PIVOT TALK BUSINESS
アメリカ経済の死角。ドル一極体制の揺らぎ
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2025年8月6日

今、世界経済で何が起きているのか?快進撃が続いたアメリカ経済に死角はあるのか?日本はどうすれば実質賃金を上げることができるのか?河野龍太郎氏と唐鎌大輔氏の二人のエコノミストに議論してもらった。 <ゲスト> 河野龍太郎|BNPパリバ証券 経済調査本部長・チーフエコノミスト/東京大学先端科学技術研究セ...
「安全資産はドルだけじゃない」国際経済のパラダイムシフトが始まっている

Q. アメリカ経済が減速している兆候はあるのでしょうか?
雇用統計が大きく修正され、5月、6月の数字が10分の1程度に下方修正されました。7月は7万人の雇用増加と概ね想定通りでした。これを見ると、5月、6月からアメリカの雇用・景気は減速していたことがわかります。

実はGDP統計を見れば、この傾向はすでに明らかでした。関税前の駆け込み輸入や在庫の増減といった一時的要因を除いた国内最終需要を見ると、今年1-3月の段階でアメリカの成長率は1.5%まで鈍化し、4-6月期には1.1%まで低下していました。
業種別に雇用統計を見ると、増加しているのは医療、教育、娯楽などの特定分野だけで、それ以外の業種では減少傾向にあります。5月以降、米中貿易摩擦による不透明感から企業が採用を手控えている状況が鮮明になっています。
Q. アメリカの景気後退は避けられないのでしょうか?
短期的には景気後退は避けられる可能性が高いと考えられます。5月頃から米中対立に歩み寄りの兆しが見え始め、市場はトランプ関税の不確実性がかなり低下したと捉えています。7月の雇用統計は持ち直しの傾向も見られるため、8月以降は状況が改善する可能性もあります。

去年も8月に出た7月のアメリカ雇用統計が大混乱を招き、8月いっぱい悲観ムードが広がりましたが、翌月以降は収束しました。今回も同様の展開になる可能性はあります。
また、アメリカの大統領選挙を控え、トランプ陣営は2026年の中間選挙までに景気を悪化させたくないという思惑があります。中国も習近平国家主席が2027年から第4期に入る予定で、2026年の不況は絶対に避けたいという事情があります。こうした政治的な理由から、両国が世界経済を混乱させるような選択をする可能性は低いと考えられます。
Q. アメリカ一極体制に何か変化は起きているのでしょうか?
重要な変化が起きています。これまでアメリカの景気に悪い指標が出ると、世界中の投資家が安全資産としてドル通貨やアメリカ国債を買い支えていました。その結果、アメリカの長期金利が下がり、株式市場をサポートするという好循環が生まれていました。
しかし、今回の雇用統計後も10年国債の金利は4.12%程度に留まっています。これまでであれば3.3%台前半まで下がっていたはずです。誰かがアメリカ国債を買わなくなっているという重要な兆候が見られます。
その代わりに資金はユーロ、スイスフラン、ノルウェークローネなどに流れており、グローバルな資金のローテーションが起きていると考えられます。アメリカの基軸通貨体制、一極体制が「揺らいでいる」状態にあります。
Q. 基軸通貨体制の変化はどのように進んでいくのでしょうか?
歴史的に見ると、一極体制よりも複数基軸通貨体制の方が普通でした。19世紀終わりから20世紀初頭は、金本位制のもとでイギリスのポンドが最強の通貨でしたが、フランスのフランやドイツのマルクも使われていました。1920年代も第一次世界大戦でイギリスが疲弊した結果、ポンドとドルが並ぶ複数基軸通貨体制でした。
一つの通貨だけが基軸通貨という状態は、第二次世界大戦以降の例外的な状況だったとも言えます。安全保障面でも冷戦後のアメリカ一極支配(パックスアメリカーナ)が変化しつつあるように、経済金融体制もアメリカが最強であることは変わらないものの、一極体制から複数極体制へと移行しつつあります。
Q. 基軸通貨の候補としてはどの通貨が考えられますか?
最有力候補は人民元でしょう。また、世界で3番目に流動性と厚みを持つ金融市場を持つ日本円も一角を担う可能性はありますが、人口減少や大きな公的債務を抱えているという課題があります。
ヨーロッパではEUの共同債による調達額が増加しています。EUの最大の課題は通貨は一つ(ユーロ)なのに財政政策がバラバラだったことですが、安全保障をきっかけに財政統合に向かいつつあります。これにより、ユーロがドルの代替となる可能性も出てきています。
実際、ユーロは最近上昇傾向にあり、ECB総裁やEU委員長もユーロの基軸通貨としての役割に言及するようになってきました。
Q. 複数基軸通貨体制への移行はどのような影響をもたらしますか?
これまでは世界経済にショックが起きると、投資家がドルや米国債に資金を集中させ、アメリカの景気が支えられていました。しかし、米国の覇権に対する疑念から、このメカニズムが機能しなくなりつつあります。今後、想定外のショックが発生した場合、アメリカがそれに耐えられるかどうかが重要な課題となります。
また、トランプ減税の延長でアメリカの公的債務は大きく膨らみ、数年後には第二次世界大戦以来最も高い水準になる見込みです。これまでは景気が悪化しても長期金利の上昇を気にせず財政政策を打つことができましたが、世界の投資家がアメリカ国債を買わなくなると、財政政策の余地が狭まる可能性があります。
一方で、これまでアメリカに集中していた流動性が分散することで、他の国々は世界経済の縮小時にこれまでほど悪影響を受けなくなる可能性もあります。
Q. 投資環境はどのように変化するのでしょうか?
アメリカの株高が続いてきた最大の理由は、長期金利よりも名目成長率が高い状態が続いていたことです。これは余剰資金が株式市場に流れやすい条件であり、バブルが発生しやすい状況でした。同時に、長期金利で規定される公的債務の利払い費の伸びよりも名目成長率で規定される税収の伸びの方が大きかったため、財政の持続可能性も維持されていました。

しかし、足元ではこの関係が変化しつつあります。何らかの理由で長期金利の水準が上昇すると、株高が続かなくなる可能性があります。
これまでアメリカ株が下落した際は「目をつぶって買う」という戦略が有効でしたが、今年2月以降はそのアドバイスができなくなっています。日本の投資家は今も資金をアメリカ株に集中させる傾向がありますが、これは世界的に見ると極めて特殊な状況です。ヨーロッパや中東、東南アジア、中南米の投資家たちは、すでにアメリカへの一極集中投資からの分散を始めています。
世界の外貨準備におけるドルの比率も、2000年代初頭の約70%から現在は60%を割り込んでいます。減少した分はユーロやポンドではなく、カナダドル、オーストラリアドル、人民元に流れています。これは資源や実物資産を持つ国の通貨が選好されている証拠であり、この傾向は過去10年以上続いています。