
Z世代とのSNSは絵文字禁止?
Z世代とおじさん世代のコミュニケーション問題、解決のカギは?
世代間のコミュニケーションギャップは時代を問わず存在しますが、特にZ世代と上の世代とのSNSでのやり取りには独特の課題があります。「(笑)」や絵文字の使い方一つで生じる違和感から、権力構造が見え隠れする世代間の関係性まで、コミュニケーションの複雑さを専門家が解説します。


Q. Z世代は「(笑)」や絵文字に違和感を感じるのはなぜ?
Z世代の間では、コミュニケーションの簡略化が進んでいます。かつての手紙では長い挨拶から始まり、メールでは「お疲れ様です」などに簡略化され、LINEやSlackではさらに挨拶なしで本題から入るスタイルが主流になっています。
コミュニケーションの進化の過程で、不要な要素がどんどん削ぎ落とされているのです。「(笑)」や絵文字の多用は、このシンプル化の流れに逆行していると感じられるため違和感を生じさせます。
特に、「笑」や「汗」といった表現は、実際の感情を表すというよりも、メッセージの「重さ」を軽減するために使われることが多いのが特徴です。例えば「〇〇に一緒に行かない?(笑)」というテキストでは、断られたときの心理的ダメージを減らすクッションとして「(笑)」が機能しています。
Q. なぜ「おじさん構文」は若者に嫌われるのか?
「おじさん構文」が問題視されるのは、単に絵文字や「(笑)」を使うことではなく、その背後にある権力関係が関係しています。年上の人や地位のある人からのフレンドリーなメッセージは、若者にとって「無視すれば怒られそう、返せば調子に乗られそう」というジレンマを生み出します。
麻布競馬場氏は「おじさん構文において絵文字に罪はない。おじさんであることが罪なのではなく、自然と権力関係を感じさせる立場でありながら、いかにも親しげなコミュニケーションをとることが問題」と指摘しています。
つまり、若者にとって「おじさん構文」とは、年長者からの権力行使のように感じられるコミュニケーションなのです。
Q. 上の世代が若い世代とコミュニケーションをとるコツは?
麻布競馬場氏は「基本的には、若い世代に自分から連絡しないというマイルールを決めている」と語ります。上の立場の人が「フラットにしよう」と言った瞬間に、負荷がかかるのは下の立場の人だからです。
コミュニケーションを取ること自体に権力勾配が発生しうるという認識を持つことが重要です。もしコミュニケーションを取るのであれば、「ここには権力勾配があるよね」ということを一旦受け入れ、そこにないふりをしないほうが、受け取り手にとって心地よい場合もあります。
黒岩里奈氏は「後輩からタメ口を聞かれて嬉しい自分がいるが、多分彼女もそれを分かった上でやっていると思うと、夜寝る前に落ち込む」と自身の経験を語ります。世代間の関係性を考慮したコミュニケーションの難しさを示す一例です。
Q. コミュニケーションの負担はどうやって軽減できる?
コミュニケーションを軽くする方法の一つは「社会契約」です。同じクラスや部活など閉じたコミュニティでは「みんなで余計な気遣いはやめよう」と合意形成ができます。しかし異なる世代間ではこれが難しいのが現実です。
麻布競馬場氏によれば「コミュニケーションを重たくするのは優しさと気配りなのです。お互いにこの文章そのまま送ったら傷つけるかな、向こうが手厚く送ってくれたから自分も返さなきゃという気持ちで、必要以上にコミュニケーションが重たくなる」と指摘します。
つまり、若者たちが絵文字や丁寧な表現を省くのは、コミュニケーションコストを下げようとする合理的な選択なのです。
Q. 最終的にはどう接するべき?
世代が違うことを受け入れることが第一歩です。「若者に通じる言葉だけをメディアで話していても若者にしか通じない」と麻布競馬場氏は指摘します。一つの話し方しかできない人は一部の人にしか通じないのです。
世代の違いを踏まえた上で、「世代が違うからこそ取れるコミュニケーションがある」という視点が重要です。麻布競馬場氏は「古い世代の我々が新しい世代とどうコミュニケーションをとるかではなく、間違った世代の我々が自分たちより正しい世代とどうコミュニケーションをとればいいか、自分たちはどう変わればいいかという視点を持つべき」と提案します。
「おじさんの腰が低くなることが、世代間ユーモアの最初の一歩」というのも示唆に富んだ指摘です。
Q. なぜコミュニケーションは難しいのか?
「痛みを伴わないコミュニケーションは絶対にない」と麻布競馬場氏は言います。コミュニケーションにおいては、どちらかが必ず我慢しています。それが自分なのか、相手なのか、そしてその痛みをどう扱うかが重要です。
同世代であれば痛みをうまく処理し合えますが、世代が違うと「正しさ」も違ってくるため、痛みの大きさや押し付け方に違いが生じます。コミュニケーションが痛みを伴うことを認識し、それをお互いに押し付けないように配慮する気持ちが一番大切なのかもしれません。
Q. 「コミュ力」とは本当に良いものなのか?
一般的に「コミュ力が高い」と称賛されがちですが、麻布競馬場氏は「世間でいうコミュ力とは、人に痛みを押し付けることがうまい人であることが多い」と指摘します。「自分の要望を通しやすい」「自分がいいように決着させられる」といった能力が「コミュ力」として誤解されがちです。
本当のコミュニケーション能力とは何かを問い直す必要があります。自分のためだけのコミュニケーションではなく、相手との関係性を考慮した上での適切なコミュニケーションが求められているのです。
