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野中郁次郎教授の経営学
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2025年2月20日

世界で認められる経営学のレジェンド、野中郁次郎教授。今年1月25日に亡くなった野中氏の功績、魅力、人柄を、共著者でもある一橋大学大学院の野間幹晴教授と、一橋大学ビジネススクールの楠木健特任教授に聞いた。 <ゲスト> 野間幹晴|一橋大学大学院教授 一橋大学大学院商学研究科で博士取得。2004年から同...
「他の研究者とは次元が違う」-経営学者・野中郁次郎氏の圧倒的存在感
日本の経営学界に偉大な足跡を残した野中郁次郎氏。「失敗の本質」や「知識創造企業」などの著作で知られる彼の理論と人間性について、一橋大学大学院の野間幹晴教授と一橋大学ビジネススクールの楠木健特任教授に話を聞きました。


Q. 野中郁次郎氏の代表作「失敗の本質」について教えてください
「失敗の本質」は、100万部を超えるベストセラーで、学術書としては異例の売れ行きを記録しています。この本は、日本軍が第二次世界大戦で敗北した原因を組織論や社会学のアプローチで検証したものです。重要なのは、単に日本軍の特殊性を指摘するのではなく、日本企業や日本の組織に共通する本質的な課題を浮き彫りにした点です。
特に「過剰適応」という概念は現代の日本企業にも通じるところがあります。優秀な企業ほど新しい課題に右往左往し、本社と現場の距離が生じてしまう傾向があります。最近では「過剰コンプライアンス」として、本来の目的を離れて目の前の上司に叱られないことが目的になるなど、手段の目的化が起きています。
野中氏は「失敗の本質」で日本的組織の本質を突いた上で、その後の人生では「それをどう解決するか」という提案を続けました。

Q. 野中氏の「知識創造企業」とSECIモデルとは何ですか?
「知識創造企業」の大きな特徴は、知識創造プロセスを体系的に表現した「SECIモデル」です。これは共同化(Socialization)のS、表出化(Externalization)のE、連結化(Combination)のC、内面化(Internalization)のIの頭文字を取ったものです。
このモデルは30年の時を経て進化しています。当初は「誰が行うのか」という主体の議論が不足していましたが、後の著作「ワイズカンパニー」では、共同化は個人同士、表出化はチーム、連結化は組織、内面化は社会全体やコミュニティで行うものとして整理されました。
楠木教授によると、こうしたモデルは「頭のいい人が頭で考えて」出てくるものではなく、野中氏の生き方そのものから生まれたものだといいます。野中氏にとって理論とは生き方そのものであり、全身を投入して生み出したものでした。

Q. 野中氏はどのように研究スタイルを変えていったのでしょうか?
楠木教授が大学3年生だった頃、野中氏の講義を受けたときのエピソードが興味深いです。当時、野中氏は情報処理パラダイムに基づくコンティンジェンシー理論(条件適合理論)の第一人者でした。この理論は、「ある環境条件ではこういう組織が最適、別の条件では別の組織が最適」という考え方です。
しかし最後の講義で、野中氏は「情報処理パラダイムはもうやめる」と宣言しました。理由は「暗いから」というものでした。通常、学者は理論を評価する際に「暗い」「明るい」といった主観的・情緒的な言葉は使いません。しかし野中氏は「経営学はもっと明るくなければならない」と主張したのです。
その後、野中氏は「情報処理」から「情報創造」へ、さらに「知識創造」へと研究の軸を移していきました。彼の理論は、極めて明るい人間観と組織観に基づいており、それが多くの実務家に影響を与えた要因でもあります。
Q. 野中氏の偉大さはどこにあったのでしょうか?
楠木教授は「野中氏は次元が違う人だった」と評します。彼の偉大さは、哲学の知見を経営学と融合させた点にあります。特に現象学など、個人の主観や意図が強く反映される哲学を好み、それを経営理論に取り入れました。
何より特筆すべきは、野中氏の「物事の本質を直感的に見抜き、それを概念化して動的に捉える類い稀な能力」です。彼は数値的な分析は近年行わなくなりましたが、数値の背後にある本質を直感的に見抜く力を持っていました。
また、野中氏には「全員を連れていく魅力」がありました。論理的整合性だけでなく、「問答無用で全員を引きつける」力を持ち、学者も経営者も彼の理論に魅了されていきました。日本の経営学会では一時期、ほとんどの研究者が知識創造の研究をしていたほどです。
Q. 野中氏と本田宗一郎氏の共通点はありますか?
楠木教授は野中氏を本田宗一郎氏に例えています。野中氏が「暗黙知」という概念に興味を持ったきっかけは、本田氏がエンジンのテスト走行をする地面に耳をつけて音を聞いている写真を見たことだったそうです。
両者に共通するのは「明るい人間観」と「全身全霊で一つのことに取り組む姿勢」です。周囲から慕われる人間性を持ちながらも、自身の専門分野に没頭し、それ以外のことは他者に任せる点も似ています。
本田氏が藤沢武夫氏とパートナーシップを組んだように、野中氏も「知識創造企業」を共著した竹内弘隆氏とは絶妙なコンビネーションを形成していました。野中氏が豊かな暗黙知を持ち、それを竹内氏が明確に形式知化するという関係性です。
Q. 野中氏の著作や考え方をどう活かすべきでしょうか?
楠木教授は「まず絶対にやらない方がいいのは要約を読むこと」と強調します。AIで要約してもらうなどは最も意味がないというのです。
大切なのは、どの著作でもいいので「最初から最後までゆっくり読む」ことです。野中氏の著作を時系列で読むことで、例えばSECIモデルがどのように進化してきたかを理解することもできます。また、「二項動態経営」という最後の著作に至るまでの考え方の変遷を追うのも興味深いでしょう。
野中氏の理論は根本的なところに関わるものですから、活かし方は人それぞれです。ただ、彼の著作には「元気が出る」という特徴があります。野中氏自身、「元気が出る・出ない」を非常に重視していました。これは経営書としては珍しい特徴で、多くの人が野中氏の著作から勇気づけられています。
Q. 野中氏の遺産は今後どのように受け継がれていくでしょうか?
野中氏の著作は、ドラッカーのように古典として長く読み継がれていくでしょう。ドラッカーが亡くなった後に「ドラッカー・ディファレンス」など、その思想を多くの人に伝えるための本が出版されたように、野中氏の思想も同様に広がっていくと考えられます。
野中氏の研究が扱っているのは極めて本質的な内容です。例えば「失敗の本質」で扱われているのは80年前の現象ですが、そこから得られる示唆は今でも通用します。本質的なことを深く掘り下げた結果であるため、今後も多くの示唆を与え続けるでしょう。
また、野中氏は「失われた30年」と言われる日本について、国全体ではそうかもしれないが、企業レベルでは元気があってイノベーションを起こしている企業も多いと考えていました。ソニーや日立のように復活した企業にも明るい視点を持ち、常に前向きな見方をしていたのです。
野中氏の言葉「理論とは生き方である」は、彼の腹の底から出た言葉だからこそ説得力があります。今後もその言葉と思想は、多くの人に影響を与え続けるでしょう。