
AI時代の株式市場:松本大マネックスG会長
AI時代に問われる「創造」への資本配分──マネーをキャピタルへ変える意志が日本経済を覚醒させる
人工知能(AI)の急速な台頭は、資本市場の構造そのものを根底から揺さぶり始めている。
これまで市場で重宝されてきた情報収集や緻密なデータ分析は、AIが人間を凌駕する速度と精度で担えるようになり、分析作業自体の希少価値は急速に薄れつつある。
そうした地殻変動のなかで新たに浮上しているのが、未踏の領域に果敢にリスクを取って資本を投じる「意志」の重要性である。
世界的に資金そのものは余剰しているにもかかわらず、巨額の投資を要する先端産業ではリスク資本が決定的に不足している。
日本企業が激変するグローバル競争を生き抜き、持続的な成長を実現するために、資本市場や経営者はどのような変革を遂げるべきなのか。
マネックスグループ会長の松本大氏の知見をもとに、AI時代の資本市場の本質と日本再生への処方箋を解き明かす。

Q. AIの進化は資本市場における価値の源泉をどう変えるのか?
AIが最も得意とする領域は、膨大な情報の網羅的な収集と高度な分析処理である。
かつての資産運用や投資判断においては、情報をいち早く集めて的確に分析できる能力こそが最大の競争優位であり、付加価値の源泉であった。
しかし、その一連のプロセスをAIが誰よりも迅速かつ正確に実行できるようになった現代において、既にあるものを評価・分析する行為の相対的価値は劇的に低下している。
分析作業がコモディティ化する結果として、相対的に価値が跳ね上がるのがゼロから新しい事業や価値を創り出す「創造」の営みである。
資本市場が本来持っている機能は、既得の資産価値を測る「価格発見」と、未来の可能性に資金を配分する「事業創造の支援」の2つに大別される。
分析作業が平準化された未来の資本市場では、単なる既存資産の評価ではなく、未踏のリスクを背負って新産業を育てる創造支援機能こそが主役に躍り出る。
どの未知領域にリスクを取ってリソースを振り向けるかという「人間の明確な意志」こそが、これからの市場で最大の決定打となるのである。
Q. 金余りの世界でなぜリスクを担う「キャピタル」は枯渇しているのか?

現代の金融環境を正確に捉えるには、単なる流動性である「マネー」と、リスクを伴って未来の創造に投じられる成長資金「キャピタル」を明確に区別しなければならない。
世界的な金融緩和の継続により市場にはマネーそのものが溢れかえっているが、実際にリスクを背負って投じられるキャピタルは深刻な争奪戦に陥っている。
一般的な預貯金者の保守的な資金は、果実を得るまでに10年以上の歳月を要する宇宙開発や最先端半導体の研究開発には決して直接向かわない。
限られたリスク資本プールに対してAIや宇宙といった超巨大な開発資金を要する領域が登場したことで、激しい資本の偏在が起きている。
米国の顧客企業が外部コンサルティング費用を削り、自社内のGPU調達やAIインフラ投資に資金を振り向けた事象は、リスクマネーの有限性を如実に示している。
中央銀行が通貨を増発しても生み出されるのは受動的なマネーにすぎず、それを意志あるキャピタルへと変換する「キャピタリスト」の介在が今まさに求められている。
Q. 巨額の先端投資が求められる時代において政府が果たすべき真の役割とは何か?
開発規模が天文学的に膨らみ、収益化までに超長期を要する先端分野では、もはや民間単独で初期の巨大リスクを背負い切ることは困難である。
巨大なファンド資本を有する米国ですら政府が半導体産業等に直接介入しており、ましてや資本蓄積で劣る他国であれば公的なリスクテイクは不可欠な戦略となる。
したがって、国家が成長分野へ財政出動を行う方針そのものは、緊縮財政による投資縮小の過ちを回避する極めて妥当な選択肢である。
ただし、政府が留意すべきは自ら特定の勝ち馬企業を選別できると過信しない姿勢である。
官僚組織に個別の事業目利きを担う十分な専門人材が不在である以上、政府の本質的な使命は民間投資を誘発する「呼び水」に徹することにある。
例えばペロブスカイト太陽電池のような革新技術に対し、国が最初の顧客(アンカークライアント)となって市場の立ち上がりを保証する手法が効果的である。
政策の成果指標(KPI)は投入金額の多寡ではなく、投じた公的資金に対して何倍の民間キャピタルを呼び込めたかという乗数倍率に置くべきである。
Q. 日本企業を進化させるために「物言う株主」やキャピタリストがなぜ不可欠なのか?

静かに沈黙するマネーとは対照的に、経営陣に規律と対話を求める能動的な存在が「物を言うキャピタル」である。
経営者は外部からの健全な刺激や緊張感がなければ、往々にして前例踏襲や現状維持の安きに流れてしまう宿命を抱えている。
アクティビストやプライベートエクイティなどのキャピタリストは、経営者と膝を突き合わせて資本配分の歪みを正す重要な触媒として機能する。
低収益な既存事業に滞留している資本を整理し、時代に即した高成長領域へと振り向ける対話は、単なる一時的な株価引き上げにとどまらない意義を持つ。
東京証券取引所の市場改革などを契機に、日本企業でも資本コストやROEを意識した経営が急速に浸透しつつある。
投資家が求める資本コストのハードルが上がることで、無駄な資本投資が抑制され、真に生産性の高い事業へ資源が集中する好循環が生まれる。
歴史上の渋沢栄一がそうであったように、摩擦を恐れずに資本の新陳代謝を迫るキャピタリストの存在こそが、企業ひいては日本社会全体を強靭にするのである。
Q. 日本企業がAI時代に国際競争力を取り戻すために打破すべき構造的課題とは何か?

AIが既存の選択肢を容易に比較・探索できる現代において、経営者の役割は好機を「探す」ことではなく自らの手で「創る」ことへと変貌した。
高度経済成長期の日本企業のように、未だ世にない製品や市場をゼロから構想するハングリー精神を再燃させなければならない。
仮に経営陣自身に創造の資質が欠けているのであれば、創造力に富む優秀な若手人材を登用し、大胆に権限を委譲する組織構造への転換が急務である。
しかし、その変革を根底で阻んでいる最大の構造障壁が、霞が関と民間企業に色濃く残る硬直的な年功序列制度である。
プロスポーツ組織が年次を排して能力のみで布陣を敷くように、完全な実力主義(メリトクラシー)へ人事の舵を切らなければ世界に伍していくことは不可能である。
例えばSakana AIのような新興勢力が成果を挙げている背景には、旧来の管理職基準に縛られず、高度専門人材に対して正当な市場価値報酬を支払う決断がある。
横並びの給与体系を打破して専門人材を正当に処遇し、金利上昇のプレッシャーを受け止めながら自ら資本配分を担う小規模なキャピタリストの意識を全員が持つことこそが、日本経済再生の鍵を握る。