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解雇規制緩和の誤解。日本には解雇規制がほぼない
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2024年9月17日

河野氏・小泉氏が解雇規制に言及したことにより、総裁選のイシューとなりつつある解雇規制ルール。なぜ今、労働市場改革が必要なのか?日本の解雇ルールは本当に変えるべきなのか? 労働市場に詳しい八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞いた。 <ゲスト> 八代尚宏|昭和女子大特命教授 1946年生まれ。経済企画庁...
労働市場改革と解雇規制を考える Q&A
日本の労働市場改革と解雇規制緩和について、昭和女子大学特任教授の八代尚宏氏に解説いただきました。なぜ今、労働市場改革が必要なのか、本当の問題点はどこにあるのかを明らかにしていきます。

Q. 日本の労働市場改革はなぜ必要なのですか?
環境の変化に対応できていないことが根本的な問題です。日本経済は高度成長期には10%成長を記録し、オイルショック後も4-5%の成長を維持していました。しかし、バブル崩壊後は実質1%、名目ゼロ成長という状態が続き、「失われた35年」になっています。
さらに人口構成も大きく変化しました。高度成長期は若い人口が多く高齢者が少ない綺麗なピラミッド型でしたが、現在は50代がピークとなる釣り鐘型に変わっています。年功賃金制度は若い世代が多い人口構成では企業にとって人件費が抑えられるメリットがありましたが、現在の人口構成ではそのメリットは失われています。
つまり、日本の雇用慣行が生まれた環境が大きく変わったにもかかわらず、過去の成功体験にしがみついて変えられないのが現状なのです。
Q. 小泉・竹中改革で非正規雇用が増えたと言われていますが、本当ですか?
それは誤解です。非正規社員が増えた原因を小泉内閣の規制緩和のせいにする見方がありますが、実際には派遣社員は非正規社員全体の7-8%に過ぎません。非正規社員の大部分はパートタイマーと契約社員で、特に契約社員は定年退職後の再雇用で大量に生まれています。
製造業での派遣解禁は2004年に行われましたが、これは1999年に当時の厚労省でILO枠組みを結んだ際に「当分の間延期する」とされていたものが予定通り実施されただけです。役所用語で「当分の間」は最大5年を意味します。
誰かのせいで非正規社員が増えたという見方は的外れであり、経済環境の変化に対応しなかったことこそが最大の問題です。
Q. 正社員と非正規社員の格差をなくすには何が必要ですか?
両者の壁をなくしていくことが重要です。その一つの方法として「限定正社員」という概念があります。これは雇用は守られるものの、職位や勤務場所を限定する働き方です。現在もこうした社員は存在しますが、法律上の身分が明確ではありません。
例えば、転勤しないという約束で雇用された場合、その事業所が閉鎖されたらどうなるのかという問題があります。組合側は「どこかに転勤させろ」と言いますが、経営者側からすれば「転勤しないと約束しておきながら、会社に転勤させろというのは虫が良すぎる」という反論があります。
このような中間的な働き方の選択肢が増えれば、育児や介護のために転勤できない人たちにとって働き続けられる環境が整います。連合などは「雇用を不安定にする」と反対しますが、転勤できないために退職せざるを得ない女性正社員が多い現実を考えれば、むしろ雇用の安定性を高めることになります。
Q. 解雇規制緩和とはどういうことですか?本当に必要なのですか?
まず「解雇規制緩和」という言い方自体が誤解を招きます。実は日本には法律上の解雇規制はほとんどありません。労働基準法では、解雇する際には30日前に予告するか、予告なしの場合は30日分の賃金(解雇予告手当)を支払えばよいとされています。つまり法律上は1ヶ月分の賃金を払えばいつでも解雇できるのです。
しかし、昭和40年代の不況時に裁判所が独自に判例法を作り、「権利乱用の禁止」という一般法を適用して解雇を制限するようになりました。現在は労働契約法に「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当とみとめられない場合は無効」と書かれていますが、何が「客観的に合理的な理由」で「社会通念上相当」なのかの定義がないため、曖昧なままです。
必要なのは「解雇の金銭解決ルール」の導入です。これはヨーロッパで広く採用されている方式で、解雇が無効になった場合でも、一定の金銭補償をすれば雇用関係を終了できるというものです。ドイツが最初に導入し、フランス、イタリアなど主要国も採用しています。
Q. 解雇の金銭解決ルールを導入すると、簡単に解雇されるようになるのでは?
そうはなりません。保障金の金額次第であり、「金さえ払えば解雇が自由になる」というのは誤解です。現在でも労働審判や労働委員会の斡旋などで金銭解決は行われていますが、金額が低く、中小企業の労働者には不利な状況です。
裁判による解決では高額の保障金が得られる可能性がありますが、時間がかかります。一方、労働委員会の斡旋では100万円にも満たない少額の保障金しか得られないことが多いのです。
現状は非常に不公平な制度で、裁判に訴えられる資金と時間のある労働者は高額の保障金を得られますが、そうでない中小企業の労働者はわずかな保障金で解雇されてしまいます。解雇の金銭解決ルールを導入すれば、中小企業の労働者も政府が決めたルールに基づいた保障を受けられるようになります。
中小企業の労働者は現在ほとんど「解雇自由」の世界にいるのが現実です。この制度導入は、むしろ彼らを保護することになります。
Q. 解雇の金銭解決ルールがあれば、どんなメリットがありますか?
特に中高年の人の中途採用が活発になる可能性があります。中高年は能力差が大きいため、企業は「採用したが期待と違った場合に解雇できない」リスクを避けて採用に消極的になりがちです。金銭解決ルールがあれば、このリスクが軽減され転職機会が拡大します。
また、定年制の問題も解決に近づきます。定年制は年齢だけで解雇する制度で、先進国では日本だけが残している年齢差別的な制度です。アメリカでは特定の仕事ができなくなったら解雇できますが、60歳を超えても仕事ができる人を年齢だけで解雇することはできません。
日本でも、解雇の金銭解決ルールを導入し、年功賃金をより職務に応じた賃金体系に変えれば、定年制をなくしていけるでしょう。
Q. 解雇の金銭解決ルールはなぜ進まないのですか?
労働組合だけでなく、実は中小企業の経営者も反対しているからです。理由は全く逆で、中小企業では現状「首切り自由」な面があり、金銭解決ルールができると多額の保障金を払わなければならなくなり、経営が成り立たなくなるという懸念があります。
日本の労働問題は「労使対立」と言われますが、実態は大企業の労働組合と中小企業の経営者が「テーブルの下で手を握っている」状態です。両者とも現状維持を望んでいるのです。
また、労働政策審議会では労使の合意がないと法律を作れないと解釈されていますが、ILO条約は労使の意見を聞くことを求めているだけで、そこで決定しろとは言っていません。労使だけでなく、日本経済全体の観点から決めるべき問題です。
Q. 労働市場改革の具体的な方向性はどうあるべきですか?
まず解雇の金銭解決ルールを明確にし、年齢差別的な定年制を廃止することが重要です。さらに退職金制度を中立的にして、転職が不利にならないようにすることも必要です。
具体的には、退職金を毎月の賃金に上乗せするか、企業年金化して企業外に積み立てるなどの方法があります。また、多様な労働者の利益を考慮した制度設計が不可欠です。
若者にとっては様々な転職機会が増えるメリットがあり、中高年にとっても適切な保障金と転職支援サービスがあれば、より自分の能力を活かせる職場に移れる可能性が広がります。
加えて、リスキリング(職業能力の再開発)を支援する「教育休業制度」の創設も有効でしょう。現在の育児休業制度と同様に、企業は賃金を払わず、雇用保険から給付を出す仕組みです。最低1年間仕事から離れて大学などで資格を取得し、スキルアップできれば、労働者にとっても企業にとっても有益です。
「同じ企業に勤め続けることが良い」という昭和の概念を変え、自分の能力を活かせる場所に転職できる社会を目指すべきです。年功賃金を見直し、同一労働同一賃金に近づけることで、年齢に関係なく能力に応じた処遇が可能になります。