
開業医のリアル。事業収支と平均年収
開業医になるまでのステップ:大学病院での研究が全て?
開業医という存在は多くの人にとって身近でありながら、その舞台裏はあまり知られていない。医師のキャリアパスや開業に至るまでの道のり、実際の経営状況など、患者として知りたいことは多い。小児科・小児外科医として長年活躍し、自らクリニックを開業した松永正訓氏に、開業医の実態について聞いた。

Q. 開業医になるには、どれくらいの時間と経験が必要なのですか?
開業医になるには相当な時間と経験が必要だ。日本の開業医の平均年齢は60歳で、若い医師には務まらない仕事と言える。医学部を卒業して研修医になり、初期・後期研修を経て、多くの場合は大学の医局に所属して医員という立場になる。その間に大学院でサイエンスの勉強をしたり、関連病院と呼ばれる一般病院に出向して腕を磨いたりする。
大学病院ではピラミッド型の組織構造の中で地位を上り詰めていくわけだが、いろいろな事情から途中で開業医になる道を選ぶ医師もいる。ただし、若い開業医というのは基本的に存在しないと考えていい。ある程度の知識と技術と経験がないと開業医は無理だ。
Q. 大学病院と一般病院の医師では、どのような違いがあるのですか?
大学病院と一般病院では、医師の仕事内容に大きな違いがある。大学病院の医師には3つの柱があり、臨床(患者診療)、研究、教育のすべてをこなさなければならない。地位が上がって講師や准教授になると、それに管理・運営業務も加わる。大学人にとってこれらの役割は当たり前のことで、特に大変だとは思わないものだ。
一方、一般病院の医師は臨床の比重が70%以上と非常に高く、ほぼ臨床だけに専念している。大学病院では研究の比率が高く、教育の比率も高いので、同じ勤務医と言っても大学病院と一般病院では働いている内容がかなり違う。
ただし、臨床のレベルに関しては、大学病院も一般病院も遜色はない。一般病院の医師も、開業医から送られてくる難しい患者を診るために、英語の論文を読んで勉強し、最新の治療法を試すなど研鑽を積んでいる。
Q. 大学病院で出世するには何が必要なのですか?
大学病院で教授まで登り詰めていくには、研究がある意味すべてだ。医師の世界はサイエンティストと同じで、自分が行った研究や患者を治療した成果を論文にする。その論文は必ず英語で書き、できるだけレベルの高いジャーナルに掲載されることを目指す。
英語論文を数多く発表し、それが業績となり、業績の高い人とそうでない人は自然と分かれていく。大学病院のピラミッドを上っていく人は、争いが激しいというよりも、自然と選別されていくという感じだ。自分はここまでと思う人もいれば、もっと上を目指そうという人もいる。
研究が苦手でも臨床が優れている医師は、大学病院に残ろうとはあまり考えない。教授などと話し合い、一般病院への就職を希望するケースが多い。大学病院は研究をしない人には居場所がないので、そういった医師は自然と大学病院を離れて一般病院で臨床の腕を磨いていく。
Q. 医師にとっての「全盛期」はいつごろなのでしょうか?
医師の全盛期は専門分野によって異なる。外科系の場合、60歳を過ぎるとやや体力的にきつくなるかもしれない。一方で、65歳の定年退官時に行う「最終手術」では、長年培った技術が遺憾なく発揮されることもある。
内科系の医師の場合は、外科とは違い特別なテクニックは必要としないため、10年ほど経験を積めば一人前になる。その後は医師としての知識やスキルよりも、人間力や人生の知恵のようなものが備わってくる。高齢の内科医には経験から来る知恵があり、自分が経験したことがない状況でも対応できる力を持っている。
医師の世界では「若ければいい」ということは全くなく、むしろ若い方が良くないケースも多い。開業して18年経つと、1年目の時よりも確実に良い医師になっていると実感できる。開業1年目は未熟で知識も不足していたが、長年の経験を通じて学び、患者からも多くを教わり、人として成長できる。
Q. 開業医になるにはどのくらいのリスクや費用がかかるのですか?
開業するには一般的に1億円前後の資金が必要だと言われている。ただし、専門分野によって必要な設備は異なる。小児科の場合は基本的に聴診器一本で診療できるため、大人の内科クリニックほど多くの機械を揃える必要はない。
開業医になるのはリスクを背負うことだが、経営者本人が健康である限り失敗する確率は非常に低い。そのため、資金を貸してくれる人はいくらでもいる。開業して患者が来なくて潰れるということはほとんど聞いたことがない。
ただし、開業してまだ若いうちに病気になってクリニックが閉鎖に追い込まれるケースはときどき耳にする。開業にはかなりの費用がかかるため、病に倒れてクリニックが潰れてしまうと、多額の負債を抱えることになり、家族に大きな負担がかかる。その意味では怖い世界でもある。
例外的に、2020年のコロナ禍では患者数が激減し、経営が悪化して廃業に追い込まれるクリニックもあった。
Q. 開業医の収入はどれくらいなのですか?
開業医の収入は幅が広い。法人開業医の平均年収は約2530万円、個人開業医は約2558万円という数字があるが、これはあくまで平均だ。年収7000万円や8000万円の医師もいれば、病院の勤務医と同じかそれ以下の収入の開業医も存在する。
月によっても収入の変動は大きい。例えば、2023年1月のあるクリニックでは保険診療と予防接種、検診の事業収益が785万円で、諸経費を差し引いた利益が490万円だったケースがある。しかし、これは特に患者が多かった月で、毎月このような数字にはならない。
8月は子どもたちが感染症にかかりにくくなるため患者数が減り、クリニック自体もお盆休みを取るので収入が大幅に減少する。クリニックによっては8月は赤字になるところもある。そのため、平均的な月の利益は200〜300万円程度と考えるのが妥当だろう。
Q. 開業医が成功するためには何が大切なのですか?
小さなクリニックで成功する秘訣は、儲けようと思わずにスタッフを大切にすることだ。企業は削れるところを削ろうとすると人件費に手をつけがちだが、小さなクリニックでそれをやるとスタッフの心が離れていく。スタッフに去られてしまったら終わりなので、儲けることよりもスタッフを大切にすることが重要だ。
また、診療報酬の点数や、どの検査をすればいくら収入が増えるかといったことを考えるべきではない。医師は薬を余計に出せば収入がどうなるかなど、そういうことを絶対に考えてはいけない。そういった雑念は医療の質を下げることにつながる。
Q. 患者はどうすれば良い医師や良いクリニックと出会えるのでしょうか?
良い医師や良いクリニックを選ぶ際に最も大事なことは、自分の家に近いことだ。これは意外に思えるかもしれないが、病気になった時に通いやすいことが重要だ。
患者側が心がけるべきことは、疑問に思ったことをそのままにせず、医師と積極的にコミュニケーションを取ることだ。多くの患者は遠慮しがちだが、疑問点はきちんと質問するべきだ。
自分と相性の良い医師を見つけるためには、最初の段階でいくつかのクリニックを訪ねる「ドクターショッピング」も悪くない。ただし、一度良い医師を見つけたら、そこで落ち着き、その医師を信頼することが大切だ。信頼関係が医療の質を高める第一歩となる。
