
BBCキャスターからみたメディア報道の現在地
メディアの変化とテレビの未来 - 日本人初のBBCレポーターが語るデジタルシフトの真実
英国公共放送BBCで活躍する大井真理子氏が、メディア業界の激変と公共放送のデジタル戦略について語った。テレビ離れが加速する中、大手メディアがどのように変革しているのか、そして情報の信頼性はどう担保されるのか—現場からの貴重な証言をQ&A形式でお届けする。

Q. 近年のメディア環境の変化について、どのような実感がありますか?
テレビ離れは本当に加速しています。特に若者世代は既にテレビを見なくなっています。イギリスでは日本よりもかなり前からこの傾向が顕著でした。では若者はどこでニュースを得ているのか。TikTok、YouTube、Instagramなど、国によって人気のSNSは異なりますが、いずれにせよテレビや新聞ではなくなっています。
私たち側もそうした流れに対応せざるを得ませんでした。TikTokの動画を制作したり、YouTubeチャンネルを運営したりと、「デジタルファースト」という考え方が浸透して既に数年が経ちます。
Q. 取材現場での優先順位はどう変わりましたか?
記者の立場からも大きな変化がありました。以前は夕方7時のテレビ番組が最優先でした。現場に行けばその番組のために必ず中継やパッケージを作ることが求められていました。
しかし今は逆転し、ウェブサイトのライブページが最優先になっています。常に更新されているページに、現場からリアルタイムで情報を送ることが最も重要な業務になりました。立場が完全に逆転したのです。最初に入社した頃は「ウェブサイトの記事も書きたければ書いていいよ」程度だったのが、今では「ウェブサイトの記事が先」という考え方に変わりました。

Q. いつ頃からそうした戦略シフトが始まったのですか?
5〜6年前だったと思いますが、BBCの会長が「デジタルファースト」を宣言しました。この方針転換は採用方法にも影響しています。
社内での昇進面接は1対3の厳しいものですが、以前は「このニュースがあった時にテレビでどういうパッケージを作るか」「どういう映像を使うか」といった質問が中心でした。今はむしろ「どれだけ早くデジタル・ウェブサイトに情報を送れるか」が問われます。このように採用基準も大きく変わりました。
Q. 日本のメディアとの違いをどう感じますか?
日本はまだテレビの影響力が強いと思います。世界的な平均と比較すると、日本のテレビ離れは遅れていると感じます。
一方で興味深いのは、BBCの元幹部たちが独自のYouTubeチャンネルを立ち上げるなど、新しい動きも見られることです。むしろ日本は、後発であることを活かして先端を行く可能性もあるのではないでしょうか。

Q. 従来のメディアと新興メディアの住み分けはどうなっていますか?
同じ土俵で競争していますが、BBCのような大手メディアには明確な強みがあります。それは記者の数と専門性です。世界中でニュースが起きた時、その現場に既に記者がいて、そこに住んでいたり、そこ出身の人材がいたりするのは大きな強みです。
2011年の東日本大震災の時、私は当日に日本に飛んで帰国しました。最初の中継でメルトダウンの話が出た時、私はまだ飛行機から降りたばかりで状況を把握していませんでした。しかしチェルノブイリ事故のエキスパートが社内にいたため、すぐに必要な情報を送ってもらえました。このようなリソースの厚さは大手メディアの強みです。
Q. フェイクニュース対策はどうしていますか?
数年前からファクトチェックチームを立ち上げています。以前から視聴者が送ってくる映像をチェックするユーザージェネレイテッドコンテンツのチームはありましたが、それに加えて「BBCベリファイ」という専門チームを作りました。
例えば「ここに爆弾が落ちた」と伝えられている映像が本当にその場所のものかを、太陽の角度や山の斜面などを比較して検証します。このようなチームを作って真偽をチェックする体制を、特に選挙が多かった今年は強化しました。
私自身、10歳の長女の友人からニュースについて質問されることがあります。スマートフォンで見た情報が正しいか確認を求められるのですが、子どもたちが見れば信じてしまうような映像が多く出回っています。
記者としても母親としても、子どもにどう伝えるべきか考えています。「それは本当じゃないから信じてはだめ」と言っても反発されるだけなので、正確な情報かどうかを確認する方法を教えていくことが大切だと思います。

Q. 今後のキャリアについてどのような展望を持っていますか?
育児との両立を考えながら、自分が何をしたいのか最近よく考えています。若い人の就職相談では「5年後、10年後何になりたいか」と聞くのですが、自分自身が50歳、55歳になった時に何をしていたいのか考えています。
報道は大好きですが、報道だけでは変わらない部分もあります。特に女性活躍に関する番組を多く制作してきましたが、それだけで本当に変化が起きるのか疑問に思うこともあります。もう一歩進んだ番組作りか、次世代の若い方たちのキャリア支援か、英語学習のサポートか、報道以外の分野にも挑戦したいと考えています。
今後も拠点はシンガポールになりそうです。3人の子どもが学校に通い始め、英語がメインの生活になっていることもあり、日本への帰国は難しい状況です。
