PIVOT TALK BUSINESS
後編:歴史上 人を馬鹿にする奴はろくな奴じゃない
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2022年10月19日

マネー、キャリアなど、各業界の最前線で活躍するトップランナーにスキルセットとマインドセットを学ぶトーク番組
「令和はカルバン時代」現代社会を神学史に学ぶ
深井龍之介氏と三浦崇宏氏による対談から見える、歴史の循環と現代人の生き方
Q. 現代社会は歴史的にどのような時代に似ていますか?
カルバン時代です。歴史的に見ると、中世のカトリック教会が特権を持ち権威を振るっていた時代、その教会が民衆を従えて税金を取りながら私腹を肥やしていました。しかし十字軍の失敗やペストの流行により、教会の権威が落ちていきました。
それに対してルターが「教会が決めるな、聖書に書いてあるではないか」と異を唱え、「各人が神と繋がり、それぞれの救済がある」という考えを広めました。その後にカルバンが登場し、「救済はあるが、それが自分に訪れるかどうかは分からない。神が最初から決めている。それは人間には分からないのだから、目の前のことをやるしかない」という思想を説きました。
現代社会も特権を持つ人たちが批判され、世界が後退し、個人個人が重要視される時代となりました。そして今、「もう神(または何か大きなもの)が決めているから、それはあなたには分からない。分からないけれど、やることは他にないから、目の前のことをやるしかない」という状況に似ています。
Q. カルバン的な考え方は現代の生き方とどう関連していますか?
カルバンの教えでは「救済があるかどうかは神が決めていて、人間には分からない。だからとりあえず目の前にあることをやるしかない」と説きました。これは現代人の「自分の人生がどうなるか分からないけれど、目の前のことを一生懸命やるしかない」という感覚と非常に似ています。
例えば「自分が1人になっても続けられることだけやればいい」という考え方も、カルバン的な発想です。選択の自由があるように見えて、実は自分では選べないという認識。「なんだか分からないけれど、この場所に配置されて、この仕事をすることになった。それも選べないし、どうしようもない」という諦観を持ちながらも、目の前のことに取り組む姿勢は、カルバンの思想と通じるものがあります。
Q. 有名になることについて、どのような恐れがありますか?
有名になることは恐ろしいことです。なぜなら、それは自分でコントロールできないからです。「ろくなことが起こらないだろうな」「一瞬いいことが起こって、その後は全てろくなことがない」という不安があります。
有名になると精神的な準備ができていないうちに注目され、失敗するリスクが高まります。しかも有名になって失敗するのは3回もできるものではありません。また、自分の本来の目的(例えば古典の研究や普及)のためになるかどうか疑問です。
さらに「表に出たくない」「芸能人に会いたいとも思わない」など、本心では影のような存在でいたいと思っている人が、有名になるという矛盾に苦しむことになります。
Q. 人は「絶対やらない」と言ったことをなぜやってしまうのですか?
人は「絶対やらない」と強く否定することを、実は心のどこかでやりたいと思っている場合があります。その欲求を自分で認知しているからこそ、自分を制するために「絶対やらない」と強く言い聞かせるのです。
例えば「筋トレは絶対やらない」と言っていた芸能人が後に熱心に筋トレをしたり、「テレビのコメンテーターは絶対やらない」と言っていた人が後にそれをやるようになったりします。
自分で「有名になりたくない」と強く否定すればするほど、心のどこかで有名になることを意識していると言えるかもしれません。私たちは「自意識を持っているが、それを押し殺せるほど賢くもない」存在なのです。
Q. 「調子に乗る」ということはどういう現象ですか?
「調子に乗る」というと、人が意識して何かの乗り物に乗っているように思われがちですが、実際はそうではありません。むしろ地面そのものが押し上げられて、自分が高いところに位置してしまうような現象です。
「調子に乗りたくない」「降りたい」と思っていても、それは自分の意思ではコントロールできないものです。周囲の環境や社会の動きによって、自分が意図せず「調子に乗った」状態になってしまうのです。
歴史上で「調子に乗ってダメになった人」を愚かだと思っていても、実際に経験してみると、普通の人間にはこれに抗う力がないことが分かります。高く登ってしまった地平から降りるには、誰かに突き落とされるか、自分の意思で飛び降りるしかありません。
Q. メディアの影響力をどう考えるべきですか?
メディアを通じて発信する内容が、想定した通りに伝わるとは限りません。特に影響力のある人は、発言が社会に与える影響について自覚を持つ必要があります。
例えば、古典ラジオのような長時間の番組は、一定の知的体力がないと聴き続けられないため、「聞きやすくしない」というハードルを意図的に設けています。これは表面的な消費を避け、本当に興味を持った人だけに届けるための工夫です。
一方で、テレビのような短時間で消費されるメディアでは、発言が切り取られて誤解を招く恐れがあります。そのため「批判的なことを言わない」「誰も悪く言わない」といった自制が必要になります。
しかし現在は、YouTubeやポッドキャストなども「ながら視聴」されることが多く、従来の「消費されるメディア」と「丁寧に摂取されるメディア」の境界も変化しています。結局は「分からないことを前提に考え抜いて投げ込んでいくしかない」という結論になります。
Q. 幸福とは何だと思いますか?
お金を持っているからといって、必ずしも幸福というわけではありません。悲しそうな金持ちはたくさんいます。例えば宇宙まで行ったような著名な大富豪が「何をしている時が一番楽しいか」と聞かれて「Twitter」と答えたという話があります。
人間は、自分自身が熱狂できることに取り組んでいる時、「何が幸福か」「他の人よりも自分は幸福ではないのか」ということを考えずに済みます。面白い映画を見ている時、好きな仕事をしている時、おいしいものを食べている時などがそうです。
「自分のやっていることが世の中にどれくらい影響を残すか分からないけれど、目の前のことに熱狂できている」という状態が、幸福に近いのかもしれません。それはまさに「カルバン的」な生き方と言えるでしょう。
Q. 歴史から学べる現代人の生き方とは?
歴史を見ると、私たちは自分の意思で何かを選べると思いがちですが、実際はそうではない場合が多いことが分かります。「調子に乗る」ことも、「有名になる」ことも、自分でコントロールできないことが多いのです。
それでも「分からないことを前提に考え抜いて投げ込んでいく」しかありません。自分がどう死ぬかを想像しながら生きていくしかないのです。イエスが自分の処刑を予見しながらも進んだように、予測できる未来に向かって覚悟を持って進むことが求められます。
「答え合わせはまだ先」であり、自分の人生が今うまくいっているかどうかは、他の人と比べても意味がありません。今は評価されなくても100年後に評価されるかもしれないし、その逆もあり得ます。そうした不確かさを受け入れつつ、目の前のことに熱狂できる瞬間を増やしていくことが、現代を生きる知恵と言えるでしょう。