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「103万円の壁」見直しの落とし所
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2025年2月18日

「年収の壁」見直しについて、自民・公明、国民民主の協議が再スタートした。なぜ、こんなにも揉めているのか? 見直しの落とし所はどこなのか? エコノミストの永濱利廣氏と星野卓也氏に話を聞いた。
なぜ税制はこんなにも揉めるのか?年収の壁を巡る対立の本質
「年収の壁」をめぐる議論が白熱している。国民民主党が掲げる178万円と自民党が主張する123万円の間で、なぜこれほど大きな隔たりが生まれているのか。年収の壁の議論には、単なる数字の引き上げ以上の意味がある。今回はエコノミストの永濱利廣氏と星野卓也氏を迎え、税制議論の本質を探る。

Q: 年収の壁とは何ですか?なぜ今問題になっているのですか?
年収の壁とは、一定の収入を超えると税金がかかり始めるラインのことです。現在の日本では103万円がこの壁として知られています。この金額を超えると非課税から課税対象になるため、多くの人がこの壁を意識して働き方を調整しています。
なぜ今問題になっているかというと、この103万円という基準が1995年に設定されて以来、ほとんど見直されていないためです。その間、物価は上昇し、特に最近は食料品などの生活必需品の価格が大きく上がっています。本来、海外の多くの国では物価の上昇に合わせて自動的に税の控除額を調整する仕組みがありますが、日本ではそうした制度がないため、実質的な増税状態が続いています。

Q: 年収の壁の議論にはどのような性格がありますか?
年収の壁の議論には主に3つの性格があります。
1. 単純な減税効果: 控除額が増えることで、単純に減税になります。課税所得が減れば、支払う税金も少なくなるためです。
2. 制度のインフレ調整: これが今回の議論の本質的な部分です。物価が上がれば、税制も調整すべきという考え方です。例えば、平均年収が400万円の時代に103万円が非課税だったとすると、物価上昇で平均年収が1000万円になった時に、非課税ラインが同じままだと実質的に課税範囲が広がってしまいます。
3. 年収の壁対策: 103万円までしか働きたくないという就労調整を解消する効果があります。壁を引き上げることで、より多く働いても税負担を気にせずに済むようになります。
現在のメディア報道では主に3つ目の「年収の壁対策」の側面が強調されていますが、本来は2つ目の「インフレ調整」の視点も重要です。

Q: 国民民主党の178万円と自民党の123万円はどのような根拠で提案されているのですか?
国民民主党の178万円は、1995年以降の最低賃金の上昇率(約7割)を基準に提案されています。最低賃金が7割上がったのだから、控除額も同じように7割上げるべきだという考え方です。
一方、自民党の123万円は、生活必需品(食料品など)の物価上昇率に基づいて算出されています。1995年からの生活必需品の価格上昇は約2割で、これに合わせて103万円を引き上げると123万円になります。ただし、2024年の直近データを含めると128万円が適切という見方もあります。
どちらも一定の根拠はありますが、国民民主党の最低賃金基準は少し「欲張り過ぎ」、自民党の物価基準は「渋り過ぎ」という見方もできます。物価を基準とする方が、税収と支出のバランスを考える上で筋が通っているという意見もあります。
Q: 引き上げ方の違いはどこにありますか?
引き上げる数字だけでなく、引き上げ方にも大きな違いがあります。税金には所得税(国に納める)と住民税(地方に納める)の2種類があり、それぞれに控除の仕組みがあります。
国民民主党の案では、所得税と住民税の両方の基礎控除を75万円引き上げ、178万円にする提案です。この場合、減税規模は約7兆円に達します。
一方、自民党の案では、所得税の基礎控除を10万円引き上げ、残りの10万円分は給与所得控除で対応するという案です。さらに住民税の控除は据え置くため、減税規模は約7000億円と、国民民主党案の10分の1程度にとどまります。
給与所得控除は年収が高くなるほど控除額も大きくなる仕組みですが、一定以上の年収(約190万円)になると頭打ちになります。そのため、自民党案では主に低所得者に限定した減税効果しか期待できません。

Q: なぜアメリカと日本ではこうした税制調整の扱いが異なるのですか?
アメリカをはじめとする多くの先進国では、インフレに合わせて税制を自動的に調整する仕組みが法律で定められています。物価が上がれば控除額も自動的に上がり、逆に物価が下がれば控除額も下がります。これにより、インフレによる「隠れ増税」を防いでいます。
こうした国々では、インフレ調整は当たり前の話であり、財源の議論にはなりません。なぜなら、物価が上がれば税収も自然に増えるため、控除額の引き上げは単に「取り過ぎた税金を返す」行為だからです。
日本では長年デフレが続き、物価上昇があまり問題にならなかったため、こうした自動調整の仕組みが整備されてきませんでした。そのため、物価上昇が目立つようになった今、政治的な対立構造が生まれているのです。この点で、日本の税制議論は「ガラパゴス化」していると言えます。
Q: 適切な減税規模はどのくらいだと考えられますか?
専門家の試算によると、アメリカと同じような方法で日本の税制をインフレ調整した場合、約2兆円強の減税規模が妥当と考えられます。
具体的には、非課税ラインの引き上げだけでなく、累進課税の税率区分(ブラケット)も同時に調整することで、インフレによる「隠れ増税」を防ぐことができます。この2兆円という金額は、国民民主党の7兆円と自民党の7000億円の中間に位置しています。
実際の方法としては、インフレ率に合わせて所得税と住民税の両方の基礎控除を適切に引き上げる形が望ましいと考えられます。例えば、現在のインフレ率を考慮すると、103万円から128万円程度への引き上げが妥当かもしれません。
Q: 日本の税制における文化的な背景はありますか?
日本の税制議論には独特の文化的背景があります。日本では「お金儲け=悪」という価値観が根強く、高所得者への増税や負担増は受け入れられやすい傾向があります。
最近の社会保障改革でも、高所得者の負担を増やす方向の改革が多く見られます。政府の税制調査会でも「日本は累進性がまだ低いから引き上げるべき」という議論が主流です。
この背景から、自民党の案では高所得者の減税効果を抑える方向性が見られます。一方、国民民主党が主張する大規模な減税案が一定の支持を集めていることは、こうした従来の価値観に対する「反発」とも捉えられます。
Q: これからの税制はどのような方向性を目指すべきですか?
これからの税制は、「お金が回る」ことを重視すべきです。日本には2000兆円を超える家計金融資産がありますが、多くが貯蓄にとどまり、経済に回っていません。
現在の税制は貯蓄を優遇する方向に偏っており、NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)のような貯蓄促進策が中心です。今後は貯めるだけでなく、お金を使う・若い世代に回す方向の税制改革が必要です。
具体的には、生前贈与をより使いやすくする改革が考えられます。現在は相続税よりも贈与税の方が高いため、高齢者が資産を持ち続け、亡くなってから相続する形が一般的です。平均寿命が延びる中、90歳で亡くなり、60歳の子供が相続するようなケースも増えており、若い世代への資金移転が滞っています。
また、経済活動を頑張った人が報われる仕組みも重要です。現在は住民税非課税世帯に給付金を出すなど、低所得者への支援が中心ですが、働いて収入を増やした人の手取りが増えるような制度設計も必要です。
Q: 今回の税制議論から何を学ぶべきですか?
今回の税制議論から学ぶべき最も重要な点は、インフレに合わせた税制の自動調整の仕組みを法制化する必要性です。日本の年金制度では、物価が上がれば給付額も自動的に増えるような仕組みがすでに導入されています。同様の仕組みを税制にも適用すべきです。
また、今回の議論で明らかになった日本と海外の税制の違いは、日本経済の停滞と無関係ではありません。実際、緊縮財政で知られるドイツと日本だけが2024年にマイナス成長となる見通しです。インフレ時に適切な税制調整ができない国は、経済成長も難しくなるという教訓が得られました。
国民民主党の主張が支持を集めたことは、日本の税制や財政に関する価値観が少しずつ変わり始めているサインかもしれません。今後の政治状況によっては、「経済成長を通じた財政再建」という考え方が主流になる可能性もあります。
Q: 今回の議論の落としどころはどこになりそうですか?
今回の議論の落としどころとしては、123万円程度への引き上げが現実的と見られています。ただし、重要なのは単に今回の引き上げ額だけでなく、「将来的に178万円を目指す」などの方向性を示すことと、今後インフレに応じて段階的に引き上げる仕組みを構築することです。
具体的には、生活必需品の物価上昇率に合わせて非課税ラインを自動的に調整する法制度を整備することが望ましいでしょう。それによって、毎回のように政治的な駆け引きや対立を繰り返す必要がなくなります。
単に国民民主党と自民党の主張の中間を取るだけでは、本質的な解決にはなりません。重要なのは、日本の税制をグローバルスタンダードに近づけ、経済成長と財政健全化の両立を目指す方向性を確立することです。