政策超分析
北方領土がロシアの軍事拠点化/安倍政権の返還交渉が失敗した理由は?【小泉悠】
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2025年6月13日

政策や国際情勢を徹底分析する、「政策超分析」。今回のテーマは「ウクライナ情勢と日本」。後編では、日露関係と北方領土について小泉悠が語り尽くす。 <ゲスト> 峯村健司|キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 https://x.com/kenji_minemura 小泉悠|東京大学 准教授 htt...
ロシアの戦争を支えるのは "貧困層と給料10倍の約束" - ウクライナ戦争の現状と日本の北方領土問題
ロシアのウクライナ侵攻から2年以上が経過する中、戦況はどうなっているのか。ロシア国内の状況や、これが日本の北方領土問題にどう影響するのか。専門家が語る最新分析を紹介する。

Q. ロシアでは一般市民は戦争をどう受け止めているのか?
モスクワや主要都市の中産階級以上の人々にとって、戦争はまだ「テレビの向こうの出来事」という側面がある。プーチン政権は都市部の人々に「戦争はリアルなものではない」と思わせることに注力してきた。

しかし最近は都市部でもドローン攻撃があったり、周囲から出兵する人が出てきたりして、徐々に戦争が身近になりつつある。プーチン政権はこの状況に追い込まれている。
動員については、2022年の部分的動員の際に国民がパニックになったため、それ以降はプーチンは動員令を出していない。代わりに志願兵に対して破格の待遇を提示している。
Q. ロシアはどのように兵士を集めているのか?
現在のロシア軍は主に志願兵で構成されている。志願すると月給がロシアの平均世帯月収の約10倍(日本円で約60万円相当)が支給される。加えて、地方自治体から祝金も出る。特に天然資源の豊かな地域では数百万円の祝金が支給されることもある。
また、兵士になると住宅ローン(最大1700万円相当)の免除というインセンティブもある。これは都市部の中間層をターゲットにした施策だ。
こうした施策により、特に地方の貧しい地域や選択肢の少ない人々が経済的理由から志願するケースが多い。都市部の中産階級以上はほとんど戦争に行っていない。このような状況から、ロシアは北朝鮮の兵士を動員するまでに至っている。
Q. ロシア側の犠牲者はどれくらいか?
イギリスのBBCとロシアの反体制メディア「メディアゾーナ」の合同調査によると、明確に死亡が確認されている兵士は7〜8万人程度。アメリカ国防情報局の見積もりでは約17万人の死者とされている。
さらに、死者の3〜4倍の重症者が出ているとすれば、死亡者と手足を失った障害者を合わせると80万人から100万人に達する可能性がある。ロシアの人口は約1億4000万人で、特に若年層は少子高齢化で減少している。20〜30代の男性は1年齢あたり55万人から80万人程度しかいないため、この損失は深刻だ。
Q. ウクライナ側の状況はどうか?
ウクライナも同様に深刻な被害を受けている。死者数は10万人を下回らないと見られる。元々ウクライナの人口は約4500万人だが、500万人が占領地域に取り残され、300万人が国外に避難している。実質3700万人の国が1億4000万人のロシアと戦うのは非常に厳しい。
特にウクライナにとって最大のボトルネックはマンパワーの不足だ。ウクライナは完全動員体制で戦っており、市民生活への影響も大きい。
Q. 北方領土はロシアにとってどういう位置づけか?
北方領土を含む千島列島はロシアの核戦略と深く関連している。ロシアは核の3本柱(地上発射の大陸間弾道ミサイル、戦略爆撃機、核ミサイル搭載原子力潜水艦)を持つ数少ない国の一つだ。
特に原子力潜水艦(SSBN)の基地は北極圏のバレンツ海側とカムチャッカ半島の2箇所しかない。ロシアの戦略はこれらの潜水艦をオホーツク海に「引きこもら」せ、周りを味方の海軍や戦闘機で防衛するというもの。この防衛線がカムチャッカから北海道まで伸びる千島列島と北方領土なのだ。
1970年代にアメリカを狙える射程のミサイルを搭載した潜水艦がオホーツク海に配備され始めた頃から、ソ連軍は北方領土の軍事的強化を始めた。
Q. 北方領土問題に進展はあるのか?
安倍政権時代に領土交渉が進展したように言われるが、実際には本質的な進展はなかった。安倍首相は非常に熱心に交渉を進めようとしたが、プーチン側の本質的な姿勢は変わらなかった。

ロシア側は「アメリカの手先である日本に北方領土を譲り渡した場合、そこに何が置かれるか保証できない」という立場を崩さなかった。日本側は「北方領土は非軍事化する」と約束したが、ロシア側は「アメリカから強く言われたら本当に断れるのか」と反論した。
特にプーチンは日本の外務省内部資料(日米地位協定の考え方に関するガイドライン)を引き合いに出し、「日本はアメリカからの基地提供要請を断れない立場だ」と指摘した。このような議論に日本側は効果的に反論できなかった。
2020年7月にロシアは憲法を改正し、領土の譲渡を禁止する条項を追加した。これにより北方領土返還交渉は事実上終了したと見られる。
Q. トランプ政権の「逆キッシンジャー戦略」は可能か?
トランプ政権がロシアを取り込んで中国に対抗する「逆キッシンジャー戦略」を模索しているという見方があるが、実現は難しい。

キッシンジャーが1970年代に実現した米中接近は「敵の敵は味方」という構図だったが、現在のロシアは「敵の味方」であり、中国と強く結びついている。ロシアが中国から得ている経済的・外交的支援を捨ててまでアメリカ側につく動機は乏しい。
また、ロシアはキッシンジャー戦略の帰結として、1989年の天安門事件後にアメリカが中国から距離を置いたことも見ている。こうした経験からも、アメリカとの全面的な協調に踏み切る可能性は低い。
トランプ政権はむしろ「大国間協調主義」を志向しており、ロシアと中国の両方と軍拡競争を続けることを避けたいという考えが強い。