
マスメディアの敗北、YouTubeの勝利、嫌われ者の勃興
「YouTubeがマスメディア化した瞬間」兵庫県知事選が示す新時代のメディア論
兵庫県知事選で齋藤元彦氏が当選したことは、日本のメディア環境に大きな転換点をもたらした。この選挙戦で何が起きたのか、そしてそれが意味するものは何か。ノンフィクションライターの石戸諭氏が新刊『嫌われものの正体』の視点から解説する。

Q. 兵庫県知事選で何が起こったのか?
兵庫県知事選は日本のメディア史において重要な転換点となった。最大の敗者はマスメディアであり、最大の勝者はYouTubeを中心とする動画メディアだった。選挙戦初期の情勢調査では齋藤氏の支持率は15%程度と低かったが、YouTubeの影響力により逆転当選を果たした。
これまでインターネットと政治の関係は、TwitterなどのSNSのトレンド分析が中心で、実際の政治への影響は限定的と考えられていた。しかし今回の選挙では、YouTubeが現実の政治に明確な影響力を持つことが証明された。
Q. YouTubeのマス化とはどういう意味か?
YouTubeが「マス化した」とは、従来のマスメディアと同様の影響力を持つようになったことを意味する。マスメディアには人々の考え方をAからBに変える力はないが、「Aかな」と思っていた人を「やはりAだ」と確信させる力や、議題設定能力がある。
今回の選挙ではこれらの機能がYouTubeに移行した。齋藤氏の疑惑について、YouTubeを見た人たちが自分の考えを形成していく様子が見られた。さらに注目すべきは、YouTubeの視聴者が若年層だけでなく、60代・70代の高齢者や、かつてYouTubeを見ていた若者が30代・40代の社会の中核層になり、政治的関心を高めていることだ。
Q. テレビや新聞などの既存メディアは今後どうなるのか?
既存メディアは変わらなければ生き残れない。特に選挙期間中の報道姿勢を見直す必要がある。公職選挙法などの規制により慎重になりがちな選挙報道だが、そのスタンスを改め、より積極的に情報を発信していくべきだ。
総裁選のように規制が少ない場面では、テレビも充実した報道ができることが証明されている。既存メディアが持つ取材力や分析力は依然として価値があるが、それをYouTubeなどの動画プラットフォームで積極的に発信していくことが求められる。
Q. なぜ「嫌われもの」が人気を集めるのか?
「嫌われもの」には熱量がある。玉川徹氏を例に挙げると、彼はアンチを含め多くの人から反応を得ている。玉川氏はディレクターとレポーターを兼ねる「出るディレクター」というキャリアを選択し、自分が取材したことを自分の言葉で伝えるスタイルを確立した。
これは従来の「裏方の美学」とは異なるアプローチだが、今の時代には必要なものだ。メディア業界は分業化しすぎた面があり、取材・編集・発信を一体化させる方向に進む必要がある。
Q. 今後のメディア環境はどう変化するか?
動画メディアの台頭は一時的なものではなく、構造的な変化だ。重要なのは「思慮深さ」という価値観がインターネット空間でも重視されるようになってきていること。
これまでのネット空間では単純な善悪二元論が支配的だったが、より多面的で深い分析を求める層が増えてきている。こうした「思慮深さ」を持つユーザーは、極端なイデオロギーより中道的な立場に共感する傾向がある。
メディアはこの変化に対応し、単に「正しい・間違っている」という枠組みではなく、多角的な視点から現実を伝える努力が必要だ。YouTubeの空間にもそういった思慮深い議論の場を作っていくことが今後の課題となる。
Q. 今後のポピュリズムの行方は?
日本のポピュリズムはヨーロッパやアメリカほど強くない。例えば山本太郎氏のれいわ新選組は共産党を上回る議席を獲得したが、それ以上の広がりは見せていない。また、百田尚樹氏の日本保守党も参議院で政党要件を満たしたが、今後の展開は不透明だ。
日本の興味深い点は、YouTubeなどの新しいメディアを活用しているのが極端なイデオロギー勢力ではなく、中道的な立場の人々だということ。齋藤氏も管理職上がりの実務家的な人物で、極端なポピュリズム的主張はしていない。
ポピュリズムには破壊する力はあるが、構築する力は弱い。しかし中道的で良識的な声がYouTubeなどの新しい場で育っていけば、より健全な議論空間が生まれる可能性がある。
Q. メディア人はどう変わるべきか?
メディア人は「嫌われる覚悟」を持って前面に出ていく必要がある。これまでの匿名性の強い報道スタイルから脱却し、個人として発信していくことが求められる。
取材したことを自分の言葉で語り、批判を受ける覚悟を持つこと。齋藤氏も最初は「エリート」というイメージだったが、批判にさらされる中で共感を得ていった。メディア側も同様に、個人として批判にさらされる経験をしなければ信頼は生まれない。
マスメディアは今回敗北したかもしれないが、これはトーナメントではなくリーグ戦のようなもの。リベンジマッチの舞台を自分たちで作り、新しい形での戦いを続けていくことが重要だ。