
人生の経営戦略。能力よりもポジショニングだ
「自分に投資した方が高いリターンを得られる」人生の経営戦略
コンサルティングファームに勤務する20代、30代が陥りがちな罠とは?人生の選択を誤らないための経営戦略とは?『人生の経営戦略』著者である独立研究家の山口周氏に、時間資本の使い方から人的資本の積み上げ方まで、人生という長期ゲームの戦略を聞いた。

Q: なぜ今、人生の経営戦略が大切なのでしょうか?
世の中では「これが良い」「あれが良い」と情報が溢れているが、自分の人生は自分にしか責任が取れない。大学卒業時に「この産業は安泰だ」「この会社なら盤石だ」と言われていても、実際にはそういった会社が消えていくことも多い。そうした状況で後から「こう言われたから選んだのに」と言っても取り返しがつかない。
フランスの文学者ポール・ブルジェは「自分の頭で考えて生きなければならない。そうしないと生きたように考えてしまうから」と言っている。まさにそういうことだ。
Q: 居場所の選択が人生を変えるとのことですが、これはどういう意味ですか?
能力を高めることに一生懸命になる人が多いが、実は能力はあまり関係ない。組織や人材の専門家として10年以上見てきたが、出世や年収といった成功に能力は関係が薄い。圧倒的に関係があるのは「ポジショニング」、つまりどこにいるかだ。能力を高める以上に、どこにいるかを決めることが重要だ。
産業ごとの差は激しい。日本のGDPの成長率と規模でみると、製造業は平均を上回る領域に一つも入っていない。日本といえば製造業と思われがちだが、実際には花形領域ではない。特に自動車産業(輸送用機械)はGDPの成長率が0を下回っており、ライフサイクルカーブでは既に衰退期に入っている。
一方で、電子部品・デバイスは10年間で平均8%近い成長を続けており、情報サービス領域も平均2%以上成長している。保険衛生や社会事業、知的専門職なども高い成長率を持っている。このような産業間の大きなばらつきを考えると、どこに身を置くかは非常に重要な選択になる。

Q: 「アリストテレス的人生を目指せ」という言葉が印象に残りました。これはどういう意味ですか?
世の中のキャリア論には違和感があった。一方は「経済的・社会的に成功しろ」と世の中をゲームとして割り切る「マキャベリ的人生論」、もう一方は「自分らしく生きろ」という「ルソー的人生論」だ。
しかし、研究からわかっているのは、経済的・社会的に成功した人が必ずしも幸福になれるわけではない。また、「自分らしく生きろ」と言う人の多くは、既に成功を収めた後で言っているケースが多い。若い人がいきなりその道に入っても実現は難しい。
両方の道に不満がある時、それはイノベーションのチャンスだ。トレードオフがあって「AかBを選べ」と言われたときに「両方ダメだ」と思えば、そこに第三の道「C」が生まれる可能性がある。それが「アリストテレス的人生」というコンセプトだ。
これは、聖書でイエスが弟子たちに「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」と言ったようなもの。賢さと素直さの両面を持つことで初めて、世の中での使命を果たせるということだ。


Q: 人生をプロジェクトとして捉えるとどう考えればいいですか?
人生を一つのプロジェクトやゲームと捉えると、プロジェクトマネジメントの知見やゲーム理論が活かせる。ゲームをする際には3つの重要なポイントがある。
1. 何が勝利条件なのか
2. 使えるリソースは何か
3. ゲームのルールは何か
多くの人は人生という「ゲーム」の勝利条件を明確にしていない。昇進すること?年収が2000万を超えること?名前が知られること?実はこれらは本当の勝利条件ではなく、パーツに過ぎない。究極のゴールは「幸福」「ウェルビーイング」、つまり充実した人生を歩めたと実感することだ。
使えるリソースは主に「時間資本」だ。この時間資本の使い方で、スキル・知識・経験が蓄積され「人的資本」となる。人的資本が蓄積すると、信用や評判といった「社会資本」が生まれ、最終的に「金融資本」につながる。
重要なのは、社会資本と金融資本は直接時間資本とつながっていないということ。時間を費やしても、人的資本の裏打ちがなければ信用も評判も大きな金額も生まれない。いわゆるグレーゾーンのバイトのように、人的資本と社会資本の構築を飛ばして手っ取り早くお金を稼ごうとしても、長期的なウェルビーイングにはつながらない。

Q: 日本の若い世代は人的資本の構築に課題があるのでしょうか?
大手企業に入った人は、ブランド企業で人材も豊富で組織もしっかりしているが、若いうちは大きな仕事を任せてもらえないことが多い。一方で、知名度の低い中堅企業に入った人は、人材不足のために若くして大きなプロジェクトを任されることがある。5年経過した時点では、圧倒的に後者の方が人的資本が育っていることが多い。
日本ではバブル世代以降、上層部が詰まっていて「経験のインフレ」が起きている。経験の価値がどんどん下がっているのだ。戦後の公職追放時代には40代前半で大企業の社長になり、30代前半で事業部長、20代半ばで課長という状況があった。それが高度経済成長を支えた。しかし今は部長になるのも50代になってからというケースが多い。昔なら既に社長をしていた年齢で、ようやく部長になっているということは、経験の価値が大きく下がっている。
こうした状況では、特に注意して人的資本が上がる場所に身を置く必要がある。
Q: 今、若い人たちがコンサルティングファームに集中する傾向についてどう思いますか?
コンサルファームに行くことは悪くないが、ポジショニングという観点からは、コンサルティングファームで身につけるのは「コモディティの能力」だ。しかも、人工知能が発達してきた今、これは人工知能が最も得意とする能力だ。中長期的なメガトレンドと競争優位性の観点から考えると、長く続ける場所としては疑問がある。
私が戦略コンサルのBCGに入った当時、会社の規模は150人程度で、コンサル出身者の市場価値は非常に高かった。しかし今やBCGも10倍のサイズになり、業界全体でも人材の供給量が10倍になった。経済学の原則として、供給量が増えれば市場価値は下がる。さらに、論理的思考やデータに基づくロジカルな分析は、今や人工知能が行うコストが10年、20年で100分の1になるスピードで低下している。この点は十分考える必要がある。
最高のリターンを生む投資先は「自分」
Q: 若い時に貯金や投資をする人も多いですが、人的資本への投資についてはどう考えますか?
経済学者のゲイリー・ベッカーは「人的資本」という概念を提唱した。彼が言ったことの本質は、1000万円あった場合、株式、国債、土地など様々な投資先があるが、最も長期的なリターンが大きいのは「人に投資する」ことだという点だ。
20代で手元に1000万円あって株式投資や不動産投資に回すのもいいが、実は最も長期的なリターンが大きいのは自分自身に投資することだ。このマインドセットは欧米と日本では大きく異なる。アメリカではこの考え方がコンセンサスとなっており、MBA留学など自分への投資に2000万〜3000万円かけることも一般的だ。
もちろん、具体的にどういう経験や学位が人的資本、社会資本を伸ばすかは、その人が最終的に送りたい人生と密接に関わる。ビジネスに進みたいと思っていない人がMBAを取得しても意味がない。まず目標があって、その上で世の中のトレンドやポジショニングを考えていくべきだ。
幸せな人生を送るための「3つの資本」と戦略的ポートフォリオ
Q: ウェルビーイング(幸福)を実現するには、3つの資本をどう活用すればいいですか?
人的資本、社会資本、金融資本が3つの実践としてウェルビーイングにつながる。これらがどう接続されるかというと、ウェルビーイングには「自己効力感」「社会的つながり」「経済的安定性」という要素がある。3つの資本を適切に構築すれば、ウェルビーイングを実現できる可能性が高まる。
キャリアを戦略的に考えるには、「イニシアチブポートフォリオ」という考え方が役立つ。これはマッキンゼーが90年代に提唱したコンセプトで、プロジェクト(イニシアチブ)に対してポートフォリオを設ける考え方だ。
私自身、30代はほぼ100%コンサルティングの仕事に時間を費やしていたが、40代になってコンサルティングファームを離れ、副業を含めた多様な活動に時間を配分するようにした。コンサルティングの比率を50%程度に下げ、執筆、リサーチ、教育などに時間を配分した。これが現在の50代につながっている。
人生は非常に長いゲームなのに、多くの人は一つのイニング(段階)のことしか考えていない。良い経営戦略の特徴は「短期的に見ると不合理だが、長期的には合理的」であることだ。最悪なのは40代や50代になって「自分がやりたかったのはこれじゃない」と気づくこと。試すことのコストは20代と40代では全く異なる。若いうちに様々なことを試して、自分の人生の柱を立てることが重要だ。
