
雇用流動化後の大企業キャリア。個人・企業の4つの選択肢
「解雇規制緩和」は「雇用の流動化」と捉え直すべき—リンクアンドモチベーション白木俊行氏に聞く
労働市場改革の議論が活発化する中、「解雇規制緩和」という言葉が社会的な注目を集めている。しかし、この言葉はややネガティブな印象を与えがちだ。より建設的な議論のためには「雇用の流動化」という視点で捉え直す必要があるのではないだろうか。リンクアンドモチベーションの白木俊行氏に、雇用システムの現状と改革の方向性について話を聞いた。

Q. なぜ今「解雇規制緩和」が注目されているのですか?
「解雇規制緩和」が注目される理由は大きく3つあります。
まず、この議論が様々な視点から行われているため、論点が噛み合っていないことがあります。個人、企業、国という3つの視点が複雑に絡み合っているからです。
次に、「解雇規制緩和」というワードが刺激的で恐怖感を与えがちです。これを「雇用の流動化」と捉え直すことで、日本全体にとってポジティブな議論ができるのではないでしょうか。
さらに、企業の実態から見た視点も重要です。個人と企業の間には利害関係があり、対立しがちです。例えば、中小企業の従業員における不当解雇の問題があります。年間約3000件の労働裁判が起こされていますが、これは推定される不当解雇全体の1%弱にすぎません。多くの人が「泣き寝入り」している状況です。
一方、大企業ではハイレイヤー社員の人件費高騰が問題となっており、企業側はスリム化を図りたいと考えています。個人からすれば雇用不安という形で利害が対立します。
これらを踏まえると、労働市場全体の「雇用の流動化」という国の視点から考えることが重要です。流動化は避けられない流れであり、いかに個人と企業のリスクを軽減しながら推進するかが課題となっています。
Q. 雇用の流動化が求められる背景は何ですか?
日本の競争モデルが転換点を迎えていることが大きな理由です。人口減少により2040年には1100万人の労働力が不足すると予測されています。また、景気が上向き始めると人手不足がさらに加速します。
興味深いのは、近年「景気判断DI」と「雇用人員判断DI」が乖離していることです。10年ほど前から、企業は「景気はそれほど良くないが人手不足だ」と回答する傾向があります。これは量的な問題だけでなく、質的なミスマッチが起きていることを示しています。特定の人材が欲しくても、雇用が流動化していないため獲得できないという状況です。
さらに、企業は商品市場と労働市場の両方に適応する必要があります。これまでは商品市場が優位で、デフレの中で価格競争をし、コスト削減のために賃金も抑制してきました。しかし、これからは労働市場が優位になり、賃上げをして優秀な人材を確保し、付加価値を上げて収益を拡大するモデルへ転換していく必要があります。この変化を促進するのが雇用の流動化なのです。
Q. 日本の雇用システムの特徴と課題は何ですか?
日本の雇用システムの最大の特徴は「メンバーシップ型」と呼ばれる形態です。これは世界的に見ても日本だけの特殊な仕組みで、社員が会社への所属権を獲得し、その後どんな仕事をするかは決まっていないという特徴があります。新卒一括採用で入社し、様々な部署をローテーションしながら昇格していき、最終的には定年で退職するというパターンです。
対照的なのが、海外で一般的な「ジョブ型」です。こちらは特定のポストの契約を結ぶ形で、短期雇用が前提となっています。ポストの契約が終了すれば解雇されるか、企業内でジョブチェンジします。
メンバーシップ型の課題は、企業があらゆる可能性を試さないと社員を解雇できないことです。例えば、ある社員が営業で活躍できなければ、エンジニアや経理など他の職種でも試さなければなりません。これは企業にとって大きな負担となります。
また、メンバーシップ型では人件費が高騰しやすく、評価が曖昧になりがちで、全体として生産性が低下するという問題もあります。年功的な運用のため、特にハイレイヤーの社員や若年層の定着が困難になりつつあります。さらに、グローバルな事業運営においても課題が生じています。
Q. 雇用システム改革の方向性はどのようなものですか?
理想的なのは「ハイブリッド型」への移行です。これは、若手社員はメンバーシップ型のままとし、マネジメント層やスペシャリストはジョブ型に変更するというものです。
この方法の利点は、エントリーシステム(新卒一括採用)を変えなくてもよいこと、反対も起きにくく、スムーズに移行できることです。実際、日立製作所や富士通、オムロンなど多くの企業がこのハイブリッド型に移行しています。
興味深いのは、ジョブ型に移行しても必ずしも解雇が増えるわけではないということです。富士通の例では、ジョブ型導入後も退職率は変わらず、むしろ社内移動が活性化して最適配置が進んだそうです。ジョブディスクリプションが明確になることで、部署を越えた異動がしやすくなるためです。
また、若手社員がメンバーシップ型で様々な仕事を経験できることは決して悪いことではありません。年齢とメンバーシップ型・ジョブ型の選択は必ずしも関係なく、個人の選択肢として多様な働き方が可能になるのがハイブリッド型の魅力です。
Q. 具体的にどのような雇用流動化策が必要ですか?
雇用の流動化を進めるには、企業の雇用システム変革と国の流動化促進策を組み合わせることが重要です。
まず企業側では、ハイブリッド型人事制度の導入が第一歩です。次に報酬改革として、定年退職金制度を見直し、業績好調時に前払いしたり、随時精算できる仕組みにしたりすることが有効です。これにより上位レイヤーで活躍する人材だけが残り、そうでない人材はジョブチェンジや転職を選択するようになります。これによって生まれた余剰資金を活用して採用改革を進め、外部からハイレイヤー人材や優秀な若手を獲得することができます。
一方、国の流動化促進策としては、まず解雇時の金銭保障の仕組み作りが必要です。現状、自己都合退職と会社都合退職では退職金に大きな差(平均で500万円と1000万円)があります。企業による解雇の場合にも適切な金銭保障がされるような制度設計が求められます。ドイツやフランス、イタリアなどでは「労働裁判官」が勤続年数や職種に応じた保障額を算定する仕組みがあります。
さらに重要なのはリスキリングの仕組み作りです。転職後のキャリアダウンや収入減少のリスクを軽減するために、国がリスキリング費用を負担する制度が効果的です。シンガポールやドイツではすでに導入されており、特定産業への労働移動を促進するため、教育費用を国が負担する仕組みがあります。
これら二つの施策はセットで実施することが重要です。金銭保障だけでは個人の不安は解消されず、リスキリング支援と組み合わせることで効果を発揮します。
Q. 企業と個人はこの変化にどう向き合うべきですか?
この変化を「脅威」ではなく「機会」と捉えることが重要です。
個人の場合、自分のポジション(メンバー層かマネジメント層か)と自己評価(活躍しているかどうか)によって対応が異なります。メンバー層で活躍している人は早く昇格を目指し、活躍していない人は自分に合った部署への異動を希望すべきです。マネジメント層で活躍している人はより良い報酬(金銭だけでなく仕事内容や機会も含む)を交渉し、活躍していない人は自分のスキルを活かせるポストへの社内外の異動を考えるべきです。
企業側では、大企業で資金体力がある場合は労働分配率を上げて優秀な人材の流出を防ぎ、体力がない場合は人件費の最適化を図るべきです。中堅中小企業では、大企業で活躍しきれなかった人材を採用するチャンスと捉えることができます。特に従業員300〜2000人規模の中堅企業(日本に約6000社)は採用強化のチャンスがあります。体力がない企業は複数社で連携して採用力を高めたり、事業連携で体力強化を図ったりすることも選択肢です。
意識改革においては「輪回転」という考え方が参考になります。集団の中で賛成派が27%を超えると、一気に多くの人が賛成に回るという法則です。うまくいった事例をメディアで取り上げて良い面に光を当て、賛成派を増やしていくことが効果的です。
改革を政策として進める場合は、順序が重要です。まずリスキリングの仕組みを作り、次にジョブ型・ハイブリッド型への移行で成功した企業をPRし、最後に金銭保障の仕組み作りに着手するのが望ましいでしょう。解雇の話を最初にすると反対が大きくなりがちです。
日本の労働市場は確実に変化しています。この変化を前向きに捉え、個人も企業も国も、それぞれの立場で適切に対応していくことが求められています。