
あらゆる場面で使える経営学【岩尾俊兵】
令和のインフレ時代、人を集められる人が勝つ - 経営の視点で考える日本再興

Q. 日本は起業環境の整備において主要国の中で最下位だそうですが、その理由は何ですか?
日本が起業環境調査で低い評価を受けている最大の理由は「社会規範・文化規範」だ。子どもの頃から経営が身近でないという点が、日本の起業環境における最大の弱点となっている。多くの日本人にとって、経営は特別な人がするものという認識が根強い。
実は、起業環境調査でイスラエルも日本と同様に全体評価は低い。税金も高く、大学での起業家育成講座も少なく、ベンチャーキャピタルなどの資金も乏しい。しかし、イスラエルは人口1000万人あたりのユニコーン企業数で世界一位だ。この理由は、子どもの頃から経営が身近であるという文化的背景にある。
Q. イスラエルの成功から日本が学べることは何ですか?
イスラエルでは子どもの頃から経営者目線で考えることが一般的だ。ユダヤ教の教えであるタルムードには「種を全部自分で食べるのではなく、半分は来年のために残しておきなさい」「本を売るのは最後にしなさい」「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えなさい」など、経営的思考を促す教えが多い。
さらに、イスラエルでは幼稚園の頃から問題解決ツールを教育に取り入れている。これにより、経営的思考が社会全体に広がっている。日本も和の心を持ったビジネス国家として再興するためには、こうした経営教育を広く普及させることが重要だ。
Q. 昭和時代の日本はなぜ経済的に成功したのでしょうか?
昭和時代の日本は、世界第2位のGDPを誇り、一人当たりGDPではアメリカを上回る時期もあった。その成功の背景には、薄く広く行われていた経営教育がある。会社に入るとOJTなどを通じて経営のやり方を学ぶ機会があった。
特に製造業では、東京大学の石川馨教授が開発したQC(品質管理)サークル活動が盛んだった。QC7つ道具と呼ばれる統計学の知識を、小中学校を卒業していれば理解できるレベルに簡略化し、各職場で実践。会社を超えた意見交換も活発に行われていた。
このように、現場の問題を解決するための経営ツールと改善活動が、日本の製造業の品質向上と経済成長を支えていたのだ。
Q. 昭和の経営スタイルが現代では通用しない理由は何ですか?
昭和時代の日本の経営は「100m走」のようなものだった。ゴール(目標)は明確で、それはアメリカや西洋諸国に追いつくことだった。西洋で流行している商品(車、テレビ、クーラーなど)を作れば良かったので、あとは全力疾走するだけだった。そのための手段として、生産管理や品質管理、QCサークルなどの改善活動が効果的だった。
しかし、現代は「借り物競争」のような状況だ。先進国となった日本にとって、アメリカや西洋はもはや追いかける対象ではなく横並びの存在となった。何を作れば売れるのかを自分たちで考え、世の中に新たな価値を創造していく必要がある。
つまり、昭和型の「チェックリストをみんなで覚えよう」というアプローチではなく、世の中に価値を生み出すための問題解決思考を広める必要があるのだ。
Q. 昭和のインフレ期と令和のインフレ期では、成功する人のタイプに違いがありますか?
歴史的に見ると、経済環境によって成功する人のタイプが変わってきた。昭和のインフレ期(1940年代)には、本田宗一郎さんや松下幸之助さんのように「親父さん」と慕われ、人が集まってくるリーダーが成功した。この時代は「人が足りない経営」だったため、人を集められる人が経営でも成功した。
一方、平成のデフレ期(1985年~2011年頃)には、お金の価値が4〜5倍に上がった。この時代に有効だったのは「お金に好かれる人」「お金を集める能力のある人」だった。投資家受けするビジネスモデルを発表できる人や、生まれながらにしてお金を持っていた人(いわゆる「親ガチャ」で勝った人)が成功した。
そして現在、令和の時代は再びインフレになり、「人が足りない経営」の時代に戻りつつある。ラーメン店が「人手不足により当面の間休業します」といった張り紙をするような状況は、昔はなかった。昔は資金不足で店が潰れることはあっても、人手不足で潰れることは稀だった。
つまり、今また「人を集められる人が成功する」という歴史的転換期に入っているのだ。
Q. 日本のベンチャーが大きく成長しない原因は何にあるのでしょうか?
日本のベンチャー企業が中々メガベンチャーに成長しない原因の一つは、大企業の存在だ。大企業は新規事業開発を行う際、世の中に新しい価値を創造するよりも、すでに成功している小さなベンチャー企業のビジネスモデルを模倣することが多い。
例えば、売上10億円程度のベンチャー企業のビジネスモデルを見つけ、全く同じものを大企業ブランドで展開するケースがある。大企業の従業員は評価体系が有限で失敗が許されない環境にあるため、すでに市場で検証済みのビジネスモデルを採用する方が安全なのだ。
しかし本来は、大企業が優れたベンチャーに投資して協業する方が、双方にとって有益なはずだ。お互いが消耗し合うのではなく、協力して市場を拡大していく発想が必要だ。
Q. 経営思考を広めるためのツールとして、どのようなものがありますか?
経営思考を広めるための簡単なツールとして、「未来創造の円形」「問題解決の三角形」「視点拡大の四角形」の3つがある。
「未来創造の円形」は、自分の欲望を中心に置き、それを「奪う」から「作る」へ、さらに「自己中心(リコ)」から「利他」へと2回転換することで、周囲から応援されるビジョンに変えるツールだ。
「問題解決の三角形」は日々の問題を解決するためのツール。問題を対立構造に分解し、その背後にある究極の目的を考え、両者の視点が正しいという前提で解決策を探る。
「視点拡大の四角形」は過去の出来事をプラスに変えるためのツール。どんな出来事にも良い面があり、それを見つけ、マイナス面を取り除くための次の一手を考えることで、予想外の良い効果を生み出せる。
Q. スポーツの例から、経営思考の普及がもたらす効果とは?
経営思考を広く普及させる効果は、スポーツの例から理解できる。かつての日本サッカーは弱く、国際大会の予選で敗退する「同胞の悲劇」が語られていた。しかし、「キャプテン翼」の大ヒットによりサッカーが身近になり、多くの子どもたちがサッカーを始めた。
サッカー人口が増えると、100万人に1人の天才が育つ環境が整い、チームとして強くなっていった。同様に、バスケットボールも「スラムダンク」の影響で競技人口が増え、現在では八村塁選手のようにNBAで活躍する日本人選手が出てきている。
これと同じように、経営思考が社会全体に広がれば、より多くの人が経営的視点で問題解決できるようになる。そして、その中から天才的な発想を持つ人が現れ、それを周囲が理解し支援することで、日本を代表するユニコーン企業や大企業が生まれる可能性が高まるのだ。
