果たす。この視点は、現代アメリカ政治の複雑な力学を理解する上で極めて重要である。
Q. 労働者重視の「リフォーモコン(改革保守)」は、共和党をどう変えようとしているのか?
「リフォーモコン」、すなわち改革保守は、グローバリゼーションの進展によって疲弊した国内労働者層の保護を重視する思想である。オレン・キャスなどがその代表的な論客であり、民主党が労働者を見捨てたと認識し、保守政党である共和党が労働者の新たな受け皿となるべきだと主張する。

これは決して突飛な発想ではない。19世紀の英国首相ディズレーリが、ナショナリズムを梃子に労働者に選挙権を与え、保守党の基盤を拡大した歴史的先例がある。リフォーモコンは、この「大きな政府」による労働者政党化というビジョンを現代に再現しようとしているのだ。トランプ政権が採用した一律10%関税も、キャスが長年提唱してきた政策であり、自由貿易の弊害を是正するための「適正関税論」に基づくものである。トランプは、リフォーモコンの掲げる政策を実践する存在なのである。
Q. 「パレオコン(旧保守主義)」は「アメリカ・ファースト」にどのような影響を与えたのか?
「パレオコン」、すなわち旧保守主義は、冷戦終結後の1990年代にパトリック・ブキャナンが提唱した思想である。彼は、「アメリカは世界の警察官を続ける必要はない」と主張し、移民流入や外国からの経済的圧力(当時としては日本)から国内産業と文化を守るべきだと訴えた。

これが現在の「アメリカ・ファースト」に直結する。パレオコンの戦略は、ジェームズ・バーナムの理論に影響を受け、一部のテクノクラート、官僚、知識人といったエリート層が一般市民を無視して政治を行う「管理社会」への強い批判に基づいている。トランプは2000年の改革党予備選でブキャナンと対峙し、その「アメリカ・ファースト」や労働者の困窮に訴えかける手法が大きな政治的力を持つことを肌で感じた。社会状況が似ていた2016年にこの手法を応用し、自身の選挙戦略の柱としたのだ。
Q. 「ポストリベラル」はアメリカの建国理念であるリベラリズムの何に異を唱えるのか?
「ポストリベラル」は、個人主義と財産権を核とするアメリカ建国以来のリベラリズム思想そのものが、現代社会の深刻な問題の根源ではないか、と根本的に問い直す思想である。これは近代合理主義そのものへの深い懐疑であり、アメリカ国家や社会が置かれた状況が極めて深刻であるとの認識から生まれている。
この潮流の背後にはカトリック知識人の影響が大きい。現在の米最高裁判事9人のうち6人がカトリックであるように、彼らは重要なポストに進出している。プロテスタンティズムに由来する個人主義・資本主義の流れに対し、彼らは共同体を重視するカトリック的な価値観から異議を唱える。
共和党のマルコ・ルビオ議員が2016年の敗北後、自身の政治思想を大きく転換させ、19世紀末のレオ13世教皇の回勅(教皇文書)を引用して労働組合の重要性を訴えるようになったのは、この動きの象徴である。レオ13世の回勅は、資本主義と社会主義の弊害に対抗するため、カトリック教会が労働者と連携する道を示したもので、ルビオはこの歴史的な思想を現代に再解釈し、政策に取り込もうとしているのだ。
Q. 「テクノリバタリアン」はピーター・ティールが描く「0 to 1」の未来に何を見ているのか?
シリコンバレーの異端児、ピーター・ティールに代表される「テクノリバタリアン」は、現代の技術発展がSNSのような虚構の世界に堕ち、物質的な進歩が1970年代以降停滞していると痛烈に批判する。「我々は空飛ぶ自動車の代わりに140文字(Twitter)を得た」という彼の言葉は、この不満の象徴である。かつて月面着陸やコンコルドがあったにもかかわらず、技術は物質的な世界を離れ、SNSのような「くだらないもの」に費やされている。

ティールの「0 to 1」思想は、フランスの思想家ルネ・ジラールの「模倣の欲望」論に根差している。他者の欲望を模倣し、潰し合う不毛な競争社会(ゼロサム)から脱却し、誰も成し得ていない全く新しい産業を創造し、一時的に「独占(1)」を築くことを目指す。イーロン・マスクによる電気自動車や宇宙開発は、この「0 to 1」の実践例である。テクノリバタリアンはITに留まらず、防衛、製造、宇宙といった物理的な「ものづくり」分野で新産業構造を創出し、アメリカの国力を再興しようとしている。これは既存社会を根本から変え、新しい政治・社会システムを築く「加速主義」的な狙いを秘めている可能性も指摘されているのだ。
Q. これらの思想潮流が交錯する中で、アメリカ政治の未来はどうなるのか?
先に述べた四つの思想潮流は、それぞれが独立しているわけではなく、複雑に絡み合い、影響を与え合っている。リフォーモコンの労働者重視の視点と、テクノリバタリアンの新産業創造のビジョンを結びつける役割を果たしているのがJ.D.バンスである。
バンスはティールの支援を受けながら、リフォーモコンの中心であるアメリカンコンパスの活動を初期から支持している。彼の演説は、テクノロジーによる新しい産業構造と、労働者保護政策とが融合した、次世代の保守思想の姿を鮮明に示しているのだ。この勢力は、防衛、製造、宇宙といった巨大な「ものづくり」産業を通じて、かつて「空飛ぶ自動車」を夢見たような世界を具現化し、アメリカと世界を根本から変革しようとしている。このような動きは、トランプという個人に留まらない、より根源的な政治・社会変革へと向かう可能性を秘めていると言える。
Q. アメリカ社会の変革を求める国民感情に対し、日本はどのように向き合うべきか?
最新の支持率調査では、バイデンやハリスといった主流派政治家の不人気が顕著であり、トランプやバンスの方がまだ支持を集めている現実がある。この状況は、多くのアメリカ国民が現状の体制に強い不満を抱き、社会の根底からの変革を望んでいることを示唆している。
トランプは、単なる過激な政治家ではなく、社会の危機をいち早く察知し警鐘を鳴らす「炭鉱のカナリア」として捉えるべきだ。日本のエリート層や専門家の中には、トランプやその周辺の動きを軽視する傾向があるが、その認識を改めなければならない。
トランプ現象は、彼個人の任期で終わる一過性のものではない。彼を「乗り物」として利用する強力な思想潮流は今後もアメリカ政治を動かし続けるだろう。
日本は、この大きな地殻変動を深く分析し、これからのアメリカ、そして世界とどう向き合っていくべきか、戦略を根本から見直す喫緊の課題に直面しているのだ。