
日米関税交渉。勝負の分かれ目は?
トランプ関税交渉の最新動向—市場と政策への影響
トランプ前大統領の関税発表から激動の日々が続いている。当初発表された中国に145%、日本などに10%の関税が市場に大きな動揺をもたらし、その後方針転換があった背景には何があったのか。日本はこの交渉においてどのようなカードを持ち、どう立ち回るべきなのか。経済アナリストのジョセフ・クラフト氏に聞いた。

「国際市場の下落こそが方針転換の決め手に」—債券市場の動きがトランプを動かした
Q: トランプ関税の発表から延期までの経緯を教えてください
トランプ前大統領が関税を発表した4月2日以降、株式、ドル、債券のトリプル安が発生し市場が混乱しました。これを受けて4月6日にスティーブン・ムニューチン財務長官がトランプ大統領とフロリダのマラ・ラゴで会談し、市場の混乱を懸念していることを強く主張しました。
翌7日に「関税を90日間延期する」という情報が流れましたが、ホワイトハウスは「フェイクニュース」と否定。これにより市場は再び混乱しました。8日には米10年国債の金利が3.99%から4.3%まで急上昇し、さらに株式とドルも下落。こうした市場の混乱を受けて9日に突如、関税を90日間延期すると発表されました。
実はトランプ大統領は7日の時点では決断していなかったものの、8日の夜から9日の朝にかけてようやく決断したと見られています。
「債券市場は厄介だ」—トランプ初の公式発言が示す危機感

Q: 強気だったトランプ大統領の気持ちが変わった最大の要因は何ですか?
債券市場の急激な動きが決定的でした。特に10年国債の金利上昇幅は2001年の9.11テロ以来、30年債の金利上昇幅は43年ぶりの大きさでした。
金利上昇は米国政府にとって深刻な問題です。米国は多額の債務を抱えており、金利上昇は財政負担を増大させます。これが悪化すると、防衛や経済政策など様々な分野に支障をきたします。ムニューチン財務長官は強い危機感を抱いたのです。
注目すべきは、トランプ大統領がこれまで株価には言及してきたものの、債券市場についてはほとんど触れてこなかったという点です。それが4月9日、「債券市場は厄介だ」と初めて発言し、債券市場の暴落と金利高騰に対する強い懸念を示しました。わずか13時間で強引に導入した関税を延期するほど、この問題は米国にとって重大だったのです。
日本の交渉カード—米国債保有と農産品輸入が重要な切り札に
Q: 日本は関税交渉でどのようなカードを持っているのでしょうか?
まず、トランプ大統領自身が言及した点から分析すると、①米の問題、②自動車の非関税障壁、③安倍元首相との関係、の3点が浮かび上がります。
また米政権内からは交渉における5つの注目テーマが示されています。①報復せずに関税を受け入れる(主に中国向け)、②不当な貿易慣行や規制を撤廃し市場を開放する、③軍事費の増加や米国産品の購入で貿易赤字を減らす、④工場などの対米投資を行う、⑤米国債を購入して米国の債務を下支えする、などです。
米国が財政と金利上昇に危機感を抱いている点を考えると、日本の米国債保有は大きな交渉カードになります。日本は1兆ドル(約150兆円)の米国債を保有しており、中国が急速に売却している中で、最大の保有国となっています。
また、米の輸入拡大も有効な戦略です。日本は現在米不足で価格が高騰していますが、カリフォルニア米などを輸入すれば国内の米価格の抑制にもつながります。さらに、自動車の安全基準の見直しも、日本国内でも議論されている問題であり、日本にとってもプラスになる可能性があります。
「時間的余裕のある方が必ず有利に立つ」—交渉の心理戦に勝ち抜く戦略
Q: 日本はどのように交渉を進めるべきでしょうか?
最も重要なのは「焦ってはいけない」ということです。確かに日本も参議院選挙前に決着をつけたい事情がありますが、それを見せると相手に弱みを握られてしまいます。
むしろ、「年末までに決めればいい」という余裕の姿勢を見せることで、実はアメリカの方が中間選挙を控えて焦っていることを利用すべきです。トランプ政権は2026年11月の中間選挙を最重要視しており、そのために2026年春までに株価上昇、景気安定、インフレ抑制を達成する必要があります。
また、来年7月4日は建国250周年という大きな節目です。ここで「関税問題も解決し、中国も抑え、景気も株価も良好」と勝利宣言をしたいという思惑があります。
このようなアメリカ側の事情を理解し、交渉の時間軸を味方につけることが重要です。そして準備してきたカードを一度に全て出すのではなく、アメリカの要求を探りながら、一つ一つ慎重に交渉を進めていくべきです。
「為替はパンドラの箱」—ドル安要求の裏に潜む危険性

Q: 為替問題も交渉テーマになりそうですが、どう考えるべきでしょうか?
為替については非常に慎重に対応する必要があります。過去には1985年のプラザ合意や1993年のクリントン政権時代に米国がドル安政策を推進したことがありますが、いずれも市場が予想以上に動き、コントロールできなくなりました。
プラザ合意時は262円から121円まで3年で円高が進み、クリントン政権時も125円から80円を割る水準まで円高が進行しました。為替相場は一度動き出すと止められなくなる特性があるのです。
また、ドル安はアメリカの輸出には有利ですが、インフレを促進する側面もあります。もしトランプ政権下でインフレ圧力が高まれば、態度を一変させて「ドル安はとんでもない」と主張する可能性もあります。
さらに、ドル安政策は米国債の魅力を下げ、購入意欲を減退させる可能性があります。そのため、「強いドル」と「高いドル」は違うという点を理解する必要があります。「強いドル」とは基軸通貨としての信認が保たれることであり、為替レートが高いことを必ずしも意味しません。
オールジャパンの交渉体制—赤澤防衛相を中心とした戦略的アプローチ
Q: 日本側の交渉体制はどうなっていますか?
赤澤亮太防衛相を中心としたオールジャパン体制で臨んでいます。アメリカがムニューチンとグリア通商代表の二人体制で挑むのに対し、日本は産業界から官邸、各省庁まで総力戦で対応する必要があるでしょう。
経団連など民間企業の協力も不可欠です。例えば、計画していた対米投資を前倒しするなどの協力が考えられます。また、首相官邸チームが外務省、経産省、財務省などと連携し、各省庁がそれぞれの専門分野でカードを提供します。
財務省は米国債、外務省・経産省はFDIやLNG購入、防衛省は軍事装備品などが主な担当です。さらに、過去のトランプ政権との交渉経験者の知見も活用するという総合的なアプローチです。

「90日間の交渉ウィンドウ」—成功への時間的制約と判断基準
Q: 今後の交渉タイムラインはどうなりますか
4月17日からの赤澤防衛相の渡米を皮切りに交渉が始まります。5月にはゴールデンウィークに石破首相の訪米も検討されていますが、この時点で交渉を成立させるのは時間的に難しいでしょう。
最も重要な期限は7月4日の米国独立記念日です。この日までに交渉を成立させることができれば、米国としては独立記念日に「勝利宣言」ができ、日本も参議院選挙に弾みをつけることができます。
この時期を逃すと、夏休みシーズンに入り、9月は米国の会計年度末で多忙になるため、交渉が10月以降にずれ込む可能性があります。そうなると関税の悪影響が顕在化し、経済的なダメージが大きくなるでしょう。
特に米国にとっては、来年7月4日の建国250周年、そして2026年11月の中間選挙が重要なマイルストーンになります。来年の春までに関税交渉が解決していなければ、中間選挙での勝利は難しくなるでしょう。
このアメリカ側の事情を理解し、日本は時間的な優位性を活かした交渉を展開することが成功への鍵となります。