PIVOT TALK BUSINESS
AI時代にこそ、日本の製造業は強い
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2026年9月18日

AIが進化に比べて、モノづくりの進化が遅い理由は何か?AI時代に、日本の製造業が強いのはなぜか? シカゴを拠点に、製造業向けAIプロダクトを展開する加藤勇志郎キャディCEOに話を聞いた。 <ゲスト> 加藤勇志郎|キャディ社長 東京大学卒業後、外資系コンサルのマッキンゼーに入社。同社マネージャーとし...
AI時代の製造業:物理的限界を打破する日本の革新
デジタル技術の発展、特にAIの急速な進化は、あらゆる産業に変革をもたらすと期待されている。しかし、この知的な進化が目覚ましい一方で、私たちの日常生活を形成する物理世界の変化は依然として遅々として進まない現実がある。例えば自動車の開発期間が数十年変わらないなど、物理的なモノづくりのプロセスにはいまだ大きなボトルネックが存在する。
本稿では、CADDi CEOの加藤勇志郎氏が語る、AI時代の製造業の課題と可能性に迫る。いかにして物理的限界を克服し、製造プロセスを革新できるのか。そして、日本の製造業が持つ独自の強みが、世界のイノベーションを加速する原動力となり得るかを探求する。

Q. AIの急速な発展にもかかわらず、物理世界の変化が遅いのはなぜか?
GPTに代表される生成AIの登場以降、学術論文の自動生成やタンパク質構造解析の高速化など、知の領域では目覚ましい進化が続く。しかし、現実世界を見ると、例えば自動車の製造には今も昔も4〜5年かかる。ソフトウェア開発が日単位、週単位でサイクルを回せるのに対し、物理的な製品の開発は依然として年単位の長い期間を要している。この「理論の発見」と「物理世界への実装」との間にある時間の隔たりが、物理世界の変化を停滞させる主な理由である。
かつて飛行機が理論として確立されてから実際に空を飛ぶまでに100年を要したように、現代においても、素晴らしい発見や理論がどれほど増えても、それを具体的なモノとして現実世界に落とし込む速度が変わらなければ、人類の発展には直結しない。AIが理論的ブレイクスルーを加速する中で、物理的な実装の遅さがますます顕著なボトルネックとなっている現状がある。
Q. 「物理的限界」とは具体的にどのようなもので、どのように克服できるのか?

物理的限界とは、人命の安全、移動アクセス、そしてコストという3つの側面に集約される。例えば、AIがどんなに賢くなっても自動車が衝突すれば人は命を落とす可能性があり、飛行機事故も同様である。また、世界で40億人以上が車を所有できない問題も、貧困だけでなく「車のコストが高すぎる」という物理的限界に起因する。
この物理的限界を打破する鍵は、製造業における圧倒的なコスト削減とプロセス革新にある。SpaceXがロケットの製造コストを97%削減し、宇宙アクセスの常識を覆したように、もし自動車を10分の1の価格、例えば10万円程度で提供できるようになれば、現在の非所有者の8割以上が購入可能になるだろう。理論的進歩だけでなく、製造の現場からこの物理的な障壁を取り除くことが、人類の生活レベルを向上させる上で不可欠である。
Q. 製造業のイノベーションを10倍加速させるには何が必要か?
イノベーションは「ひらめき(Spark)」「物理実装(Materialize)」「社会浸透(Diffusion)」の三つのフェーズで進行する。AIは「ひらめき」を100倍、1000倍と加速させているが、その成果を社会に届けるためには「物理実装」のフェーズを加速することが決定的な要因となる。キャディはこの物理実装の速度を2035年までに10倍にすることを目指しており、これは例えば自動車の開発期間を4〜5ヶ月に、航空機を1年に短縮することを意味する。
その実現には、大きく二つのアプローチが重要である。一つは、現在約118にも及ぶ直列の製造工程を「並列化」することだ。設計とシミュレーション、さらには調達を同時に進めることで、全体のリードタイムを大幅に短縮できる。二つ目は、「手戻りの根絶」である。製造業では設計のレビューや修正が20回以上繰り返されることも珍しくないが、過去の知見を設計段階で自動フィードバックし、手戻りを未然に防ぐ仕組みを構築することが、無駄な時間とコストを削減し、プロセス全体を効率化する鍵となる。
Q. 製造業における「暗黙知」をいかにして企業の資産に変えるべきか?

ソフトウェア開発では既存コードやライブラリの9割以上が再利用され、短期間で新しいプロダクトを生み出している。対照的に、製造業では設計の8割がゼロから描き直されることが多く、過去の貴重な知見や経験が再利用されずに個人の暗黙知として埋もれている現状がある。例えば、あるベテラン技術者が過去に直面した課題やその解決策は、社内全体で共有されにくい。
この暗黙知を企業の普遍的な資産に変えるためには、「データフライホイール」の構築が不可欠である。これは、設計レビュー時にベテランが行うコメントや修正理由をCADや図面データ上に残し、AIがこれを学習して次工程で自動的にサジェストする仕組みである。AIは与えられたデータ以上の文脈を理解できないため、こうした人間による具体的な「コンテキスト」を明示的に記録し、自動的にデータ基盤へ蓄積することで、企業全体の知見が指数関数的に拡大し、再利用可能な形で継承されていく。
Q. 汎用AIではなく、バーティカルAIが製造業において不可欠な理由は何でしょうか?
汎用AI、特に大規模言語モデル(LLM)の開発は、膨大な資本が必要なゲームになりがちだ。しかし、製造業のような特定の産業においては、汎用AIだけでは解けない特有の課題が多く存在する。図面やCADデータといった製造業固有の複雑な情報解析には、LLMでは精度が不十分な場合が多い。このような領域では、基盤モデルからアプリケーションまでを一貫して設計し、産業に特化した「バーティカルAI」が必要とされる。
日本は製造業における豊富な暗黙知とドメイン知識を有しており、バーティカルAI戦略はこの日本の強みを最大限に活かせる「弱者の戦略」となり得る。特定分野に特化することで、汎用AIには真似できない高い精度と深い洞察力を実現できる。また、既製プロダクトと顧客固有のニーズとの間に存在するギャップ(デルタ)を埋める「FDE(フォワードデプロイドエンジニア)」のアプローチを通じて、現場での深い学びをプロダクト開発に還元し、継続的に製品の質を高めていくことができる。
Q. 日本発のAI企業が世界の製造業に貢献し、グローバルに展開するための道筋はどのようなものか?
製造業は世界中で設計、調達、生産技術といった基本的な機能が共通であり、ERPやPLMといった利用ソフトウェアも概ね同一である。この普遍性こそが、日本で磨かれた製造AIプロダクトがグローバル市場でも通用する高い汎用性を持つことを意味する。CADDiはアメリカのシカゴに拠点を置き、グローバル企業の各支社を通して現在22カ国でプロダクトを提供しており、世界中の拠点での知見循環を支援することで事業を拡大している。
特に日本は、現場のオペレーター自身が改善を主導する「暗黙知」の宝庫であり、これをAIでデータ化し活用できれば、世界中が真似できない強力な知的財産(IP)になり得る。アメリカの製造業がミスを防ぐための標準化や性悪説に基づくオペレーション設計を重視する一方、日本は現場からのカイゼンを尊ぶ文化がある。この独特の強みをAIと融合させ、個人の頭の中にとどまっていた暗黙知を企業の共通資産としてスケールさせることで、日本発のAI企業は世界市場で独自の存在感を発揮できる。
Q. 日本の製造業がAI時代において持つ可能性と、そこから生まれる新たな企業家精神とは?

中国が部品の組み合わせによって製品を作る「モジュラー型」を得意とするのに対し、日本は部品間の高度な連携を要する「すり合わせ(インテグラル)型」の製造で世界的な優位性を誇る。AIが土台となる定型作業を自動化することで、日本はより高度で複雑なすり合わせ技術に特化し、この強みをさらに「尖らせる」ことが可能となる。
現在の製造業を取り巻く情勢は、国防や地政学的リスクと密接に連動しており、国内での確実なモノづくり能力維持が国家戦略上不可欠である。資金や人材は「切迫した必然性」のある分野に集まる傾向があるため、国はこのような必然性の波を見極め、戦略的に後押しすることが重要だ。この必然性の上に、AIによる製造革新が推進されれば、周辺のサプライチェーンや関連スタートアップも活性化されるだろう。
戦後の焼け野原からわずか40年で世界GDPの5分の1を占めるまでに成長した日本の歴史は、日本人の中に強力な起業家スピリットが脈々と流れていることを証明している。グローバル市場で成功を収める新たな日本発のロールモデルが早期に現れることは、次の世代の起業家たちを刺激し、日本の製造業が再び世界をリードする原動力となる。本田宗一郎がスーパーカブで米国市場に挑戦したように、現代の起業家もまた大志を抱き、物理世界に変革をもたらす挑戦を続けるべきだ。