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アトラスコプコの研究 最強のM&A戦略と北欧流ガバナンス
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2025年7月4日

日本企業のお手本はどこにあるのか?その一つが、北欧企業だ。スウェーデン発の産業機械メーカーのアトラスコプコ。営業利益率2割、ROE3割を誇る、究極のグローバル企業の独自哲学と戦略を、財務戦略アドバイザーの田中慎一氏に分析してもらった。
スウェーデンの隠れた優良企業、アトラスコプコの魅力とは?「自由と責任」を重視する経営哲学
スウェーデンに本社を置く産業機器メーカー「アトラスコプコ」。一般にはあまり知られていないものの、圧倒的な収益力と独自の経営哲学で成長を続けている企業だ。時価総額11兆円を誇り、日本の伊藤忠商事や三菱商事と同規模の企業でありながら、その魅力はあまり知られていない。「自由と責任」を掲げる経営スタイルや「人材こそが競争力」という考え方は、日本企業にとっても参考になる点が多い。

Q. アトラスコプコとはどんな企業なのか?
アトラスコプコはスウェーデンの産業機器メーカーで、主に空気圧縮デバイスやコンプレッサーを製造している企業である。工場の自動化設備で使われる圧縮空気の装置では世界規模でナンバーワンの地位を占めている。
時価総額は約11兆円で、日本の伊藤忠商事や三菱商事、東京エレクトロンなどと同規模の大企業だ。産業機器メーカーとしては非常に高い収益性を持ち、営業利益率は25%という高水準を達成している。
Q. アトラスコプコの財務的な強みは?
この企業の強みは収益性の高さにある。1人あたりの営業利益は日本円で約1000万円と、日本の上場企業の平均を大きく上回っている。同じような産業機器メーカーと比べても、その営業利益率は非常に高い水準だ。

資金効率を表すROE(株主資本利益率)も非常に高く、日本の優良企業と比べても圧倒的な数字を誇る。また、株価のパフォーマンスも過去20年間で世界平均を大きく上回っており、長期投資の観点からも優れた企業だと言える。
Q. アトラスコプコの独自の経営哲学とは?
アトラスコプコの経営哲学の中核にあるのは「リデセントラライゼーション(分散化)」という考え方だ。現場で起きている課題は現場が一番理解しており、その解決策も現場が最もよく知っているという発想から、積極的に権限を委譲している。
本社機能は最小限に抑え、グループ全体の従業員のうち本社にいるのはわずか3%程度に過ぎない。事業は4つの部門に分けられ、それぞれに大きな権限が委ねられている。マイクロマネジメントを行わず、成果で評価するというスタイルを貫いている。
Q. 人材育成についてどのような特徴がある?
アトラスコプコでは「人材こそが会社の競争力」という考え方を強く持っている。特に興味深いのは、リーダー層の85%が社内育成であることだ。
また、サクセッションプラン(後継者計画)を意図的に持たないという方針を取っている。これは社内で競争を促し、才能と情熱を持つ人材が上に行けるようにするためだ。
さらに、アトラスコプコは経営人材の輩出企業としても知られている。ABBやエレクトロラックスなどスウェーデンの名門企業のトップにアトラスコプコ出身者が就任するケースも多く、その経営哲学や経営ノウハウが高く評価されていることの証左となっている。
Q. 社員からの評価はどうか?
オンラインの企業レビューサイトGlassdoorでの総合評価は5段階中4.1と高く、86%の社員が友人に勧めたいと回答している。
社員のコメントからは「マイクロマネジメントされない」という評価がある一方で、「成果はきっちり求められる」という側面も見られる。自由を与えられる代わりに責任も求められるという「自由と責任」の文化が浸透しており、社員自身も「これがアトラスコプコの働き方だ」と認識している。
この「自由と責任」という哲学は、Netflixのような企業文化と類似している部分があるが、日本のキーエンスのようなマイクロマネジメント型の企業とは対照的だ。
Q. M&Aにおける特徴的なアプローチは?
アトラスコプコのM&A(企業買収)戦略も非常に特徴的だ。M&A後の統合スタイルとして、「ケージ飼育タイプ」と「自然放牧タイプ」という2種類があるとすれば、アトラスコプコは明らかに後者に属する。
買収した企業の社名やブランド名はそのままにし、企業文化も尊重する方針をとっている。多くの企業がM&A後にコスト削減やシナジー効果を強調するのに対し、アトラスコプコはそうした発想を持たない。むしろ、最初から収益性の高い優良企業を慎重に選んで買収するというアプローチを取っている。
興味深いのは、アトラスコプコがどうやって通常なら売りに出ない優良企業を買収できるかという点だ。同社のM&A担当者は投資銀行などを通さず、現場の営業マンが顧客企業との関係を築き、時間をかけて信頼関係を構築した上で買収を提案する。買収後も経営陣や社員をそのまま維持することを明確にし、企業文化を尊重する姿勢を示すことで、特に創業家や株主に安心感を与えている。
Q. スウェーデンの企業ガバナンスの特徴は?
スウェーデンの企業ガバナンスの特徴として、A株とB株という2種類の株式を発行する制度がある。アトラスコプコもこの制度を採用しており、A株は1株につき1票、B株は1株につき0.1票という議決権の違いがある。
A株は主に長期株主や支配株主が保有し、B株は一般投資家や機関投資家が取引する形になっている。議決権で見るとA株だけで95.6%を占めるため、B株保有者の発言権は限られている。
この仕組みによって、短期的な株価変動に左右されず、長期的な視点での経営判断が可能になっている。スウェーデンでは社会全体として「長期的視点に立った経営」や「あらゆるステークホルダーを公平に扱う」という哲学が社会的コンセンサスとなっており、こうした株式制度もその表れだと言える。

現在、アトラスコプコの主要株主はインベスターAB(ウォーレンベルグ家が支配する投資会社)で、スウェーデンの時価総額2位の企業だ。ウォーレンベルグ家は「エッセノンヴィデリ(目立たずして存在せよ)」という家訓を持ち、「お目付け役」として機能している。
Q. 日本企業への示唆は?
アトラスコプコの事例は、日本企業にとっても多くの示唆がある。特に注目すべきは、スウェーデンのような「社会民主主義型」の資本主義と日本の企業文化との親和性だ。

アメリカ型の資本主義が必ずしも日本の文化に合うとは限らない中、スウェーデンのように長期的視点を重視し、従業員や社会全体を含めたステークホルダーを公平に扱う考え方は、日本企業の伝統的な価値観と共通する部分が多い。
日本でもA株・B株のような種類株の導入を検討する価値があるかもしれないが、そのためには企業自体への信頼性や規律が不可欠だ。「金は出しても口は出さない」という関係を成立させるには、経営陣への強い信頼が前提となる。
アトラスコプコが示すような「自由と責任」の文化、分散型の意思決定、そして人材を最重視する姿勢は、グローバル競争の中で日本企業が取り入れるべき要素かもしれない。