PIVOT TALK BUSINESS
ネスレ、ロシュの凄み。中外製薬、躍進の秘密
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2025年10月9日

人口900万人ながら、グローバル優良企業を多く抱えるスイス。なぜ世界で勝てるのか?どんな経営を行なっているのか?ABB、シーカ、ネスレ、ロシュなど代表的な企業を、財務戦略アドバイザーの田中慎一氏に分析してもらった。 収録日:9月17日 13:30 <ゲスト> 田中慎一|財務戦略アドバイザー イン...
スイス企業の「稼ぐ力」:売上よりも「利益の質」を追求する経営戦略と日本への示唆
Q. スイス企業の多くは、短期的な売上拡大よりも「利益の質」を重視する経営で知られる。日本企業はそこから何を学び、どのように応用すべきか?
ネスレやロシュなど、スイスに本社を置く世界的な企業は、短期的な売り上げ規模の拡大を追求せず、利益の質を高めることで持続的な成長を実現してきた。この経営戦略は、往々にして売上高至上主義に陥りがちな日本企業に新たな視点を提供している。
スイス企業がどのように「利益の質」を重視し、それがいかに企業価値向上に貢献するのか。そして、そこから日本企業が学ぶべき経営のエッセンスを深掘りする。
Q. Q. なぜネスレは売上横ばいでも高株価を維持できるのか?
ネスレの過去20年間の売上高はほぼ横ばいであった。しかし、その株価は右肩上がりに上昇を続け、時価総額はトヨタ級にまで達している。これは、売上高という「量」よりも、「利益の質」という「質」が市場に高く評価されている証拠だ。

ネスレは「クリエイティング・シェアード・バリュー(CSV)経営」をいち早く導入し、社会課題の解決を事業の核に据えてきた。環境負荷の高い乳製品事業の比率を減らし、ペットケアや植物肉といったサステナブルで成長性の高い分野への投資を積極化し、事業ポートフォリオを戦略的に入れ替えている。これにより、利益構造が強固で持続可能なものへ変貌を遂げた結果、投資家からの評価も高まっているのである。
Q. Q. ネスレが推進する「CSV経営」とは具体的に何か?
ネスレのCSV経営は、従来の社会貢献活動(CSR)とは一線を画す。CSRが事業活動で生じた負の側面への贖罪として利益の一部を還元する性質を持つ一方で、CSVは本業のビジネスそのもので社会課題を解決し、同時に経済的価値を創造する。「持続可能性」を経営の根幹に置いているのだ。
具体的な施策として、成長市場であるペットフード分野に積極的に投資し、植物肉メーカーのスイートアースを買収してプラントベース食品事業を拡大した。これは、健康志向の高まりや環境意識の向上といった時代の潮流を的確に捉えた戦略であった。一方で、菓子や一部の加工食品といった、収益性は低いか社会にとってあまり「質が良い」とは言えない事業は積極的に売却している。
この戦略的なポートフォリオ転換により、ネスレは常に「良い利益」を生み出す体質へと進化。結果として、日本を代表する食品企業の営業利益率が10%程度であるのに対し、ネスレは約17%という圧倒的な収益性を維持している。
Q. Q. 好調なネスレの株価が最近下落したのはなぜか?
堅調な業績を維持してきたネスレの株価が一時的に下落した背景には、いくつか要因がある。一つは、著名アクティビストからの「非中核事業」であるロレアル株の売却要求である。

さらに影響を与えたのが、就任後わずか1年で発生したCEOのスキャンダルに伴う辞任劇であった。スイス企業に対して一般的に抱かれる「規律正しく安定している」という信頼が揺らぎ、「ネスレのガバナンスはどうなっているのか」という市場の疑念を招いたのだ。このことが、同社の株価に負の影響を及ぼしたと指摘される。
Q. Q. ロシュはなぜ巨額買収後も被買収企業の文化を尊重するのか?
製薬大手ロシュのM&A戦略には、買収企業の文化と独立性を最大限に尊重する姿勢が見られる。象徴的なのは、リーマンショック直後の2009年に約7兆円を投じて買収した米国のバイオベンチャー、ジェネンテックのケースだ。

ロシュは、ジェネンテックの画期的な研究開発力とそのユニークな文化を高く評価し、買収後も研究開発拠点を統合せず、そのまま独立性を保たせた。驚くべきことに、創業100年を超える老舗であるロシュの社員が、ジェネンテックに合わせてTシャツにデニムというカジュアルな服装を取り入れるなど、自らが相手の文化に適応しようとする柔軟性を見せたのである。このようなアプローチは、買収の成功だけでなく、統合後の相乗効果を最大化する上で不可欠な要素と言える。
ロシュのこのような姿勢の背景には、同社が創業家であるホフマン家によって議決権の過半数を握られる「ファミリー経営」であることが大きい。短期的な利益追求に走らず、長期的な視点と、企業としての自己規律が、文化尊重型のM&Aを可能にしているのである。
Q. Q. 外資傘下となった中外製薬が、なぜ日本の大手製薬会社を凌駕するほど成長できたのか?
2002年にロシュ傘下に入った中外製薬の成功事例は、日本企業が外資の傘下に入ることが「敗戦」ではなく、飛躍的な成長の機会となることを明確に示している。
中外製薬は、日本の製薬業界においてバイオ医薬品分野の老舗かつ名門として知られていたが、自社製品を世界規模で流通させる販路は持たなかった。一方、ロシュはバイオ医薬品のブロックバスター(ドル箱製品)を持つには至っていなかったが、世界中に強力な販売網を確立していた。
ロシュはこの関係性を「最高の補完関係」と位置づけ、中外製薬の文化や独立性を尊重。経営統合ではなく提携という形で、研究開発を中外に任せ、生み出された画期的なバイオ医薬品をロシュが世界の市場に送り出すという役割分担を徹底した。

このウィンウィンの関係により、中外製薬はロシュ傘下入りからわずか10年で営業利益を10倍以上に伸ばし、日本の製薬最大手である武田薬品をも利益額で凌駕するまでになった。また、従業員一人当たりの営業利益や平均年収でも武田を上回り、社員にとっても幸福な結果となった。
中外製薬の事例は、外資の軍門に下るというネガティブなイメージを覆し、グローバル市場での成長を目指す日本企業にとって有効な選択肢となり得ることを示唆する。
Q. Q. 日本企業はスイス流経営から何を学ぶべきか?
スイス企業の成功事例から日本企業が学ぶべき教訓は多岐にわたる。第一に「腰を据えた長期経営」だ。スイスには、年金基金などの長期的な視点を持つ投資家の資金が集まる土壌があり、短期的な株主の要求に過度に左右されず、企業の自己規律に基づいた経営が可能である。日本企業も短期的な成果に囚われず、数十年先を見据えた戦略的な投資や事業再編に踏み切る勇気が必要だろう。
第二に「利益の質を重視した事業ポートフォリオの戦略的入替」である。売上規模の拡大だけでなく、より高い収益性や将来性を持ち、かつ社会・環境に貢献できる事業へ軸足を移すこと。不採算事業や成長性が乏しい事業からの撤退、あるいは売却といった「日本企業が苦手とする領域」を克服する決断力が求められる。これは、単なるコスト削減ではなく、企業の未来を創るための戦略的な判断である。
第三に「M&Aにおける買収相手の文化や人材の尊重」だ。スイス企業のように、買収対象の独自の強みや文化を理解し、尊重する柔軟な統合戦略が、相乗効果を最大化し、双方にとって「ハッピーな買収」を実現する鍵となる。これは米国流の「買収したものは全て自社のルールに従わせる」といった帝国主義的な手法とは対照的であり、文化的な近しい部分を持つ日本企業には特に参考になる部分が多い。多様な人材や文化を受け入れ、強みとすることで、ラグビー日本代表のように飛躍できる可能性は日本企業にも十分あるだろう。
これらのスイス流経営は、人口の多い日本全体で完全に模倣することは難しいかもしれない。しかし、個々の企業や、特定の地方において「稼ぐ小国」の戦略を日本流にアレンジして応用することは十分に可能であり、地方創生のヒントもここにあるのかもしれない。アメリカを真似るのではなく、文化的な親和性も高い欧州、特にスイスの経営スタイルから学び、日本の現状に合わせた形で実践することが、これからの日本企業にとって重要な道筋となると考えられる。