
クラシコムの「熱狂しない経営」
20期連続増収増益の裏側にある「熱狂しない経営」の真髄——クラシコムが実践するMC²戦略と超合理的思考法
「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムは、創業以来20期連続で増収増益を達成し、約100人の組織規模で売上高100億円を稼ぎ出す驚異的なビジネスモデルを築き上げた。
派手なブームや過度な熱狂を追わず、極めて冷静かつ合理的に事業を成長させてきた同社の根底には、独自の経営哲学が存在する。
商材と接点を掛け合わせる成長構造から、プラットフォームに支配されないIPの確立、さらには株式市場との向き合い方まで、代表取締役社長の青木耕平氏が語る持続可能な成長のメカニズムを解き明かす。

Q. 20期連続で増収増益を達成し続けられた最大の要因である「MC²戦略」とはどのような仕組みなのか?
持続的な成長を可能にした最大の要因は、マルチカテゴリーとマルチチャネルを掛け合わせた「MC²戦略」の確立にある。
マルチカテゴリー化とは、ヴィンテージ食器の販売から出発し、アパレルや化粧品、食品、家具へと提供価値を着実に広げていく取り組みを指す。
インテリア雑貨に限定されていた対象市場を生活全般へと広げたことで、アプローチ可能な市場規模は10年間で5倍から6倍にまで膨らんだ。
一方のマルチチャネル化は、Webサイトだけでなく各種SNSやアプリ、動画配信など多様な媒体で接点を積み上げ、約1200万のアカウント接点を獲得する展開である。
広大な市場に対して実際にアクセスできる顧客基盤を構築したことで、事業規模も10年で約10倍へと急成長した。
特筆すべきは、新規顧客の獲得を焦って流行の飛び地へ進出するのではなく、既存顧客の生活ニーズ起点で品揃えを拡張してきた点である。
百貨店の外商のように「この雑貨を好む顧客であれば、どのような衣服や化粧品を求めるか」を徹底的に逆算して商品を開発してきた。
提供価値とチャネルは多様化させつつも、ブランドコンセプトは「日常にひとさじ分の非日常を」という単一の世界観を貫いている。
エッジを立てすぎない普遍的な世界観を守り続けた結果、顧客層は従来の30代から40代にとどまらず、20代から70代にまで広がり、人口動態の変化にも耐えうる頑健な構造が完成した。
Q. 特定のメディアに依存せず、あらゆるチャネルでファンを惹きつけるIP戦略はどのように成り立っているのか?
多くのメディア企業が特定のプラットフォームのアルゴリズムに最適化しがちな中、クラシコムは全チャネルで一貫した非言語のトーン&マナーを維持している。

ロゴや名称がなくとも「この世界観は北欧、暮らしの道具店だ」と直感できるクリエイティブの統一性が、プラットフォームの壁を越えたファンの回遊を生み出す。
人間の本能や射幸心を刺激する刹那的なコンテンツはプラットフォームの外へ波及しないが、安心や希望といった情緒的価値を提供するコンテンツは媒体を選ばない。
自社制作ドラマ『ひとりごとエプロン』がYouTubeで1000万回再生を超えた後、AmazonプライムやU-NEXTなどの外部サブスク配信でも上位にランクインした事例はその象徴である。
この高いクリエイティブ水準を維持する秘訣は、明文化された規則に依存しない組織運営にある。
規則でクリエイティブを縛ると全体の品質が下限値に揃ってしまうため、熟練ディレクターとの丁寧な対話と長期勤続による徒弟的な伝承を重視している。
さらに、各チャネル専業の担当者を配置しないというユニークな運用方針をとっている。
バイヤーや広報が兼任で発信を担うことで、目先の再生数ハックやKPI至上主義に陥る事態を防ぎ、ブランドの純度を損なわずに多面展開を実現している。
Q. 社員約100人で売上100億円を達成する並外れた高生産性はどのような工夫から生まれているのか?
高い労働生産性を支える第1の要因は、採用と開発の徹底した内製化にある。
自社の熱心なユーザーやファン層から価値観の合致した人材を採用しているため、離職率は3%から4%程度と極めて低く、現場の業務知見が自然と蓄積され、意思決定の手戻りも防止される。
加えて、社内で使用する基幹システムを自社エンジニアが内製開発しているため、単なる運用ルールの改善を超えた根本的な業務効率化を迅速に実現できる。
マーケティング面でも広告運用を完全に内製化し、広告費の大半を公式アプリのインストール促進に集中させた。
全コンテンツと商品を統合して体験できるアプリを中核に据えた結果、売上の約8割がアプリ経由となり、高い顧客ロイヤルティと購買頻度を維持している。

第2の要因は、子育て世代の能力を最大限に引き出すフルリモートワークの徹底である。
社員の約8割を女性が占め、マネジメント層の多くが未就学児を育てる母親という組織特性において、出社強制は深刻な戦力損失を招く。
通勤による2時間の拘束をなくすことで、短時間勤務に甘んじることなくフルタイムで高い成果を発揮できる環境を整えている。
効果が計測できない「オフィスでの偶発的な雑談による一体感」よりも、確実に計測可能な労働時間の確保を優先する冷徹な合理主義が、少数精鋭の高効率経営を可能にしている。
Q. 業績成長に対して株価が伸び悩む株式市場の課題にどう向き合い、どのような資本政策を講じているのか?
上場後に売上高が倍増しEBITDAマージン15%以上を維持しているにもかかわらず株価の上昇が限定的である背景には、市場における流動性の不足が存在する。
創業者の持分比率が高いうえに、長期保有を前提とする機関投資家が浮動株の多くを保有しているため、日々の取引株数が極端に少なく新規投資家が参入しづらい構造となっていた。
しかし、青木氏は上場した事実を一切後悔しておらず、外部の規律が働くことで経営者の怠惰や独善が排除される透明性の高さを「清々しい」と肯定的に捉えている。
この流動性課題を打破するために考案されたのが、ToSTNeT-3を活用した革新的な自己株式取得スキームである。
フリーキャッシュフローの最大50%を株主還元に充てる基本方針のもと、時間外市場取引で創業者自身が保有株の売却に応募し、会社が取得した自己株を10年以上かけて段階的に消却していく。

発行済株式総数を長期的に減らすことでEPSを着実に押し上げ、創業者比率を引き下げつつ将来的な株式分割で流動株数を増やす計画である。
さらに、奨励率100%という異例の従業員持株会を導入し、社員が日々の株価の上下動に惑わされず安心して長期的な企業価値向上に集中できる環境を整えた。
顧客のファン心理に甘えて株式購入を煽る安易な手法を退け、純粋な金融商品としてフェアに投資家と向き合う姿勢を貫いている。
Q. 複雑な経営課題を源流から解決する思考法と、AI時代における新たな業務構造のビジョンとはどのようなものか?
物事の本質を捉える思考の原点には、SF小説『銀河英雄伝説』の「戦術は戦略に従い、戦略は政治に従い、政治は経済(利用可能な資源)に従う」という命題がある。
利用可能なリソースを見据えた最上位の枠組みで無理のない意思決定を行えば、下流の現場で失敗を取り繕う無駄な労力を払わずに済む。
AIが論理的で細分化された分析を代替する時代だからこそ、複雑な事象を抽象化せずに丸ごと捉え、適切なアナロジーで伝達する文系的・人文的な洞察力が不可欠となる。
この思想は、AI時代を見据えた最新の業務インフラ改革にも色濃く反映されている。
クラシコムでは全社プロジェクトの業務プロセスや履歴をGitHubのリポジトリに集約し、AIをインターフェースとして業務を進める体制への移行を推進している。
Slackでのコミュニケーション履歴の閲覧にとどまらず、誰がどこでどのような意思決定を行い業務を更新したかという「変更履歴そのもの」を直接可視化する狙いがある。
人員削減を目的にするのではなく、1人の社員が5人分の能力を発揮できる拡張基盤として技術を導入し、業務全体をソフトウェア開発のように管理する先進的な組織モデルを構築している。