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"新型インフレ"の正体
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2025年6月16日

なぜ生活はこんなに苦しいのか?物価は上がるのに、実感がないのはなぜか? エコノミスト・永濱利廣氏が徹底解説! 個人消費が増えない理由と、 “支出できる社会”の作り方。 <ゲスト> 永濱利廣|第一生命経済研究所 首席エコノミスト 早稲田大学卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。 第一生命保...
「新型インフレ」とは何か?第一生命経済研究所首席エコノミストが解説
日本では最近、物価上昇が続いているにも関わらず景気の停滞感が拭えない状況が続いています。スーパーでお米が品薄になり価格も上昇、電気代や保険料もじわじわと上がっています。一方で賃上げが続いているにも関わらず、実感がないという声も多く聞かれます。この歪んだ経済状況の正体は何なのでしょうか?第一生命経済研究所の首席エコノミスト・永濱利廣氏に話を聞きました。

Q. 「新型インフレ」とは何ですか?
日本はすでにデフレから脱却してインフレの局面に入っています。デフレとは2年以上物価が下がり続ける状況を指しますが、現在はもうその状態ではありません。ただし、通常のインフレとは異なる状況です。
「新型インフレ」とは、デフレから脱却してインフレになっているにもかかわらず、私たち消費者のマインドがまだデフレから脱却していない状態を指します。物価は上がっていますが、消費行動はデフレ時代のままという、チグハグな状況です。

Q. なぜ日本だけが「新型インフレ」になったのですか?
これは日本特有の現象です。なぜなら、デフレに長期間陥っていたのが日本だけだからです。
他の国々では、物価が上がると「もっと高くなる前に先に買おう」という心理が働きます。しかし日本では20年以上もデフレを経験したため、物価が上がっても「高くなったら節約しよう」という反応になります。
例えば、ロシアのウクライナ侵攻後のインフレ率を比較すると、日本は高々4%台でしたが、海外の先進国では8〜10%にも達しました。これは、物価上昇に対する消費者心理の違いが影響しています。
Q. 日本人はなぜ物価が上がっても消費が増えないのですか?
これには複数の要因があります。
1. 多くの日本人は今のお金より将来のお金を重視する傾向があります。そのため、物価が上がっても「高くなったら節約しよう」と考えます。
2. 日本の全世帯約5000万のうち、1/3は無職世帯(主に高齢者)です。これらの世帯は賃金上昇の恩恵を受けません。さらに年金はマクロ経済スライドで物価や賃金の上昇率よりも抑えられているため、インフレが進むほど実質的な受取額が減少します。
3. 賃上げの恩恵を直接受けるのは労働組合の組合員だけであり、すべての人の賃金が上がるわけではありません。
4. 社会人になった時に不況を経験した世代は、その価値観が一生左右されるという研究結果があります。不況時に社会に出た世代は、景気が良くなっても財布の紐が緩まない傾向があります。
Q. 賃上げが続いているのに実感がないのはなぜですか?
端的に言えば、賃金の上昇以上に物価が上がっているからです。実質賃金(物価変動の影響を除いた賃金)がプラスになっていないのは、主要先進国の中で日本だけです。
また、今年5月から実質賃金を計算する際の物価のデータが変わりました。これまでは「帰属家賃を除く消費者物価」が使われていましたが、国際比較のために「帰属家賃を含む消費者物価」も公表されるようになりました。
帰属家賃とは、自分で家を持っている人が自分に家賃を払うと想定した架空の取引です。日本は持ち家率が高く、家賃の上昇が物価全体よりも遅いため、帰属家賃を含めると物価上昇率が低く計算され、結果として実質賃金が高めに出ます。
Q. 今後の実質賃金はどうなりますか?
今年は実質賃金がプラスになる可能性が高いです。その理由として、トランプ関税の影響があります。
トランプ関税はインフレを下げる方向に働く可能性が高いです。関税によって先行きの経済見通しが悪化すると商品市場の価格が下がり、さらにドル安になることで物価を押し下げます。前回のトランプ関税の時も、日本のインフレ率は下がりました。
また、賃金は物価に遅れて動くという特徴があります。賃金は毎年の春闘交渉で決まりますが、その基準は前年の企業業績やインフレ率などです。つまり、今年の春闘はすでに終わっているため、賃金はある程度維持される一方で、インフレが下がっていけば実質賃金はプラスになりやすくなります。
Q. 日銀の利上げ方針転換は適切だったのでしょうか?
これについては議論があります。物価が上がっているとはいえ、その主因はコストプッシュ型(原材料価格の上昇による物価上昇)であり、需要が増えて物価が上がるディマンドプル型ではありません。
日本銀行が重視する「米国型コア消費者物価指数」(食料とエネルギーを除いた物価指数)で見ると、インフレ率はまだ1%半ばで、さらに伸びが鈍化してきています。
また、日銀のGDPギャップ(需要と供給の差を示す指標)もまだマイナスのままです。こうした状況での利上げには、円安対策という側面もあったかもしれません。

Q. 今後の為替はどうなりそうですか?
前回のトランプ関税のような影響が出るなら、年末までに130円台まで円高が進む可能性もあります。
トランプ関税の影響は段階的に現れると予想されます。まず、相互関税の上乗せ部分については90日間の猶予があるため、7月上旬頃に向けて合意の報道が出てくると予想され、市場は楽観的に反応するでしょう。
しかし、実際の経済への悪影響が出てくるのは遅れます。前回のトランプ政権時の追加関税は2018年3月から始まりましたが、雇用統計に悪影響が出始めたのは同年7月分からでした。今回も同様のタイミングなら、8月頭頃から経済の悪化が表面化する可能性があります。
このような経済悪化を受けて、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測が強まれば、一旦市場は下がるものの、その後はリスクオン(積極的な投資姿勢)に戻る可能性があります。
Q. 日本の消費を増やすにはどうすればいいですか?
日本では「お金を使った人が得をする世の中」にしないと個人消費は盛り上がらないでしょう。

具体的な対策としては、食料品の消費税を恒久的に下げることが考えられます。財政が悪化するほどではなく、現在の財政改善を失わない形で実施できるでしょう。
また、韓国の例を参考にすると、キャッシュレス決済の所得控除も効果的です。韓国では年収の25%を超えるキャッシュレス決済について所得控除ができる制度があり、これによってキャッシュレス決済比率が99%にまで普及しました。
さらに、社会保障財政に貢献するような消費、例えば健康や長寿に関連する支出を行った場合に所得控除できる仕組みも検討に値します。
企業に対しても、法人税率の引き下げよりも投資減税のほうが効果的です。法人税率を下げると企業はお金を使わなくても恩恵を受けてしまいますが、投資減税であればお金を使った企業が得をする仕組みとなります。