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【日本人のルーツ】謎の「第3の集団」
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2026年9月29日

日本人のルーツに関する新仮説が注目されている。日本人の祖先として、縄文人でも弥生人でもない「第3の集団」が存在した可能性が、最新のゲノム解析によって明らかになってきたのだ。金沢大学 古代文明・文化資源学研究所 准教授の覚張隆史氏に解説してもらった。 <ゲスト> 覚張隆史|金沢大学 古代文明・文化資...
日本人のルーツを覆す「第3の集団」とは?ゲノム解析が暴く古代史の真実
日本人の起源といえば、古くから列島に暮らしていた「縄文人」と、大陸から稲作技術を携えて渡来した「弥生人」が混血したとする「二重構造モデル」が定説とされてきた。
しかし近年、古代人骨から直接DNAを解読するゲノム科学の飛躍的な進歩により、この常識が根本から揺らぎ始めている。最新の研究が浮かび上がらせたのは、古墳時代以降に突如として列島へ流入し、現代日本人の遺伝的基盤に決定的な影響を与えた「謎の第3集団」の存在である。本稿では、古代ゲノム解析の第一人者である覚張隆史准教授の最新研究をもとに、従来の歴史観を塗り替える日本人の真のルーツを解き明かす。

Q. なぜ今、日本人の起源に関する定説が科学的に覆りつつあるのか?
最大の契機は、古代人骨から全ゲノム(約30億塩基対)を高精度に復元するバイオテクノロジーの革新である。
15年ほど前までの技術では、損傷した古代DNAから解読できる配列はわずか100塩基対程度にとどまり、ミトコンドリアDNAなどの限定的な情報から大まかな集団比較を行うのが限界であった。しかし次世代シーケンサーの実用化と、微量かつ極度に断片化したDNA配列をつなぎ合わせる基礎研究が結実したことで、個体レベルでの精密な全ゲノム解析が可能となった。この解析手法の劇的な進化により、遺跡から出土した人骨同士の血縁関係や系統の分岐を、数十万から数百万カ所のアレル頻度を用いて個体単位で比較できる環境が整った。
その結果、従来の考古学的手法や不完全なDNAデータでは判別できなかった歴史のダイナミズムが、客観的な分子データとして可視化されるようになったのである。長年信じられてきた縄文人と弥生人の二重構造モデルは、いまや多層的かつ複雑な「三重構造」あるいはそれ以上のモザイク構造へと改訂を迫られている。
Q. 旧石器時代から縄文時代にかけて、日本列島にはどのような人々が暮らしていたのか?

日本列島への人類の定住は、出土した石器の分析から約3万年以上前の旧石器時代に始まったと考えられている。その流入経路としては、サハリン経由の北ルート、朝鮮半島から九州へ至る西ルート、そして南西諸島を北上する琉球列島ルートの3方向が想定されている。
当時の石器の特徴を分析すると、特に北側の大陸集団からの影響が色濃く現れている点が注目される。その後に続く約1万6500年前からの縄文時代の人々は、現代の東アジア集団とは際立って異なる遺伝的プロファイルを保持していた。北京近郊の田園洞遺跡から出土した約4万年前の古代人骨と遺伝的な近縁性を示し、極めて古い時代の系統を色濃く残していたことが判明している。本州の酸性土壌では骨が分解されやすいため旧石器時代人骨のゲノム解読は困難を極めるが、石灰岩地帯である沖縄の港川遺跡などの分析が進められており、縄文人の直接の祖先像をめぐる探求は現在も続いている。
Q. 「弥生人」は単一の集団ではなく、多様な系統が混在していたというのは本当か?
教科書などでは単一の渡来集団として描かれがちな「弥生人」だが、ゲノム解析の結果は全く異なる実態を示している。
大陸から日本列島へ渡ってきた集団は、単一の集団が一度に大挙して押し寄せたのではなく、地域や年代ごとに異なる大陸集団が波状的に渡来していた。北部九州をはじめとする各地の弥生人骨を比較すると、個体ごとに遺伝的特徴が大きく乖離していることが明らかになっている。具体的には、ロシアのバイカル湖周辺から朝鮮半島北部、中国北東部にルーツを持つ「北東アジア集団」の影響を強く受けた個体が多く見られる。
一方で、それより南側の中国内陸部や黄河流域の系統を受け継ぐ個体も混在しており、流入の足取りは極めて複雑である。すなわち、弥生人を均一な一つの集団として定義することは科学的に不可能であり、列島各地の在地縄文人と多様な渡来集団がモザイク状に混血を繰り返したのが弥生期の実相であった。
Q. 古墳時代に流入した「謎の第3集団」とは一体どのような存在なのか?

近年最大の発見は、古墳時代に弥生人とは遺伝的特徴を異にする新たな集団が流入していた事実である。
長野県飯田市の前方後円墳「溝口の塚古墳」に埋葬された男性被葬者の全ゲノムを解析したところ、韓国釜山近郊の大成洞古墳に葬られていた女性被葬者と、100〜150年以内の直接的な血縁関係にあることが確認された。これは、朝鮮半島南部と列島の内陸部との間に、血縁に基づく直接的な人的往来が存在した動かぬ証拠である。
さらに驚くべきことに、この第3集団は弥生期に定着した北東アジア集団と混血することなく、中国内陸の「中央平原(セントラルプレーン)」系集団の遺伝的特徴を色濃く保持したまま列島へ入植していた。古墳時代には巨大な前方後円墳の出現に加え、高温で焼成する「須恵器」の生産や、高度な「馬の飼育技術」および馬具文化が列島に導入されている。これらの文化・技術は単なる情報の伝播ではなく、高度な技能を備えた大陸のエリート層や技術者集団そのものが列島へ直接移住したことでもたらされた可能性が極めて高い。
Q. 現代の日本人はゲノムの観点から見てどのような位置づけにあるのか?

現代日本人、アイヌ集団、大陸集団、そして縄文人のゲノムデータを二次元マップ上にプロットすると、日本列島の人々の際立った独自性が浮かび上がる。
遺伝的距離において縄文人に最も近いのはアイヌの人々であり、過去の在来遺伝子を強く保持していることがわかる。対して現代日本人は、現代の中国や韓国といった東アジア大陸集団に極めて近い位置にクラスタリングされる。
しかし詳細に分析すると、現代日本人のデータポイントは大陸集団そのものとは一致せず、明確に縄文人側へと牽引された独自の位置に分布している。これは、大陸から流入した圧倒的多数の渡来遺伝子の中に、古い縄文人のゲノム要素が今なお確実に刻み込まれていることを物語る。縄文の土台に、多層的な弥生の渡来、そして古墳時代の中央平原系エリート集団の血が重層的に混ざり合って形成されたのが、私たち現代日本人の真の姿なのである。
今後は人骨に潜む病原菌やウイルスのゲノム解読も並行して進み、感染症との闘いを含めた人類移動史の全貌が動画のように連続的に解明されることが期待される。