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医療人材の働き方 日豪でこんなに違う
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2025年10月20日

医療費が急拡大する日本。医療崩壊を防ぐために、ヒントになるのがオーストラリアの医療制度だ。混合診療の導入、医師のワークライフバランス推進など、豪州の医療システムについて、現地で精神科医として活躍する北野麻理恵氏に解説してもらった。 <ゲスト> 北野 麻理恵|精神科専攻医 2019年 東京医科歯科大...
日本とオーストラリアの医療制度を徹底比較:医師の働き方から未来の医療を考える
日本の医療は、世界でも類を見ないほど低コスト、高品質、高アクセスを実現していると評価されている。しかし、この「奇跡」のような医療システムは、その裏で医療従事者、特に医師たちの過剰な負担と犠牲の上に成り立っているという指摘がある。果たして、日本の医療制度は持続可能と言えるだろうか。本記事では、医師の働き方が柔軟で「持続可能性」を重視するオーストラリアの医療制度と比較し、日本の医療が抱える構造的な課題と、その解決に向けた提言をQ&A形式で解説する。
Q. オーストラリアの医師は、日本と比べてどのような働き方をしているか?
オーストラリアの医師、特に研修医の働き方は日本と大きく異なる。第一に、時給制が導入されており、時間外勤務や夜勤、土日祝日などの時間帯では給与が割増される。クリスマス期間などは時給が通常の2.5倍にもなることがあり、労働に見合った対価が明確に支払われる仕組みがある。

第二に、休暇制度が充実している点が挙げられる。年間5週間の有給休暇に加え、病欠や家族の介護に利用できる個人休暇が3週間、さらに学会参加のための休暇も年8日取得可能だ。専門医になれば、パートタイムでの勤務や副業との両立など、働き方の選択肢がさらに広がる。実際に、救急医をしながらメイクアップアーティストを本業とする者や、麻酔科医とミュージシャンを兼ねる者も存在し、個人のライフスタイルに合わせた多様なキャリアパスが一般的である。
Q. 医師が多様な働き方をしても医療の質が維持される仕組みとは何か?
多様で柔軟な働き方を可能にしながらも医療の質を維持するため、オーストラリアでは医師免許の「毎年更新制」が採用されている。更新のためには、学会参加や講義受講などによって所定の単位を取得することが義務付けられているのだ。

この制度により、たとえパートタイム勤務や副業を兼務している医師であっても、常に最新の医学知識や技術を習得し続けることが法的に保証される。結果として、医師個人の柔軟なキャリアを認めつつも、医療サービス全体の質が維持される構造が確立されている。
Q. オーストラリアの医療制度は「アクセスの悪さ」が特徴とされるが、それはどのような理由から生じているか?
医療制度は「医療へのアクセス」「医療の品質」「コスト抑制」という3つの要素すべてを同時に最大化できないという「アイアン・トライアングル・オブ・ヘルスケア」の概念に制約される。オーストラリアはこの概念に基づき、公立病院を無料で提供する代わりに「アクセス」の一定の制限を受け入れているのが特徴である。
例えば、緊急性の低い手術や内視鏡検査は半年待ちになることも珍しくない。手術日の延期も日常茶飯事である。これにより、国全体としてのコストを抑え、品質を一定に保っている。このアクセスの課題を補完するため、国民の半数ほどが任意で民間医療保険に加入し、コストを支払うことで私立病院を利用し、迅速な医療を受けることができる。このように公的医療と私的医療の二重構造を巧みに機能させることで、国全体の医療システムのバランスを取っているのだ。
Q. 世界的に見て優れた日本の医療制度の「秘密」と、その裏に隠された問題とは何か?
日本の医療は、驚くべきことに低コスト、高い品質、優れたアクセスの三要素を高い水準で両立させているように見える。これは「アイアン・トライアングル」を乗り越えた奇跡的システムとも言えるだろう。

しかし、その秘密は、医師に課される過剰な負担に隠されている。日本の人口1000人当たりの病床数はOECD平均と比較しても圧倒的に多く、医師の数は相対的に少ない。結果として、日本の医師一人当たりの診察件数はオーストラリアの医師の約3倍にものぼり、勤務時間も週に10時間ほど長いのが現状だ。つまり、日本の医療は「医療人材の持続可能性」という第四の要素を犠牲にすることで、他の三要素を成り立たせている。このシステムは、医師の過酷な労働と自己犠牲、そして善意に強く依存しており、すでに限界に達していると言わざるを得ない。
Q. なぜ日本の医療システムは、医師にとって持続不可能な構造になっているか?
日本の医療システムが抱える持続不可能性の背景には、複数の構造的問題がある。一つは「出来高払い」制度である。診察や処置の数に応じて医療機関の収入が増えるため、過剰な受診や不要な検査を招きやすく、結果的に医師の負担を増やすインセンティブが働く。

次に、OECD平均と比較して格段に多い「病床数」も問題である。数多くの病院が夜間当直医を置かなければならないため、限られた医師のリソースが非効率に分散し、一人ひとりの医師に重い負担がかかっている。
さらに、専門医の数の「偏在」も深刻だ。国による専門医の数の統制がないため、夜間の呼び出しが少ないQOL(生活の質)の高い科に人気が集中する一方で、救急や外科といった激務で命を預かる科は医師不足に陥りやすい。加えて、日本のシステムにはオーストラリアのような「ゲートキーパー」(かかりつけ医)制度がないため、軽症の患者でも大規模病院の専門医に自由にアクセスでき、医療資源の非効率な利用を助長している。
また「混合診療の禁止」も医師の負担増に繋がる。公的保険診療の枠内で競争を強いられる医療機関は、薄利多売の経営を維持するためにより多くの患者を診察せざるを得ず、医師の過重労働に拍車をかける結果となっている。
Q. 日本の医療人材が抱える問題を解決し、持続可能な医療制度を築くためには何が必要か?
日本の医療人材の問題を解決し、持続可能なシステムを構築するためには、まず医師の過剰な負担を解消し、適切な対価が支払われるように見直す必要がある。週80時間働いて年収800万円という脳外科医の現実がある一方で、美容クリニックでは高収入を得られるという状況では、優秀な人材は激務の科を避けたり、海外へと流出したりすることは避けられない。医師が誇りを持って働き続けられるような給与体系と労働環境の実現が喫緊の課題である。

具体的には、「混合診療」の議論を避けては通れないだろう。個室の差額ベッド代(選定療養)のように、保険診療と自費診療を組み合わせる形式は既に一部存在する。その範囲をどこまで広げ、国民の選択肢と医療機関の裁量を高めるか、正面から議論を進めるべきだ。また、医療リソースの最適配置も欠かせない。多すぎる病床数を適正化し、専門医の偏在を防ぐための政策的な誘導や統制が必要である。
そして、最も困難だが重要なのが、医療を取り巻く文化と国民の意識改革だ。オーストラリアの医師会が時にストライキを行い、州政府と労働条件について交渉するように、日本の医師たちも自らの労働環境改善のために声を上げる文化を育む必要があるだろう。同時に、国民も「いつでも、安く、最高の医療が受けられる」という現状の過度な期待を手放し、持続可能性のために医療へのアクセスやコスト面で一定の妥協を受け入れる覚悟が求められる。物理的な制限が増える地方医療への対策も含め、誰もが納得できる新たなバランス点を探る努力が必要不可欠である。