
トランプ後のドル円相場。為替介入がない3つの理由
トランプ政権誕生後のドル円相場見通し〜160円は早期達成する可能性も
ドル円相場が再び上昇基調にある。大統領選挙の結果を受けてトランプ政権の誕生が決まり、市場はどのように反応しているのか。今後の見通しについて、フクオカフィナンシャルグループのチーフストラテジスト・佐々木融氏に聞いた。

Q. トランプ政権誕生は市場にどのようなインパクトを与えていますか?
現在の為替市場ではドル高が進行し、ドル円相場の上昇が続いています。大統領選後の主要通貨の対円レートを見ると、円が特別弱いわけではなく、むしろポンドやユーロの方が弱い状況です。ドルが最も強く、そのためドル円が上昇しています。
この動きの背景には、9月終わり頃からアメリカの景気指数が改善し、利下げ期待が後退していたことがあります。そこにトランプ政権誕生によるインフレ圧力強化の見通しが加わり、金利上昇とドル買いにつながっているのです。
長期的に見ると、ドルは2021年から上昇基調が続いていて、その流れが継続していると言えます。大統領選の結果がこれほど早く決まったことは意外でしたが、トランプ氏の当選後、一度急上昇したドルがその後も売られずに底堅い展開となっているのは、想定通りあるいは想定以上の展開と言えるでしょう。
Q. 今後のドル円相場を占う上で、キーポイントは何でしょうか?
最大のポイントはアメリカの金利動向です。先物市場が示す来年末のFF金利水準とドル円には強い相関関係があります。7月の161円から9月の140円割れまでの下落は、アメリカの利下げ期待の高まりでほぼ説明できます。
現在はその利下げ期待が後退し、ドル円が上昇に転じています。具体的には、利下げ期待が25ベーシスポイント後退するとドル円が約4円上昇する関係性が見られます。現在、市場は来年末までにまだ80ベーシスポイント程度の利下げを織り込んでいるので、これがさらに後退すれば、ドル円は160円に到達する可能性があります。
もう一つのポイントは円のショートポジションです。7月に急速に円高が進んだ背景には、円キャリートレードの積み上がりがありました。現在は7月のピーク時の半分にも満たない水準で、円ショートポジションはそれほど積み上がっていません。これは現在のドル円上昇が「ドル高主導」であって「円安主導」ではないことを示しています。
世界情勢が落ち着いてボラティリティが低下していることから、今後金利差を狙ったキャリートレードが徐々に増加する可能性があります。160円に近づいた段階で一時的に円が買い戻される局面もあるでしょうが、長期的には円安方向に向かうと予想されます。
Q. 日銀の金融政策はドル円相場にどう影響しますか?
日銀は7月末に利上げを実施しましたが、現在のドル円レートは当時よりも高くなっています。これは「日銀が利上げをすれば円高になる」という単純な関係ではないことを示しています。
市場は12月の追加利上げを約50%の確率で織り込んでいます。ただし、遅くとも来年3月までには25ベーシスポイントの利上げがほぼ織り込まれており、12月に利上げをしても短期的な円高圧力は限定的でしょう。むしろ利上げの時期が遅れるほど市場へのインパクトは弱まると考えられます。
日銀の追加利上げ判断に最も影響を与える要素は、実はドル円相場です。ドル円が上昇していれば、利上げによる円高効果が限定的であり、株式市場への影響も少ないと判断できます。また、ドル円上昇はインフレ圧力を高めるため、利上げの論拠となります。
Q. 来年はインフレ圧力が強まるとのことですが、その理由は?
最大の要因は人手不足による賃金上昇圧力です。企業が人材を確保するためには賃金を引き上げざるを得ない状況となっています。特に深刻なのは、外国人労働者でさえ日本の賃金の低さを理由に雇用が難しくなってきている点です。
企業は賃金を上げて人材を確保しつつビジネスを維持するために、自社製品やサービスの価格を引き上げる必要があります。この流れの中でインフレ圧力は徐々に高まっていくでしょう。
問題は、金利がこのペースでしか上がらないとすると、実質金利のマイナス幅が拡大していくことです。実質金利が大きなマイナスとなる状況では、円安圧力が継続することになります。
Q. 賃金上昇はプラスではないですか?
賃金上昇は確かに良いことですが、賃金とインフレが同時に上昇すると実質賃金はそれほど改善しません。実質賃金を上げるために必要なのは金融緩和ではなく、賃金が上昇する構造改革です。金融緩和を続けるとインフレ圧力が高まり、実質賃金は低下する可能性があります。
日本は長期間にわたる超低金利政策によって、本来必要だった構造改革を先送りしてきました。その結果、経済体質が弱体化し、現在では利上げが経済に大きな悪影響を及ぼすリスクが高まっています。このままでは経済構造は一層弱くなり、インフレ率だけが上昇して実質金利のマイナス幅が拡大し、円安圧力が続くことになるでしょう。
Q. 円安が進行した場合、為替介入はあり得ますか?
当面は為替介入はないと考えられます。その理由は3つあります。
1つ目は、現在の円安はドル高主導で進行しており、円ショートポジションもそれほど積み上がっていないため、介入の効果が限定的である点です。過去に介入が効果を発揮したのは、アメリカの金利低下局面や円ショートポジションの巻き戻しが重なった時でした。
2つ目は、介入の水準に関する問題です。過去の介入水準を見ると、2022年に145円、150円、2024年に160円、161円と徐々に上昇しています。この流れからすると、161円を超えない限り介入はないと考えられます。
3つ目は、アメリカの新政権との関係です。現在はトランプ政権の財務長官が決まっておらず、就任までに約2ヶ月かかります。為替介入は米国と緊密に協議して行うものですが、相手方がまだ決まっていない状況では難しいでしょう。さらに、アメリカ国民が最も懸念しているのはインフレであり、ドル安はインフレ圧力を高めます。こうした状況下で日本が一方的にドル売り介入を行えば、米国から批判を受ける可能性があります。
これらの理由から、少なくとも161円を超えるまでは介入はないでしょう。そして介入するとすれば、円安主導でのレート上昇、円ショートポジションの大幅な積み上がり、米国との適切なコミュニケーションが前提条件となります。