
経営ゆるがす地政学 3大潮流
世界がリスクの時代に-地政学が経営を支配する
2023年は、トランプ政権の関税政策や中国の反スパイ法による日本人への逮捕など、世界情勢が大きく変動した年だった。現在も中東でのイラン・イスラエル情勢は緊迫している。こうした国際情勢が企業経営にどう影響するのか、そして企業は何を軸に生き抜くべきか。オウルズコンサルティンググループ代表で、元経済産業省通商交渉官の羽生田慶介氏に聞いた。

Q. 最近のトランプ関税政策についてどう見ていますか?
トランプ大統領は選挙期間中から総合関税について言及していたので、実際に実行したことは予想内と言えます。ただ、税率などの詳細について深く追求しても意味はありません。これはディール(取引)のために行っているものです。日本の赤澤大臣が何度も交渉に行っていますが、現時点ではあまり進展がないように見えます。
しかし焦る必要はないでしょう。企業にとっては目の前のコストは重要ですが、アメリカに変な譲歩をしてディールするよりは、じっくり対応した方がよいと考えています。
Q. 日本企業への影響は?特に自動車産業はどうなりますか?
トランプが発表した関税は、世界全体に10%の総合関税があり、日本にはさらに14%上乗せされて合計24%になっています。この部分は交渉のテーブルに載っていますが、鉄鋼や自動車に個別にかけられている25%の関税については、国ごとに調整する設定になっていません。
日本だけ特別な条件を引き出そうとするのは筋が悪いです。日本だけが先進国から抜け駆けして甘い条件をもらうと、グローバルサウスとの関係構築にも悪影響を及ぼします。また、例外規定を作ることは法的整合性の観点からも問題があります。
Q. 地政学と経済安全保障リスクを考える上で重要なメガトレンドは?
大きく3つのメガトレンドがあります。
1. 分断 - これまでの世界一体化を目指すグローバリズムが終わり、保護主義的な世界になってサプライチェーンが切断されていく現象です。
2. 動揺 - アメリカを覇権国とする世界秩序が崩れ、G0(リーダー不在)の状態になり、世界のルールが不安定になっています。各国内のルールも不安定化しています。
3. 衝突 - これまでは前提だと思われていた価値観同士がぶつかり合う状況です。民主主義と権威主義、リベラルと反リベラル、アメリカとG6などの対立が起きています。
これらのメガトレンドは短期的なものではなく、しばらく続くと考えられます。特に先進国のGDPシェアが低下している現状では、パワーバランスの変化は構造的なものです。
Q. デカップリング(分断)は実際にどの程度進んでいるのですか?

完全な分断は部分的にしか進んでいません。アメリカも当初は中国との分断を目指しましたが、そう簡単ではないことに気づき、「デリスキング」(リスク低減)という言葉に変わってきました。軍事関連や経済安全保障の中核部分は分断するけれど、全てを切り離すことはできないという現実的な対応になっています。
これからの世界では、どこの国とでも繋がるのではなく、価値観を共有する同盟国・同志国とのみ繋がるという選択的な協力関係に変わっていくでしょう。
Q. 企業はこの状況にどう対応すべきですか?
「アメリカ抜きのサプライチェーン」を考えるという新しい視点が重要です。現在のアメリカは長期投資に向いていません。不確実性が高く、R&Dなどの長期投資をするには適していないため、アメリカなしでどうサプライチェーンを組むかを真剣に考える時代になっています。
Q. 日本の中国依存についてはどう見ていますか?
製造業には「工場稼働を最大化して在庫を最小化する」というキャッシュフロー経営が主流でした。コスト削減のために中国に投資してきたことは、経済合理性の観点からは正しかったと言えます。
問題は、コスト理由だけでなく、レアメタルやレアアースのように中国でしか生産できない資源への依存度が高まっていることです。電池や磁石など、現代産業に不可欠な資源が中国に集中していることが最大の課題です。
Q. 日本のレアアース開発はどうなっていますか?
日本の海底にレアアースを含む泥があることは分かっていますが、これまであまり本格的に開発が進んでいませんでした。それには理由があります。
レアアースの生成過程では放射性物質が出たり環境汚染の問題があります。人権や環境に配慮して生産すると、中国と同じコストでは生産できません。これまでは中国との競争を考えると二の足を踏んでいましたが、最近になって危機感が高まり、コストをかけてでも自国で生産しようという方向に政策が動き始めました。
Q. 国際ルールの動揺はどのような影響をもたらしていますか?
WTOなどの国際機関がまともに機能しなくなっています。特に問題なのは国際的な紛争解決メカニズムの機能不全です。第二次世界大戦の原因が貿易紛争だったことを踏まえて作られたGATT(関税と貿易に関する一般協定)の仲裁機能が働かなくなっており、世界は不安定化しています。
この影響で各国の国内ルールも不安定になっています。例えばカナダがデジタルサービス税を導入しようとしたのに、トランプ大統領の圧力で急に方針を変えるような事態も起きています。
グローバルサウスの国々、特にインドやインドネシアなどは、こうした混乱に巻き込まれたくないと考えています。彼らは放っておいても世界のトップに伸びていく可能性があるので、既存の枠組みに縛られたくないという思いがあります。
Q. 企業はこのような状況にどう備えるべきですか?
企業は1つの国に依存する必要はありません。日本が創業の地であっても、必要に応じて他の国に拠点を移すことも検討すべきです。グローバル企業というよりも「マルチナショナルカンパニー」として、複数の国のアイデンティティを持つことが重要です。

例えばフォルクスワーゲンはドイツの会社ですが、中国にも大きく投資して中国色も持っています。企業のナショナリティをポートフォリオとしてデザインすることが、これからの経営者の重要な課題です。
Q. 企業の判断軸はどう変わるべきですか?
これまでは「ジャストインタイム」(効率化重視)が主流でしたが、これからは「ジャストインケース」(万が一に備える)という考え方が重要になります。在庫を多少余分に持ったり、調達先を複数確保するなど、効率だけでなく安定性も重視する必要があります。

ただし、完全に経済合理性を無視するわけではありません。重要な部分については多少コストが上がることを覚悟しつつも、全体としての利益を保てるようにバランスを取ることが経営の腕の見せどころです。企業が市場そのものを保ち、持続可能な形で成長を続けるための投資として考えるべきです。
Q. 日本企業の課題は何ですか?
日本企業は何が有意で何を自立させるべきかという特定ができていませんでした。例えば半導体では、最先端の2ナノ半導体が重要なのか、自動車用の28ナノや40ナノが重要なのか、優先順位が定まっていませんでした。
最近になってようやく、レアアースや電池、磁石など産業に不可欠な品目の特定が進みました。これからは企業レベルでも、何を優位にし、何を自立させるかを明確にしていく必要があります。
