
TikTok日本1号社員の頭の中
日本メディアの未来を切り拓く!元NHKエースがTikTokを経てSubstackに至るキャリア論
NHKのエースディレクターとしてドキュメンタリー制作の王道を歩み、その後、世界的なショート動画プラットフォームTikTokを運営するByteDanceの日本法人立ち上げを牽引した伊藤王樹氏。そして現在、個人がコンテンツで収益を上げるクリエイターエコノミーの最前線、Substackの日本代表を務める伊藤氏のキャリアパスは、まさに日本のメディアと個人の働き方の未来を体現していると言えよう。
本稿では、異色の経歴を持つ伊藤氏の視点から、メディアの変革期における組織の役割、個人の価値、そして今後のキャリア戦略のヒントを深掘りする。

Q. NHKでの輝かしいキャリアを捨て、当時無名だったByteDanceに転身した理由は何ですか?
ドキュメンタリー映像作家を志しNHKに入局した私は、沖縄局で報道ディレクターとして基礎を学び、その後は東京報道局の国際班を経て「NHKスペシャル」制作に携わる恵まれた環境で仕事をしていた。しかし、組織である以上避けられない転勤や、管理職としてマネジメント業務に専念する未来像に、現場でのクリエイティブな活動を続けたいという自身の情熱との間に葛藤が生じた。自身の興味関心が「取材」と「制作」という現場活動にあり、中国語の素養もあったため、クリエイターとは異なるビジネスの側面からメディアの世界を眺めたいという思いが募ったのである。
Q. ByteDance日本法人第1号社員として、具体的にどのような業務に携わったのですか?

2017年、まだTikTokがローンチされていなかった時期にByteDanceの日本第1号社員として入社した私は、まるで“仮想の起業家”のような役割を担った。日本にオフィスはなく、人事、法務、財務といったバックオフィス機能が全く整備されていない状況であったため、これらすべての業務を自力で回さざるを得なかったのだ。正式な職務記述書にない仕事も含め、目の前の課題を次々と解決していく日々の連続が、まさに最高のオン・ザ・ジョブ・トレーニングとなった。当初の主なミッションはコンテンツプラットフォームであるByteDance(当時)に魅力的なコンテンツを揃えるため、パートナーシップを構築することであった。
Q. 当時TikTokが世間に認知されていない状況で、どのように音楽業界を説得したのですか?
音楽業界に対しては「TikTokはトレンドの発信地になる」と強い信念を持って説明した。従来の楽曲の使用法とは異なるショート動画のマッシュアップ形式は、既存の音楽業界にとっては受け入れがたい「冒涜」と捉えられかねないものであったからだ。当初は苦労したが、やがて興味を持ってもらえる音楽レーベルと契約ができた。日本のマーケットは横並びを意識する傾向が強いため、一度先駆けとなる実績を作れば、その後は他のレーベルも追随しやすい状況が生まれたのである。
その象徴的な成功が、瑛人さんの『香水』のTikTokでの大ヒットだ。当時提携していた音楽ディストリビューションサービスを介して楽曲が爆発的に拡散され、最終的にはNHK紅白歌合戦にまで出場する結果となった。この成功が「トレンドの発信地」という私の当初の“ハッタリ”を揺るぎない事実に変え、TikTokがメインストリームの一角を占めるきっかけとなった。ByteDanceの企業文化は非常にフラットで、役職名ではなくファーストネームで呼び合い、会議では感情や忖度ではなく、ファクトとエビデンスに基づく徹底した議論が行われる。これにより、物事の意思決定が非常にスピーディーに進む。
Q. カルチャーが異なる海外の開発チームと連携する上で、特に印象的だったエピソードは何ですか?

日本の重要なパートナー企業とのアプリ連携プロジェクトで、海外の開発チームとの間で優先順位に関するギャップが生じたことがある。彼らはトラフィックや短期的な収益といった数値に基づいた合理的な判断を重視するが、日本市場では企業間の信頼や約束を重視する長期的な視点も不可欠だ。オンラインではこの文化的な隔たりを埋めるのは難しいと判断した私は、直接その開発チームが所在する国まで飛んだ。オフィスから出てくる担当者を“出待ち”して捕まえ、飲みニケーションを通じてプロジェクトの重要性を熱意で伝え続けた。
結局、2時間にわたる交渉の末、何とか相手を説得し、予定通りのローンチに漕ぎ着けた。このような泥臭いリアルなコミュニケーションが、時には文化の違いを乗り越えるために必要だと痛感した出来事である。オンライン上の効率性だけでは解決できない問題は多々あるのだ。多文化をまたぐ中で、相手の文化的背景を理解し、そのギャップを埋める力を養えたのは、私にとって大きな財産となっている。
Q. NHKの「プロ制作」とTikTokの「カジュアル動画」の間にある価値観のギャップはどのように埋めたのですか?
長期間をかけて予算を投じ、綿密に企画されたドキュメンタリーを作るNHKでの仕事と、わずか数分で撮られた一般個人の動画が数千万回再生されるTikTokの世界との間には、当初大きな価値観のギャップがあり、葛藤もあった。しかし、時間をかけてこのギャップを消化し、クリエイターエコノミーが今後不可逆的な時代の潮流となることを確信した。
新しいプラットフォームが受け入れられる際、入り口はまずエンタメが中心になることが多い。TikTokのダンス動画やリップシンクも、一見すると表面的なものに見えるかもしれないが、それがユーザー層を広げるための効果的な“エントリーポイント”であった。そして裾野が広がるにつれ、徐々にニュースやビジネス、教育といった多角的なコンテンツが浸透していく。個人の発信する情報が民主的に拡散される時代において、私はこの最前線にいることに意義を感じている。
Q. 今後、メディアや組織と個人の関係はどのように変化すると考えますか?

「最大公約数的な正解」を画一的に届けるマスメディアの時代は終わりを迎えたと感じている。現代では、多様な価値観を持つ人々が、特定の個人が提供する独自の視点や一次情報を求めている。これからは、組織が個人を単に雇用するだけでなく、それぞれの専門性や個性を尊重し、柔軟でフレキシブルな協業関係を築く時代が来るだろう。
個人は組織を自由に横断したり、一時的に離れてもまた戻ったりすることが可能になるかもしれない。組織の価値がなくなるのではなく、組織にしかできないことと、個人にしか発揮できない価値が相互に作用し、共存する新しいエコシステムが形成されると考えている。この相互作用が、これからの時代における持続的な成長とイノベーションを促すだろう。
Q. 新たに参画したSubstackでは、どのようなクリエイターの未来を描いているのですか?
Substackは、クリエイターがニュースレターやポッドキャスト、ライブストリーミングを通じて、自身の熱心なファンと直接繋がり、コミュニティを構築し、収益を得るためのプラットフォームである。特筆すべきはその収益配分の高さで、他のプラットフォームと比較して圧倒的に多くの収益がクリエイターに還元される仕組みを確立している。
また、Substackの多言語対応、特に翻訳機能の進化により、日本から日本語で発信したコンテンツでも、世界の読者に届き、マネタイズする可能性を秘めている。個人が地域や言語の壁を越え、グローバルに活躍できる時代が到来しており、Substackはその可能性を最大限に引き出すための最前線にいる。誰もがクリエイターとなり、自らの情熱や知識をコンテンツに変えて価値を生み出す未来の実現に貢献したいと考えている。