
Apple・Googleがイノベーションを連発できる理由
イノベーションを起こすのは変わった個人ではなく大企業組織だった?シュンペーターの考え方
経済合理性だけでは、真のイノベーションは生まれない。この意外な事実は、経済学者シュンペーターの思想の変遷からも見て取れる。彼は若い頃と晩年で、「イノベーションの担い手」についての考え方を大きく変えていったのだ。なぜ大企業がイノベーションの主役となるのか、そして個人の視野を長期化することがなぜ重要なのか、シュンペーターの思想から探っていく。

Q. シュンペーターのイノベーション理論は時代によって変化したのですか?
シュンペーターは1912年に『経済発展の理論』という革新的な著書を出版し、一躍有名になりました。この著書の中で彼はイノベーションを「新結合」と定義しました。英語では「ニューコンビネーション」です。
これは、何もないところから何かを生み出すのではなく、既存のものの組み合わせを変えることでイノベーションが起こるという考え方です。製品、組織、生産方法、販路、材料の調達方法などの新たな組み合わせによってイノベーションが生まれるとしました。
この時点でシュンペーターは、イノベーションを起こす人物像として「変わった個人」を想定していました。経済合理性だけでは動かない、自分の帝国を作りたいという欲望や、思い込みで突き進むような人物です。彼はこのようなイノベーターをアーティストのようなものだと表現しました。芸術家が内側からの衝動で創作するように、経済的な見返りだけを考えているわけではない人々がイノベーションを起こすと考えていたのです。
しかし1943年に出版した『資本主義・社会主義・民主主義』では、イノベーションを「創造的破壊」と表現するようになり、その担い手についての見解も変わりました。個人ではなく「大企業組織」がイノベーションを起こすという考え方に変化したのです。
Q. なぜシュンペーターは大企業組織がイノベーションを起こすと考えるようになったのですか?
シュンペーターの考え方が変わった理由は意外とシンプルです。スタートアップや中小企業は不景気になると簡単に潰れてしまいます。2年以上存続するスタートアップは半分程度しかなく、企業寿命も短いのです。コロナのような想定外の出来事が起きると、中小企業は次々と倒産してしまいます。
このように不安定な立場にあるスタートアップや中小企業が、長期的な投資を行ってイノベーションを起こすことは難しいとシュンペーターは考えるようになりました。経済学では、小さな企業が多数集まって競争することで市場は効率的になるとされています。しかしシュンペーターは、中小企業ばかりの市場ではイノベーションを起こす主体がいなくなってしまうと指摘したのです。

リスクを取って投資するためには、企業規模が大きくなければ難しいという現実があります。不確実性に対応し、環境変化に合わせて自己変革できる力、コロナやその他の危機が起きても簡単には倒れない強さが、長期的なイノベーションには必要なのです。
大企業は確実な市場の確保に努めています。顧客の囲い込み、マーケティング投資、イメージ戦略、特許取得などを通じて、市場への参入障壁を作り出しています。これは経済学の教科書が説く「誰もが自由に参加できる市場」という理想とは逆の行動です。シュンペーターは極端な表現として「独占企業体でないとイノベーションは起こせない」とさえ述べています。
ただし完全な独占状態になると企業は怠けるため、「独占的競争」、つまり強い力を持った大企業が複数で競争している状態が最もイノベーションが起きやすいと主張しました。これは「頑張らないと市場での地位を維持できないが、競争は続いている」という状態です。
Q. 現代の大企業もイノベーションの主役なのでしょうか?
現代の事例を見ても、シュンペーターの晩年の考え方は当てはまります。もしスタートアップの方がイノベーションを起こしやすいのであれば、GoogleやAppleはなぜ小規模化しないのでしょうか。彼らは大企業のままイノベーションを続けています。
GoogleやAppleは独占禁止法に抵触するほど市場を囲い込み、自社のプラットフォームを利用する企業に制限を課して、自社エコシステム内の企業だけが利益を得られる仕組みを作っています。そして大企業でありながらイノベーションを起こし続けています。
例えば、2023年のノーベル賞受賞者にはGoogleの社員がいました。大学ではなく企業の研究者がノーベル賞を受賞したのです。Googleは基礎研究にまで投資しています。歴史的に見ても、スタートアップ企業からノーベル賞受賞者は出ておらず、大学か、IBMや旧AT&Tのベル研究所のような大企業から出ています。
大企業は独占的地位から得た膨大な利益を研究開発に投入し、失敗のリスクを恐れずに多様な研究を行うことができます。量子コンピューターのような非常に基礎的な研究も、現代では企業が主導しています。
優れた技術を持つスタートアップも存在しますが、多くは大企業やベンチャーキャピタルからの支援を受けていたり、創業者が以前は大企業に勤めていたりします。シリコンバレーという場所自体が一つの企業のような共同体になっていて、そのコミュニティに入ることは実は簡単ではないのです。
Q. シリコンバレーや現代のテクノロジーイノベーションの背景には何があるのですか?
シリコンバレーが技術産業の中心地となった背景には、もともと軍需産業の集積地だったという歴史があります。アメリカは冷戦時代、ソ連に勝つという経済合理性とは関係ない目的のために膨大な投資を行いました。アポロ計画で月にロケットを送ったり、コンピューターの開発(元々は砲弾の弾道計算のため)に力を入れたりしたのです。
最も重要な例はインターネットで、これは国防総省が開発したものでした。今日のデジタル革命の源流をたどると、すべてアメリカ政府が経済合理性とは無関係の理由で行った巨額投資に行き着くのです。政府は失敗しても潰れることはなく、長期的な視点で投資できました。

2013年にマリアナ・マツカートは『企業家としての国家』という著書を出版し、この事実を詳細に調査しました。iPhoneの技術を分解して調べると、タッチパネルディスプレイやGPSなど、すべての要素技術にアメリカ政府の資金が投入されていました。スティーブ・ジョブズがそれらを組み合わせて魅力的な製品を作り上げたのは確かですが、その基礎技術はすべて国家の投資によって生まれたものだったのです。
この事実は経済学の常識を覆すものでした。経済学では、市場に任せればイノベーションが起き、国家の介入は邪魔だと教えられてきました。しかし現実には、国家が長期的視点で行った投資がイノベーションの基盤を作っていたのです。
Q. シュンペーターの考え方を現代に活かすには何が必要でしょうか?
シュンペーターの思想から学べる最も重要なポイントは、「視野を自分の人生よりも長く持つ」ことの重要性です。イノベーションを起こすためには、短期的な経済合理性や自分だけの利益を超えた長期的な視点が必要なのです。
軍事技術の場合、その原動力は愛国心やナショナリズムでした。資本主義にナショナリズムが必要だというのは一見奇妙に思えますが、実際には人間の視野を広げ、長期化するためにはそのような非経済的な動機が重要なのです。
マリアナ・マツカートは、軍事技術が生み出した革新的成果を見れば、同じ国家の力を地球温暖化対策や再生可能エネルギーの開発、癌の撲滅、貧困解消などに向けることができるはずだと主張しています。しかし「国家は無駄」「国家は危険」という考え方が強いため、そのような可能性が活かされていないのです。
個人レベルでも、会社への帰属意識や愛社精神は以前ほど強くありません。かつては会社が家族の代わりのような存在で、社員は強い愛社精神を持っていましたが、現代ではより割り切った関係性が主流になっています。個人の選択の自由は尊重されるべきですが、結果としてイノベーションが起きにくくなる可能性があります。

それでも、故郷への愛着など、自分の人生を超えた視野を持つ可能性は残されています。例えば、震災後に故郷に戻って復興に取り組む人々は、自分だけの利益を考えていません。そこには先祖のお墓があり、地域の将来を考えるからこそ取り組む活動です。
イノベーションを促進するためには、共同組合、NPO、あるいは全く新しい組織形態など、人々が長期的な視点を持ちやすい仕組みを考えることが重要です。そして最も単純な方法の一つは、結婚して子どもを持つことで、自然と長期的な視点を持つようになります。
私たち一人ひとりが「自分が死んだ後に成果が出るようなこと」をどうすれば実現できるかを考えることが、シュンペーターの思想を現代に活かす鍵なのです。
