PIVOT TALK BUSINESS
カーク氏殺害:分断と言論の自由
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2025年9月27日

米国の保守活動家、チャーリー・カーク氏の死をきっかけに、再びアメリカ社会の分断が深まっていると指摘されている 。エプスタイン問題で分裂の危機にあったMAGA派が再び結束。政権に辛口の司会者ジミー・キンメル氏降板騒動の経緯や、左派と右派の「キャンセルカルチャー」の衝突についても解説する。 ▼ゲスト ...
チャーリー・カーク射殺事件から考えるアメリカの言論の自由
米国で保守活動家チャーリー・カーク氏が射殺された事件から2週間余りが経過した。この事件をきっかけに、アメリカ社会の分断が一層深まり、言論の自由を巡る議論が活発化している。今回は同志社大学大学院教授の三牧聖子氏に事件がもたらしたアメリカ社会への影響について話を伺った。

Q. カーク氏射殺事件のアメリカ社会への影響は?
近年のアメリカでは政治的な暴力を許容できると回答する人が左派・右派ともに増加している。実際、昨年にはトランプ前大統領が2度の暗殺未遂に遭い、民主党側でもミネソタ州で4名の議員が暴行を受け2名が殺害される事件があった。ハリス副大統領も脅迫や殺害未遂の標的になっている。

このように政治的暴力が蔓延する中で今回の事件が発生した。本来、あらゆる政治的暴力に反対する姿勢が打ち出されるべきだが、現在のアメリカでは「自陣営からの暴力なら許容し、相手陣営からの暴力には反対する」という分断が可視化されている状況だ。
Q. トランプ支持層(MAGA)への影響はどうなっているのか?
カーク氏射殺事件の直前まで、トランプ支持層(MAGA)には様々な亀裂が生じていた。エプスタイン問題(性売買ネットワークの顧客リストにトランプ氏の名前があるのではないかという疑惑)、イラン核施設への攻撃、イスラエルへの軍事支援、関税政策など、複数の論点でトランプ支持層内に不協和音が出始めていた。
特にMAGA支持層は、トランプ氏を「腐敗した政治体制(ディープステート)を打破する人物」として支持してきた面があるため、エプスタイン問題でトランプ氏自身がその「腐敗」の一部ではないかという疑念が広がっていた。

しかし、カーク氏射殺事件をきっかけに、トランプ氏は「左派の暴力が今回の悲劇をもたらした」と主張。これによってやや分散しかけていたMAGA支持層が再結束する機会となった。カーク氏の追悼式には、一時期トランプ政権から距離を置いていたイーロン・マスク氏も参加し、「我々の最大の敵は民主党支持者だ」という認識で結束を固めた形だ。
Q. メディア・言論への影響はどのような形で現れているのか?
この事件後、司会者のジミー・キンメル氏の発言が物議を醸した。キンメル氏はトランプ氏のカーク氏追悼の姿勢を「金魚の死を悲しむ4歳児のよう」と揶揄し、犯行動機が不明確な段階で、保守派が「これは左派の暴力だ」と断定しようとする姿勢を批判した。
これに対し、連邦通信委員会(FCC)のブレンダン・カー委員長がポッドキャスト番組で「このような発言があった以上、FCCに仕事が生まれるかもしれない」と発言。放送免許取り消しをちらつかせる形となり、その数時間後にABCテレビはキンメル氏の番組を無期限で停止すると発表した。
この対応は、アメリカで重視されてきた言論の自由の原則に反するとして批判を浴び、保守派からも擁護の声が上がった。テッド・クルーズ上院議員(共和党)や保守派論客ベン・シャピロ氏は「キンメル氏の発言は不快だが、政府が取り締まるべきではない」と主張。結局、キンメル氏の番組は再開されることになった。
Q. アメリカの言論の自由に関する法的な考え方は?
アメリカの憲法修正第1条は言論の自由を保障しており、特に政府による言論規制に厳しい制限を設けている。2017年の裁判では、サミュエル・アリート判事が「不快なアイデアであっても、政府が取り締まる行為は憲法修正第1条に反する」と明確に述べている。
ヨーロッパなどの国々ではヘイトスピーチ規制があるが、アメリカでは不快な表現や思想も言論の自由として広く保護されてきた。そのため、トランプ政権下で司法長官を務めるウィリアム・ボンディ氏が「ヘイトスピーチを取り締まる」という姿勢を示していることは、アメリカの伝統的な言論の自由の考え方からすると問題があるとの意見が多い。
Q. キャンセルカルチャー(特定の発言を理由に人物を社会的に排除する動き)についてはどうか?
今回、トランプ政権の動きに対し「言論弾圧だ」という批判が保守派からも出た一方で、「左派がやってきたことを我々が権力を握ってやっているだけだ」「左のキャンセルカルチャーには右のキャンセルで対抗する」という意見も少なくない。
キャンセルカルチャーという現象自体は新しいものではないが、2020年のジョージ・フロイド氏殺害事件後のブラック・ライブズ・マター運動の高まりとともに顕著になった。差別に対抗するという正義の名の下に「何をしてもよい」という風潮が生まれ、差別的と見なされる言動をした人物の地位や職を奪う動きが広がった。
2020年には言語学者スティーブン・ピンカー氏の研究や言動が「差別を肯定する要素を含む」として学会役員から除名を求める運動が起きた。これに対し、イデオロギーを超えて「言論の場から追いやるのはあってはならない」という反対の声が上がった。
キンメル氏自身も番組再開後、「この番組自体が重要なのではなく、一部の人に侮辱的と見なされる番組が存在していることが大事だ」と述べ、自分を擁護した民主党支持者だけでなく、テッド・クルーズ氏やベン・シャピロ氏にも感謝の意を表している。
Q. トランプ政権とメディアの関係についてほかに注目すべき点は?
トランプ氏はエプスタイン氏との関係を報じたウォール・ストリート・ジャーナルや、UAE(アラブ首長国連邦)との関係を報じたニューヨーク・タイムズを相次いで訴える姿勢を示している。これらの記事は国民の知る権利に照らして重要なものだが、トランプ氏は「侮辱だ」として裁判という形で抑え込もうとしている。
こうした動きは報道機関を萎縮させ、トランプ氏にとって不都合な報道を避けるという「言論の萎縮効果」を生み出している。一方で、トランプ氏は大手メディアよりも保守派・右派系のポッドキャスターに優先的に大統領への取材機会を与えるなど、メディア環境の再編を進めている。
メディア民主化という観点からすれば、大手メディアだけでなく多様な媒体に取材機会を開くこと自体は評価できる面もあるが、実質的にはトランプ氏に好意的な報道を増やすという目的がある。
Q. TikTokのアメリカ事業買収はどのような意味を持つのか?
最近、TikTokのアメリカ事業をオラクル社を中心とする企業連合が運営することになった。オラクルの会長ラリー・エリソン氏は個人資産でも世界トップクラスで、イスラエルと深い関係を持つ人物として知られている。
現在、アメリカでは若者を中心にガザでのイスラエルの軍事行動を「ジェノサイド」と批判する声が高まっており、そうした声はTikTokを通じても広がっていた。しかも、これは民主党支持者だけでなく、保守派の若手インフルエンサーからも出ている意見だった。
エリソン氏のようなイスラエル寄りの実業家がTikTokのアルゴリズムに影響力を持つことで、若者の間で広がっていたイスラエル批判の声が抑え込まれるのではないかという懸念が出ている。

メディア再編や買収・合併の許可を出すのは、キンメル氏の番組停止問題でも登場したFCC(連邦通信委員会)だ。免許や資金によってアメリカの言論が左右される危険性は増しており、「自由の国」としてのアメリカのあり方が問われている。
Q. アメリカの言論状況を見る上で今後注目すべき点は?
一見すると権力に迎合する報道が多いように見えるが、キンメル氏の番組復帰は権力に抗ったアメリカ市民や議員の動きを示すものだ。また、トランプ支持層内部からも「トランプ大統領は本当にMAGAの理念を体現しているのか」という根本的な批判が出始めている。
特に若手の保守系インフルエンサーの間では、イスラエルとの関係見直しや「アメリカファースト」の原点に立ち返るべきだという声が高まっている。チャーリー・カーク氏自身もイスラエルとの関係は深かったが、無批判的なイスラエル支援に疑問を呈する発言も見られ始めていた。
若手保守派インフルエンサーによる政権批判は「もっとアメリカのことをちゃんと考えてほしい」という根本的なものだが、トランプ氏は中間選挙に向けて「左派との対決」を争点化しようとしている。今後、トランプ支持層内部の動向にも注目する必要がある。