PIVOT TALK BUSINESS
CFOになるためのキャリアの築き方
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2025年7月7日

昭和電工と日立化成が統合して誕生したレゾナック。1兆円買収後にどう組織改革をし、CFO組織を整えたのか?CFOのリアルな仕事とは何なのか?メリルリンチ、ソニーなどを経てレゾナックCFOに就任した染宮秀樹CFOに聞いた。
CFOとキャリアのアドレナリンカーブ: リスクを取って成長する
野村総合研究所から投資銀行、ソニー、そしてレゾナックのCFOへ。ダイナミックなキャリアを歩んできた染宮秀樹氏が語る「アドレナリンカーブ」の考え方は、若手ビジネスパーソンのキャリア形成にヒントを与えてくれる。

Q. 「アドレナリンカーブ」とは何ですか?
人生の中での気持ちの浮き沈みをグラフに表したもので、アドレナリンの放出量を表していると考えています。私の場合、このカーブは野村総合研究所を出発点として、留学、投資銀行時代、ソニー、そしてレゾナックと続く波乱万丈なキャリアを反映しています。
実はレゾナックで働いている今が、私の人生史上最もアドレナリンのデルタ(変化率)が高い時期です。
Q. 染宮さんのキャリアの始まりはどのようなものでしたか?
野村総合研究所に入社して最初の3年間は、実はかなり苦労しました。新人レポートを書いた際に「研究員に全く向いていない」と評価され、しばらくは新聞の切り抜き作業を任されていました。
90年代初頭は日本にM&Aの統計がまだ整備されていなかったので、私は1日に20〜40紙ほどの新聞を読み、M&Aや資本提携の記事を集めて統計を作成していました。この地道な作業が、後にM&A動向のレポートとして私にしかできない価値を生み出すことになりました。
Q. 投資銀行家として活躍した時期はどうでしたか?
メリルリンチ、JPモルガンと外資系投資銀行で働いていた時期は、アドレナリンカーブが激しく上下していました。特に電機業界を担当していた時代は、案件獲得の勝ち負けで一喜一憂する日々でした。
ある時は1週間で3つの大型案件を立て続けに失注し、「神様が投資銀行をやめろと言っているのだ」と思うほど落ち込みました。しかし、そこから「日本の電機業界を再生したい」という強い思いで復活しました。
日本の電機業界は2000年代にアナログからデジタルへの変化や、垂直統合から水平分業へのパラダイムシフトについていけなくなりました。この状況を何とかしたいという思いで仕事に取り組んでいました。
Q. なぜ投資銀行からキャリアチェンジされたのですか?
47歳で金融業界を引退した理由は、企業の本当の成功と投資銀行のビジネスモデルとの間に矛盾を感じるようになったからです。
例えば、ジャパンディスプレイの案件では、私は日本と台湾の企業連合が最良だと考えていましたが、結果的には国の資金が入った日本連合ができました。私の信じる戦略と投資銀行のビジネス上の正解が異なるケースが増え、その矛盾に耐えられなくなりました。
Q. ソニーでの経験から学んだことは何ですか?
ソニーでは最初にグループM&Aの責任者、その後半導体事業のCFOを務めました。最後の3年間は新規事業の立ち上げを担当し、そこで大きな学びがありました。
それまで使っていた能力はほんの一部だったと気づきました。事業を立ち上げ、組織を運営し、メンバーに共感してもらって動いてもらうという経験は、事業を本当に経営するという点で非常に貴重でした。

また、ソニーの吉田賢一郎氏からは、チーム経営をするための覚悟や、経営チームのマインドセットの重要性について学びました。吉田氏と十時裕樹氏は、CFOのイメージを変えた人物です。「右手にロマン、左手にソロバン」という言葉が、攻めのCFOの姿勢を表しています。
Q. CFOに必要なスキルとキャリアパスについてどう考えますか?
CFOには多様な経験が重要です。会社に入って経理部門だけを登っていくキャリアよりも、さまざまな経験を積んだ人の方が、アントレプレナーシップを持つCFOになれると思います。

私の部下には、途中で事業部に行ったり、海外の統括会社に行ったりと、財務経理部門を離れて事業に近いところでの経験を積ませるようにしています。
事業部長と話をする時に、「あなたが無能なら私があなたの事業部長をやる」くらいの気持ちで接しないと、良い方向に進みません。事業の側と渡り合える能力を持つことが、CFOには不可欠です。
Q. 若い人たちのキャリア形成についてどのようなアドバイスがありますか?
私は若い人たちに「能力開発曲線」というものを示しています。横軸が年齢、縦軸が能力・社会インパクトです。受け身の生き方をすると、社会人になってから能力の伸びが鈍化していきます。一方、リスクを取って経験値を取りに行く生き方をすると、同じ10年でも倍くらいの成長が見込めます。

30代までは「筋トレ」の時期です。専門能力を徹底的に鍛えることが重要です。その後、30代半ばからは「パーソナルビジョン」を持つことが大切になります。自分が世の中に何を残したいのか、どんな貢献をしたいのかという志を持ち、それを言葉にして周囲に共感してもらうことで、周りの人を巻き込んで大きな成果を出せるようになります。
Q. パーソナルビジョンを見つけるにはどうすればいいですか?
恥ずかしくても自分のビジョンを言語化することが大切です。例えば私は30代半ばの頃、「日本の電機業界を何とかしたい」と周囲に話していました。自分で言葉にすることで、自分の背中を押すことができ、徐々にそのビジョンに近づいていくものです。
青臭い話でも良いので、自分のビジョンを飲みながら語り合える仲間を増やし、青臭いことをたくさん語るべきです。霊障的で冷めた態度の方がクールだという風潮は好きではありません。そういう人が増えれば、日本はもっと元気になると思います。
人生において自分が死ぬときに「自分はこういう貢献をした、こういうものを残した」と思えるものが、パーソナルビジョンです。それがすぐに見つからなくても、何か一つのことを掘り下げたり、専門能力を身につけたりして、世の中の人と話ができる出発点を作ることが大切です。