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造船大国ニッポンの興亡
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2025年9月9日

かつて「造船大国」として世界をリードした日本は、なぜその地位を失ったのか?中国韓国の戦略とは?海運アナリストの林光一郎氏を迎え、歴史的背景から現代の需給、そして未来の展望までを徹底解説。 <ゲスト> 林光一郎|海運アナリスト 1991年日本郵船に入社。コンテナ船や米国での開発業務を経験。NY大で修...
日本の造船業史:黄金期からの凋落と復活への道
かつて「造船大国」と呼ばれた日本—その栄光と没落の歴史を辿る

Q. 日本は一時期「造船大国」と呼ばれていましたが、その黄金期はどのように築かれたのでしょうか?
日本の造船業が世界で大きなシェアを獲得するきっかけは、第二次世界大戦での敗戦にあります。戦前までの商船建造はリベット方式が主流でしたが、戦時中に船を大きなブロックに分けて組み立て、ドックで溶接する工法へと変化しました。

戦後、日本は船も造船所も失い、ゼロからの出発を余儀なくされました。一方、戦前の造船大国だったイギリスは強力な労働組合の存在により新工法への転換が難しく、アメリカは戦時中に大量生産した船が中古市場に出回ったことで新造船への需要が減少していました。
日本はこの状況を逆手に取り、最新の溶接工法とブロック工法を思い切って導入。旧来の慣習にとらわれず、最も効率的な生産方式を構築することができました。
Q. 日本の造船業がさらに成長した要因は何だったのでしょうか?
日本の造船業の成長を支えた大きな要因は「計画造船」制度です。戦後復興期の日本では、経済再建のために鉄を生産し、その鉄をインフラに投入するという傾斜生産方式が採用されました。船は鉄鉱石などの原料輸入に必要であり、同時に鉄の塊としての消費先でもありました。
計画造船制度により、造船業界は将来の需要を予測でき、大規模な設備投資を計画的に行うことが可能になりました。これが日本の造船業の早期復興を後押ししたのです。
また、1960年代以降の世界的なエネルギー革命も追い風となりました。石油需要の急増に伴い、中東から世界各地への石油輸送用大型タンカーの需要が爆発的に増加。日本のブロック工法は大型船の建造と相性が良く、また新設の広大な造船所は大型タンカー建造に適していました。こうして日本は世界の造船の約半分を占めるまでに成長したのです。
Q. なぜ日本の造船業は凋落していったのでしょうか?
日本の造船業凋落の背景には、二つの大きな逆風がありました。まず1973年の石油ショック後、世界の原油需要の伸びが急速に鈍化。大型タンカー建造に特化していた日本の造船所は、受注激減により深刻な設備過剰に陥りました。
さらに追い打ちをかけたのが1985年のプラザ合意後の急激な円高です。円の価値が240円から120円へと倍増する中、ドル建てで取引される造船業界では、日本のコスト競争力が一気に失われました。他の製造業が海外移転などで対応する中、土地や設備が日本に固定された造船業は、柔軟な対応が困難だったのです。

この二つの逆風が重なり、日本の造船業は「構造不況業種」と呼ばれるようになりました。
Q. 韓国と中国はどのようにして造船大国として台頭してきたのでしょうか?
韓国は日本が苦境に立たされていた時期に、造船業を国の重要輸出産業として育成する方針を打ち出しました。政府主導で三大造船グループに大規模支援を行い、巨大な造船所を建設。輸出船に対する融資支援も実施して、日本を猛追しました。1990年代のアジア通貨危機でウォンが暴落した際も、皮肉にもドル建て取引の造船業にとっては競争力強化につながりました。
中国の台頭は2000年代初頭から本格化します。経済成長に伴い鉄鉱石や石炭の輸入が急増する中、自国で船を建造する動きが加速。国営造船所の設備投資だけでなく、地方や民間の造船所も次々と誕生しました。当時は世界的な海運好況期で船の発注が殺到しており、実績のない中国の造船所でも高値で受注を確保できたのです。
最近では中国の人件費上昇という課題も、自動化やIoT、デジタルツインなどの導入で克服。設計の標準化も進め、急速にシェアを拡大しています。
Q. 近年の造船市場はどのように変化しているのでしょうか?
かつては年間で安定していた世界の造船受注量は、2003年頃から大きく変動するようになりました。中国の新興造船所がマーケットのルールを変え、長期の受注も積極的に獲得するようになったためです。
2008年のリーマンショック後は一時的に受注が激減しましたが、海運会社の手元資金を活用した反動的発注も見られました。2020年以降はコロナ禍による巣ごもり需要増加と物流混乱が海運運賃の高騰を招き、造船需要も増加しています。

特筆すべきは、ここ1年ほどで造船業の注目度が大きく変わったことです。従来は産業界内での話題に留まっていましたが、経済安全保障の観点から一般の関心も高まっています。特に中国のシェア拡大に対して、「世界貿易の基盤となるインフラを一国が支配することへの懸念」が世界的に広がっているのです。
Q. 米国のトランプ政権が海運支援策を打ち出していますが、これはどういった背景があるのでしょうか?
アメリカはコロナ禍での物流混乱と運賃高騰の被害を大きく受けました。その過程で「海運を担う会社がすべて外国企業である」という状況への不信感が広がりました。
当初は中国の港湾設備や物流ソフトウェアを通じたスパイ活動への懸念が主でしたが、次第に「中国で船を作りすぎている」という問題意識へと発展。アメリカでも造船を強化すべきだという議論が活発化しています。
しかし、アメリカの商船向け部品工業はほぼ消滅しており、サプライチェーン全体を再構築するのは容易ではありません。また造船業は市況変動が激しく、好況時には「なぜ高い国内船を使うのか」、不況時には「なぜ安い外国船を使わないのか」という批判が繰り返される歴史があります。アメリカがどこまで本気で造船業復活に取り組むかは未知数です。
Q. 今後の日本の造船業にはどのような展望がありますか?
日本の造船業にとって重要なのは、量産船でのシェア確保を基盤とした戦略です。海運・造船需要は長期的にはGDPと同程度の成長が見込まれる分野であり、特に今後10年程度の期間は環境規制対応などで需要が増加すると予想されています。
経済安全保障の観点からは、極端な規制には慎重であるべきでしょう。民間企業としては世界中の顧客やパートナーとビジネスを行う必要があり、中国の船が最も安い場合にはそれを選択肢から外せない現実もあります。
理想的なのは、日本の造船業が一定の競争力を維持し、日本の船会社が必要とする船を基本的に建造できる状態を保つことです。そのうえで、価格や納期の都合で海外造船所を使う選択肢も残しておくバランスが重要となります。
日本の造船業は長い歴史の中で幾多の困難を乗り越えてきました。新たな技術革新と戦略的な市場ポジショニングにより、その存在感を再び高めていく可能性を秘めています。