
シリコンバレーの経営者から学べること
「全てを現場に任せるのは危険」シリコンバレー企業の意思決定モデルと日本企業の課題
企業の組織経営において現場力を信頼するあまり、全てを現場に任せてしまうことは実は大きな誤解だという指摘がある。「現場力」という言葉の裏で経営者が思考停止し、部分最適に陥ってしまう危険性について、シリコンバレー企業での経験を持つ専門家が解説する。
Q. 「現場力」に依存することにはどんな問題がありますか?
「現場力」という言葉は聞こえがいいですが、これに頼りすぎると部分最適に陥ります。現場の人たちは自分たちの見えている範囲で最適化しようとするため、会社全体の投資から見たときに本当に適切かという議論がないまま物事が進んでしまいます。これでは全体最適にはなりません。
アメリカの株式市場では利益率に対してとても厳しい目が向けられています。株主が投資したお金がどれだけ価値を生んでいるかについて非常にシビアで、全体最適できないことは無能な経営者と見なされてしまいます。
「現場力」に任せると、各チームが勝手に異なる方向に進んでしまう状態になります。日本のDXでよく言われる「PoC(Proof of Concept)祭り」はまさにこの現場任せの部分最適の集合体です。これをいつまでやっても成果は出ません。
Q. 組織変革を成功させるために必要な要素は何ですか?
変革を実現するためには「リピットのスターモデル」という枠組みが参考になります。このモデルでは、組織変革には次の5つの要素が必要だとされています:
1. ビジョン
2. スキル
3. インセンティブ
4. リソース
5. アクションプラン
これらの要素が一つでも欠けると失敗します。例えば、ビジョンがない状態で他の要素があっても、部署ごとに方向性がバラバラになり失敗します。スキルがなければ不安ばかりが募り、インセンティブがなければ本気度がゼロになります。リソースがなければ担当者が疲弊し、アクションプランがなければ最初から失敗します。
これが「現場力任せ」の状態では、ビジョンは不明確で、スキルの有無も分からず、他の要素も不透明なままです。こうした状況では成功は難しいでしょう。
Q. 日本企業の収益性の課題は何ですか?
近年の経済産業省の調査によると、日本企業の海外拠点は売上を伸ばしていますが、大きな問題は利益率の低さです。製造業・非製造業ともに5%以下という低い利益率になっています。
一方、テクノロジー企業などでは30%を超える利益率を出しています。もちろん、ハードウェア製品を扱う企業がすぐに同等の利益率を出すことは難しいですが、それにしても差が大きすぎます。
例えばテスラは、完全にハードウェアビジネスでありながら、工場の自動化を進め、そのロボットを動かすソフトウェアにもプロダクトマネージャーを置いて、生産性向上を図っています。このような工夫が利益率の違いにつながっているのかもしれません。
Q. シリコンバレー企業の意思決定の質を高める要素とは?
シリコンバレー企業では、意思決定の質を高めるために6つの要素を重視しています。これは「意思決定エンジニアリング」あるいは「意思決定サイエンス」と呼ばれる分野です。
1. 適切な意思決定のスコープ
2. 意思決定がもたらすインパクトの明確化
3. 実現可能なオプションの洗い出し
4. 直感に依存しない信頼できる情報・データ
5. ロジカル・クリティカルシンキングによる解釈(バイアスの排除)
6. 組織の上から下までコミットしてやり切る
これらの要素が一つでも欠けると、意思決定の質は低下します。例えば、シリコンバレーのテック企業では、これらの要素について徹底的に訓練され、実践されています。プロダクトマネージャーは全員これができるように鍛えられており、もし一つでも欠けていれば、上の人たちから指摘されます。
Q. 経営者のリスキリングについてどう考えますか?
日本ではリスキリング(再教育)が従業員向けの文脈でよく語られますが、なぜ経営者のリスキリングについて議論されないのでしょうか。現場の人だけがどんどん新しいことを学び、賢くなると、自分の会社の現実と世界の最先端のギャップを感じるようになります。これは従業員のモチベーション低下につながる可能性があります。
トップの人も一緒に学ぶことで、組織としてどう新しくしていくかという健全な議論ができる土壌ができます。経営者が質問に答えられるようになることが重要で、例えばマイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、データセンターの電力の話からAIのソフトウェアの話まで全部自分で語ることができます。このような経営者が増えると、日本も変わるでしょう。
Q. 日本企業はどのように変わるべきでしょうか?
日本のスタートアップが増えてきているのは喜ばしいことですが、小さくまとまってほしくありません。海外で成功している企業は、前述の6つの要素を意思決定に取り入れています。組織が小さいうちからこれらの要素をOSに組み込んでいくことが重要です。
外資コンサルタントの活用は否定しませんが、依存しすぎず、丸投げもせずに活用することが大切です。結局のところ、経営者を含めた組織全体がもっと勉強し、科学的な意思決定の仕組みを導入する必要があります。
日本はこれから先の世代に誇れる国になってほしいと思います。そのためには、早く気づいて、歩みを進めていくことが必要です。
