
トランプ関税:日米交渉難航の裏側と今後
Q&A:トランプ関税と日米交渉の行方〜米が鍵を握る意外な展開
第二次トランプ政権で日本に課される関税問題が注目を集めています。当初期限とされていた7月9日を過ぎ、対日関税25%という数字が示されました。この交渉はなぜ難航し、その背景に何があるのでしょうか。キヤノングローバル戦略研究所上席研究員の峯村健司氏に詳細を聞きました。

Q. トランプ政権から示された対日関税25%という数字をどう評価しますか?
率直に言って、高いと評価します。政権関係者からは「24%から25%へ、たった1ポイント増えただけ」という弁解が聞こえてきますが、実はこれはとんでもない数字です。元々の24%自体が想定より高かったのに、さらに上がっているのです。

加えて、各国との比較で見ると、日本とマレーシアだけが増加しています。他の国は同率か下がっているのです。さらに、韓国と同率25%になったことについても、韓国は政権不在の状況で交渉がままならない中での数字です。それに比べて日本は政権があり、担当大臣が7〜8回も交渉したにもかかわらず同じ結果では、合格点とは言えません。
Q. なぜこれほど交渉が難航したのでしょうか?
日本側の戦略的ミスがあったと考えています。外交交渉においては戦略目標を明確に設定し、それに基づいた戦略を立てる必要があります。しかし、日本の姿勢はあいまいでした。
選択肢としては、同盟国に関税をかけるなど言語道断として全面対決する道もあれば、日米同盟を重視して妥協する道もあります。しかし日本は、この両方をミックスしたまま進んでしまったのです。
例えば、加藤財務大臣が米国債の売却を交渉カードにする可能性を示唆した発言がありました。これは全面対決の姿勢に見えますが、米財務長官イェレン氏からの抗議電話の後、すぐに撤回したと伝えられています。言うなら貫くべきで、言って引っ込めるのは最悪の展開でした。
また、日本側は「相互関税だけでなく自動車関税も含めて撤廃せよ」と主張していました。これは交渉というより、ファイティングポーズにも見えます。しかし一方で何度も足を運ぶなど協調的姿勢も見せる。この一貫性のなさが問題だったのです。
Q. 日本が提案したのはどのような内容だったのですか?
基本的には、トランプ大統領が最も懸念している貿易赤字を減らすため、アメリカからの輸入を増やすパッケージを示しました。LNG(液化天然ガス)などのエネルギー購入などです。しかし、これはアメリカ側を満足させるものではありませんでした。
アメリカが最も求めていたのは「米(コメ)」だったのです。これはワシントンでの取材で政権関係者複数から確認しています。彼らは「米の問題で譲歩がなければ交渉にならない」と断言していました。
Q. なぜ米(コメ)がそれほど重要なのですか?
これには2つの理由があります。まず第一に、過去のトラウマです。第一次トランプ政権時の日米交渉では、安倍政権が時間を引き延ばし、結果的に自動車関税も回避し、米も買わずに済みました。日本からすれば成功でしたが、トランプ政権からすれば「日本に騙された」と思っているのです。貿易赤字は減らないまま。その原因が「米が入っていなかったから」とされ、米は過去のトラウマの象徴になりました。
第二に、米は日本の非関税障壁の象徴とされています。トランプ政権は「日本が米に700%の関税をかけている」という認識を持っています。そしてトランプ大統領は「日本では米が足りていないのに輸入していない。見えない壁があるからだ」と主張しています。彼にとって米は、日本の不公平な貿易慣行の象徴なのです。
Q. では日本は米をもっと輸入すればいいのではないですか?
実は、日本はすでに米を大量に輸入し始めています。今年4月の段階で7,000トン近く輸入しており、これは前年同期比で80倍に増えています。食料安全保障の問題ではなく、すでに「買っている」という事実があるのです。
問題は、この事実を交渉カードとして使っていないことです。背景には選挙があります。現政権の中枢には農林族と呼ばれる政治家が多く、米の輸入拡大を公に認めれば農業票が逃げることを恐れているのでしょう。しかし、国民にも「輸入しなければ足りない」と丁寧に説明すれば理解は得られるはずです。
Q. 自動車関税への影響はどの程度深刻ですか?
自動車関税25%が続いた場合、日本のGDPに1%程度の影響が出るという試算もあります。また、失業者が何万人も出る可能性があり、すでに一部の自動車メーカーではリストラの動きもあるとされています。

さらに懸念されるのは産業空洞化です。25%の関税が恒常化するなら、企業は生産拠点を日本から移すでしょう。これは日本経済にとって良いことは何一つありません。
Q. 米中関係はこの交渉にどう影響していますか?
日米交渉が急にスローダウンした大きな理由の一つが、米中関税交渉の進展です。両方の交渉を時系列で追うと、米中の合意が進むと反比例して日米交渉の速度が落ちるという明確な相関関係が見られます。
アメリカは当初、中国の地域ライバルである日本と関税交渉を早期に成立させることで、中国に圧力をかける意図がありました。しかし米中関係が改善し始めると、日本の重要性は相対的に下がります。
実は日米関係や日中関係を理解する上で最も重要なのは、米中関係なのです。米中関係はバチバチ対立していれば日米は緊密になり、米中が繋がってくると日本の相対的価値は下がる。この三角関係は歴史的にも法則性があります。
Q. 今後の交渉の焦点はどこにありますか?
トランプ大統領が好むような「ビッグパッケージ」が出せるかどうかです。トランプ大統領は細かい数字の積み上げよりも、インパクトやシンボルを重視します。例えば「トランプ・ゴールド同盟パッケージ」のような派手な名前をつけて、目に見える形で成果を示すことが大事です。
トランプ大統領は長い説明や文字を読むのを好まないので、ボンと大きく見せることができるかどうかが鍵です。見せ方が全てなのです。
Q. 日本政府の交渉アプローチにはどのような問題がありましたか?
最大の問題はインテリジェンス(情報収集・分析)の欠如です。G7のタイミングで合意できると日本政府は見込んでいましたが、トランプ大統領の本当の意図を理解できていませんでした。

トランプ大統領はディール(取引)を好みますが、彼が燃えるのはディールをするまでです。一度ディールが成立すれば興味を失います。イギリスはこれを理解し、スターマー首相がトランプ大統領と電話会談で大枠合意をして、その後に詰めるアプローチを取りました。
一方、日本は事務レベルでコツコツ積み上げる手法を取りました。これは日本的には正しいアプローチですが、トランプ大統領には響きません。彼にとっては細部よりも「ディールができた」という印象が大事なのです。