PIVOT TALK BUSINESS
精子バンク:少子化対策になるか?
(376)
5,401回視聴
2025年7月8日

精子提供という選択肢をとる人の理由は?ドナーになる人の動機は?少子化対策になるのか?法制度が追いつかない現状や、社会的・倫理的な課題など、様々な視点から深掘り。精子提供によって生まれる「家族」の姿とは?精子提供当事者で、精子バンクを運営する伊藤ひろみ氏と議論の最前線に迫る。
赤ちゃんを望む選択肢 - 精子提供の現状と課題
精子提供は不妊に悩むカップルや子どもを望む人々にとって重要な選択肢だが、日本ではまだ多くの課題が残されている。精子提供から妊娠までのプロセスや法整備の状況、海外との違いについて専門家に詳しく聞いた。

Q. 精子提供を受ける場合、どのような方法で妊娠に至るのでしょうか?
日本では主に人工受精という方法が行われています。これは精子を洗浄・濃縮し、シリンジを使って女性の子宮に入れる治療法です。日本では70年以上の歴史があります。
通常の不妊治療であれば、人工受精を3〜6回ほど試みて妊娠しない場合は体外受精にステップアップするのが一般的です。しかし、日本では提供精子を使った体外受精は原則として認められていません。これは厚生労働省から日本産科婦人科学会に対して20年以上前に出された指示によるものです。
当時は法整備の議論が活発化していて「もうすぐ法律ができるから待ってください」という理由でストップがかかりましたが、その後法律ができないまま20年が経過しています。
Q. 人工受精だけでは妊娠しにくいのでしょうか?
人工受精は妊娠率が非常に低いという大きな問題があります。精子は凍結によって数が減ってしまうこともあり、1回あたりの妊娠率は全国平均で約5%です。若い女性であれば10〜15%程度になりますが、高齢の方や女性側も不妊の要因を抱えているケースでは、さらに低くなります。
中には60回も人工受精を試みる方もいます。1回あたり6〜10万円程度かかることを考えると、経済的負担も大きくなります。
Q. 費用面ではどのような状況ですか?
精子提供を使った治療は保険適用から除外されています。これも法整備が行われていないことが原因です。2022年から不妊治療の保険適用が始まりましたが、提供精子を使う場合は対象外となっています。
また、医療機関の数も限られており、例えば北海道には精子提供を行う施設がなく、東北地方も登録施設は1件あるものの実際には提供を行っていません。そのため、北海道や東北の方は東京や新潟まで毎月通わなければならず、交通費もかかります。
Q. 正規の医療機関以外での精子提供はどうなっていますか?
正規の医療機関での提供が限られているため、非正規の方法で精子提供を受ける人が増えています。主に3つの方法があります。
1. 海外の精子バンクから輸入した精子を使って体外受精を行う医療機関を利用する
2. 台湾など海外で精子提供を受ける
3. 個人間での精子提供
このうち、個人間での提供を受けている人が最も多いと推測されます。特に近年、正規の医療機関での患者数が半減しているのに対し、海外の精子バンクや台湾での治療を受ける人は年間100組程度と少数です。残りの数百組はおそらく個人間での提供に流れていると考えられます。
Q. 個人間での精子提供はどのように行われているのですか?
主にSNS(特にX/Twitter)を通じて行われています。個人アカウントを作って精子提供を呼びかけたり、複数のドナーを集めた「自称精子バンク」を運営したり、マッチングサイトを利用したりする方法があります。
Q. 個人間での精子提供にはどのような危険性がありますか?
医学的には非常に危険な状態です。主に以下のような問題があります:

1. 感染症検査が不十分または未実施
2. 提供者の意図が不明確(中には性的な目的を持った人もいる)
3. 遺伝的リスク(病気の可能性や、同一ドナーから多数の子どもが生まれるリスク)
4. 提供者の経歴や人物像が確認できない
特に感染症については、検査結果を提示しても、それは過去の結果であり、直近の感染状態は分からないという問題があります。また、女性に対する性的暴力のリスクもあり、実際に被害報告もあります。
Q. 台湾での精子提供はどのような仕組みになっているのですか?
台湾では「人工生殖法」という法律が整備されており、国が認める形で医療機関が精子提供を行っています。日本人も台湾の医療機関で治療を受けることができ、多くの医療機関が日本語のホームページを用意し、通訳も配置しています。
台湾では国が禁止交配のリスク(近親婚の可能性)も管理しており、一人のドナーから生まれる子どもの数も制限されています。原則として一人のドナーからは一人だけ子どもを持つことができます(体外受精で複数の受精卵が同時に凍結された場合は例外)。
Q. 海外の精子提供の課題はありますか?
最大の問題は、一人のドナーから生まれる子どもの数が世界的に規制されていないことです。各国で規制はあっても、世界全体での規制がないため、例えば日本で10人、フランスで10人、別の国で10人というように、同じドナーから世界中で多数の子どもが生まれる可能性があります。

これは偶然同じドナーから生まれた人同士が出会ってしまう可能性を高め、また心理的にも「工場で大量生産された人形のよう」と感じてショックを受ける人もいます。精子バンクのグローバル化が進む中、世界レベルでの規制が必要になっています。
Q. 日本の法整備の状況はどうなっていますか?
2020年に親子関係を規定する法律ができました。これにより、精子提供を受けた場合に夫(ドナーではなく)が父親になることが法的に定められました。しかし、精子提供全体についての包括的な法律はまだありません。
2021年から議員連盟が発足して議論を重ね、法案が作成されましたが、2024年2月5日に参議院に提出されたものの審議されずに通常国会が閉会し、廃案となりました。
Q. 法案に対する反対意見はどのようなものでしたか?
主に2点について当事者から強い反対がありました:
1. 出自を知る権利が完全に保障されていない点
- 諸外国では提供時点で匿名か非匿名かを決めますが、日本の法案では子どもが18歳になってドナーの情報を求めた時点で、ドナーが何の情報を開示するか決められる仕組みでした。これでは実質的に匿名状態が続きます。
2. 同性カップルやシングルの方が医療機関で精子提供を受けることを禁止する内容だった点
- 現状ではグレーゾーンで一部医療機関が受け入れていますが、法案が成立すると罰則がつき完全に禁止されることになります。
Q. 選択的シングルマザーの課題は何ですか?
経済的な問題が大きいです。日本では男性より女性の平均所得が低い中で、一人で子どもを育てていくのは大変です。また、社会の偏見も強く、「子どもがかわいそう」といった声もよく聞かれます。

しかし、海外の研究では、初めから父親がいなくても子どもの心理状態には悪影響がないことが分かっています。問題が起こりうるのは途中で親がいなくなったり、愛情が不足しているケースです。母親が愛情を持って育て、おばあちゃんや兄弟、他のシングルマザーなど複数の大人が子育てに関わっていれば問題ないとされています。
Q. 精子提供は少子化対策になりますか?
直接的に出生率を大きく上げることにはならないでしょう。ただし、子どもを持ちたいと願う人々の選択肢を増やすという意味では意義があります。
例えばデンマークでは生まれてくる子どもの約2%が精子提供や卵子提供によるものです。日本では現在、公式には年間100人程度しか精子提供で子どもが生まれていませんが、非公式なものも含めると500人程度と推測されます。これがデンマークのように2%になれば年間1万人程度になる可能性があります。
また、結婚せずに子どもを持つ選択肢を提供することで、多様な家族の形や働き方を支援することにもつながります。親になる準備ができている人であれば、一人でも二人でも支援する仕組みを作ることが重要です。