PIVOT TALK BUSINESS
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2025年2月25日

SNSの普及などにより、分断が深まっている。罵り合うのではなく、問題を解決するために、令和の時代にはどんな議論と思考が必要なのか?経営コンサルタントで思想家、『論破という病』の著者である倉本圭造氏に話を聞いた。 <ゲスト> 倉本圭造|経営コンサルタント・経済思想家 京都大学卒業。マッキンゼー入社後...
日本がアメリカのような社会分断に向かわずに前進するヒントとは?マッキンゼーとホストクラブの両方を経験した異色のコンサルタントが語る「油の世界」と「水の世界」の融合の可能性。

日本という社会を俯瞰的な視点で見て、対立をどう解消し、前向きに変えていくかという本だと思います。私はもともと外資系コンサルタントに入って、その当時はネオリベ的な世界観が強い時代でした。「日本社会をぶった切って改革してやるぞ」という気持ちでいたんです。
でも実際に現場を見ていくと、それだけでは不十分だと感じるようになりました。例えば、日本経済同友会とアメリカの経済団体と経済産業省の外郭団体が一緒になって、日本の低生産性をどうするかというプロジェクトに参加した時のこと。そこでは「市場主義で競争させて弱者を退出させれば筋肉質な経済になる」という、やる前から結論が見えているような議論でした。
ある有名な役員が「しょうもない中小企業がバタバタ潰れたら日本経済は良くなる」と言っているのを聞いて、本当にこの方向で進んでいいのかと疑問を持ちました。そんな方向に進んだら、社会が真っ二つに分断されて、恨みを溜め込む人が何千万人もいる社会になってしまうのではないか。実際、現在のアメリカがそうなっています。

そうならないためにはどうすればいいか考えた結果、外資コンサル的な東京のインテリジェントビルの中にいるエリートの世界だけではなく、リアルなものを見る必要があると思いました。そこで肉体労働をしたり、ホストクラブに行ったり、カルト宗教団体に潜入したりと、社会のいろんな人がどう考えて生きているのかを知ろうとしました。
例えば、就職情報誌を見て「普通の営業系の会社」として入ってみたら、高額な浄水器を訪問販売で売りつけるビジネスだったり。「水道局から来ました」と嘘をついて家に上がり込み、設置してから30〜40万円の浄水器を売りつける仕事でした。これは個人的には大きなカルチャーショックでした。
この体験から、中央で「中小企業を潰せば全体として筋肉質になる」と考えている人たちは、就職情報誌を見ても詐欺まがいの訪問販売しか仕事がないという現実を理解していないと感じました。社会をマクロで見る視点は意味があるけれど、現場感覚も取り入れないと、社会の末端で悲惨な状況が起きてしまう。その両方を知りながら考えていくことが大切だと思います。

水と油という比喩は、社会の中の異なる価値観を表しています。水の粒子はどんどん自由に動き回り、油はもっとベタッとお互いがくっつき合う性質があります。水の世界はグローバル的なもの、私的なもの、個人主義的なもの。対して油の世界は共同体的で、お互いの絆を重視するものです。
自然界では、水と油は通常混ざり合わないとされていますが、特殊な条件では混ざり合うことがあります。これを乳化現象と言います。生命が健全に機能するためには、水と油が完全に分離するのではなく、混ざり合った特殊な状態が重要なんです。
社会においても同様で、水の世界と油の世界が相互に価値を発揮しながら、お互いを壊さないように協力していく可能性を見つけていくことが大切です。この本の中盤の重要なテーマがまさにそこにあります。

そうですね。「昭和の議論」は反対するだけで具体的な話が皆無、どちらかというと今まである共同体を大事にしようという意味で油の論理が強かった時代です。「平成の議論」は直球のネオリベ型改革を求める、例えば堀江貴文さんや竹中平蔵さん、小泉改革のような「ぶった切る系」の議論です。
そして「令和の議論」はそれらを乗り越えて、両方の価値を統合していく議論です。日本社会の治安の良さや秩序などは、油の世界側の人たちの貢献で支えられている部分があります。自分たちの心地良い水の世界側の価値観だけで社会を動かそうとすると、向こう側の大事なものが壊れてしまい、反撃を受けてしまう。それが今のアメリカで起きていることです。
これは悪いことだけではなかったと思います。例えば、ホリエモン改革が全面的に成功していたら、日本のメディアも全部マネーゲームに巻き込まれ、フォックスニュースやCNNのようなものしか生き残れなくなっていた可能性があります。そうなれば日本社会もアメリカのように分断され、社会の逆側にいる人たちとは関わりたくないという雰囲気になっていたでしょう。
一方で、ホリエモン改革を拒否したことで、東京のメディアや予定調和的なものが残り、それにむかつく人もたくさんいます。でも、それがギリギリ土俵際で残っているからこそ、「同じ日本社会を共有しているんだから、必要なことがあれば話し合える」といううっすらとした幻想が残っている。それは単なる幻想かもしれませんが、そういう基盤が壊れずに残っているからこそ、これからの可能性もあると思います。
アベノミクスも似たようなところがあります。実質賃金が下がったと批判される一方で、大卒の就職率は上がり、失業率は下がりました。ホリエモン改革型のネオリベ経済に突っ込んでいたら、日本社会は壊れていた部分もあったでしょう。
今は人手不足の時代になり、アベノミクス時代のように無理やり仕事を作り出す必要がなくなってきました。このタイミングでなら効率化を進めて1人あたりGDPを上げていく方向に舵を切っても、油の絆が壊れないで済むかもしれません。両方の意見を持ち寄りながら変わっていければ、アメリカのような分断に向かわずに済むのではないでしょうか。
これは経営とか普段興味のない人にも分かりやすく説明するための例えです。「ドラクエ型」というのはドラゴンクエストのように、一か所に集まって改善し続ければ強くなれるタイプ。油の世界でがっちりと組織を作り、改善し続ければ世界一になれる方式です。実際、日本は携帯の小さい部品や化学薬品、自動車産業など、ドラクエ型でやれている分野ではまだほぼ世界一の強さを持っています。
一方で「FPS型」(ファーストパーソン・シューティング)は、能力値の差がほとんどなく、判断のタイミングが0.5秒という世界。位置取りが悪いと思ったらすぐに行動を変え、常に状況を把握して動く必要があります。こういう分野に対応するには水の世界型で、個人が分離して動きが早く、常に状況に即応する必要があります。
日本はこのFPS型の分野が世界で一番苦手な国になっています。そして競争環境がFPS型になった分野、例えば家電などからどんどん退出してしまいました。家電と自動車の業績の違いは、この組み合わせ型(FPS型)とすり合わせ型(ドラクエ型)の違いでもあります。
今までは「水の世界」側の人たちが「ドラクエ型は時代遅れだから全部捨てて、シリコンバレーのようになるべきだ」と考え、「油の世界」側と対立してきました。でも油の世界側も日本の強みを発揮している部分があり、製造業の地味な分野で貿易黒字の貴重な部分を作ってくれています。
今まではお互いに「あいつらは状況が分かっていない」と考えて押し合いへし合いをし、結果として何も変わらない状態になっていました。でも向こうは向こうで油の世界の価値観があって、それで世界に価値を提供している部分もあるんだという理解が必要です。
例えばソニーは、コングロマリットディスカウントしているんだから儲かる部分だけ分離して売ればいいという批判を受けてきました。でもそうすると、ソニーの生命が死んでしまう部分もあります。日立も同様で、油の世界でがっちりやっている強みがあり、それが鉄道システムなどの分野で発揮されています。シリコンバレーでは「どんどんリリースしてバグが出ても知るか」というスタンスですが、日立ならそこをうまくやれるという価値があるんです。
20年前はお互いがぶつかり合っていましたが、今はもう「ぶっ壊そう」という気持ちはなくなってきています。日本社会には自分たちインテリとは異なる世界の人たちがいて、日本社会の大事な部分を支えてくれているというリスペクトを持った上で、時代の変化に対応する具体的な話ができる機運が高まってきていると思います。
アメリカなどがどんどん分断されていく中で、日本だけが徐々に前進しながら、最先端のAIやITの活用、国際競争における経済開拓もやりつつ、製造業の現場感覚も失わないようにすることで、「日本社会は安定していて、治安も良くて質も低くなくていいね」という状態を維持できるのではないでしょうか。
それには、両側の正義の存在意義が実現するような工夫を具体的に積み重ねていく「メタ正義感覚」が必要です。これは単に足して2で割るという話ではなく、対立する二つの正義をメタな視点から捉え直すということです。そうした姿勢が、分断を超える新しいコミュニケーションを作り出す日本人としての強みになるかもしれません。