
なぜパワハラはなくならないのか?
なぜパワハラはなくならないのか?:「仕事熱心な人」がパワハラをする理由
ハラスメント対策が叫ばれ、法制化も進んだ現代において、ハラスメントの相談件数は減少するどころか、過去と比較して大幅に増加している状況がある。これは個人の意識が高まった結果でもあるが、根本的な解決に至っていない実態も浮き彫りにするだろう。なぜ、ハラスメントはなくならないのか。個人の問題とされがちなハラスメントの本質を探り、職場の仕組みや環境、そして文化といったより深い要因からその正体と対策を解き明かす。

Q. なぜハラスメントはなくならないのか?
ハラスメントが撲滅しない最大の理由は、それを個人の資質や問題行動として捉える傾向が根強いためだ。
パワハラを行った人物を処分すれば問題が解決すると多くの企業が誤解しており、再発防止ではなく表面的な対応に終始している状況がある。もちろん、特定の個人が引き起こす問題も存在するが、多くの場合、職場全体が抱える構造的な問題がハラスメントを生み出す温床になっていると考えられる。このような組織的要因を見過ごし、悪役を特定して排除するだけでは、ハラスメントが形を変えて繰り返し発生してしまうのは必然であろう。
Q. 「いい人」がパワハラをしてしまうメカニズムとは?

実は、パワハラの加害者のほとんどは「邪悪な性格の持ち主」ではない。
多くのケースで、彼らは仕事に対して非常に熱心で真面目、そして部下を成長させたいという強い思いを持つ「いい人」なのだ。会社や部下のためを思う高い当事者意識が、「これくらいできるはず」「もっと頑張れ」という過度な期待や要求につながり、結果として攻撃的な言葉や追い詰めといったハラスメント行為へと転じてしまう。このメカニズムは、国を愛するがゆえに排他的な行動に走る人々にも通じる「過剰な愛情と正義感の暴走」と言えるだろう。
対策としては、加害者の熱意や人格を全否定するのではなく、「罵倒する」「詰問する」といった不適切な行動のみを切り離して是正を促す視点が重要になる。
Q. 邪悪な性格特性を持つ人材をどう活用すべきか?
ナルシシズム、マキャベリアニズム、サイコパシーといった「邪悪な性格特性」を持つ人々は、組織に数パーセント存在する。
自己中心的で他人を利用するナルシストは努力家であり、目的のためなら手段を選ばないマキャベリストは業績向上に貢献し、他者の感情に流されないサイコパスは冷徹な経営判断(リストラや賃金カットなど)を得意とする傾向がある。これら特性を持つ者は一概に排除すべきではないとも言える。彼らが組織に与える利益的な側面も考慮し、採用段階で選別が困難な実情を鑑みれば、育成や部下の指導といった役割から隔離し、一プレイヤーとして能力を存分に発揮させるような配置戦略が有効だ。ただし、他者が傷つくことに喜びを感じる「サディズム」だけは例外であり、その兆候があれば厳しく対応しなければならない。
Q. パワハラを放置する「グレーゾーン」とは何か?
パワハラ防止法によって定義される「優越的な関係を背景とする」「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」「就業環境を害する」という3要件を全て満たさない行為は、ハラスメントと認定されず「グレーゾーン」となる。組織はこのグレーゾーンの行為に対し、法的な処分を下せない状況にあるため、多くのケースで見過ごされてしまうのが実情だ。
たとえば、機嫌が悪い態度で接する「フキハラ(不機嫌ハラスメント)」などはこの典型と言えるだろう。結果として「グレーゾーンなら許される」という誤ったメッセージを従業員に与え、職場の雰囲気悪化を助長してしまうことになる。企業が法的に義務付けられた部分だけにコストを割き、それ以上の対策を怠ることが、ハラスメントの蔓延を許す一因となっているのだ。
Q. 日本の職場環境がハラスメントを誘発しやすいのはなぜか?
日本の職場文化には、ハラスメントを誘発しやすい特有の性質が存在する。
一つは、長時間労働や「休まずタフに働く」ことを美徳とする「男性性」の強さだ。これにより、体調を崩して休む社員や定時で帰る社員を「仕事ができない」「甘えている」と低く評価する風潮が生まれ、排除的な行動につながる。また、成果を出している優秀な人物のハラスメント行為には寛容である一方で、ミスが多い、あるいは未熟だと判断された社員に対しては過酷な指導や周囲からの冷遇が容認されやすい土壌もある。
二つ目は、「不確実性を嫌う」国民性だ。未来の不確実な要素(例えば出産を控えた女性や休職経験のある復職者)を懸念し、過剰に評価を下げたり、マイクロマネジメントを通じて部下を徹底的にコントロールしようとする傾向がある。上司の不安解消のための過剰な報告要求などは、部下にとっては大きな精神的負担となり、パワハラと感じられる行動へと発展し得るだろう。
Q. 職場における「負の感情」がハラスメントに繋がるメカニズムは?

成果主義や競争主義そのものが問題なのではない。重要なのは、その運用方法により「負の感情」が生み出されるかどうかだ。不公平感、嫉妬心、孤独感といった負の感情が渦巻く職場では、従業員は他者を攻撃したり、引きずり下ろそうとしたりする直接的な動機を抱きやすい。特に、給与や昇進の基準が不明瞭で、「上司の個人的な好悪」が疑われる曖昧な評価がなされた場合、負の感情は最大限に高まる。この問題に対処するためには、評価指標を極めて透明化し、合理的な説明をすることで、従業員の「努力報酬不均衡」(投入した努力や責任に見合った報酬が得られていないと感じる状態)を解消することが不可欠となる。
報酬とは金銭的対価に限らない。日々の感謝の言葉や、部下の望むキャリアパスにつながる仕事の割り当てといった「心理的な報酬」も非常に重要だ。これら金銭的・非金銭的報酬をバランス良く提供することで、従業員は自分の価値を認められていると感じ、不満や攻撃性を軽減できるのだ。
Q. グレーゾーンの無礼な態度「インシビリティ」への対策は?

挨拶を無視したり、質問に対してトゲトゲしい声色で返したりといった、法的にパワハラとは認定されにくい些細な「無礼な態度」を「インシビリティ」と呼ぶ。これらは単体では大きな問題とされにくいが、組織全体の生産性低下や従業員の深刻なメンタル不調に繋がる可能性が高い。重要なのは、このような無礼な振る舞いは、悪意からだけではなく、誰もがコンディションの悪化や余裕のなさから起こし得ると認識することだ。
物理的な環境(暑さ、寒さ、狭さ、騒音など)のストレスも個人のイライラや攻撃性を増幅させるため、職場環境の整備はインシビリティ発生を防ぐ有力なアプローチとなる。誰かを一方的に悪者にするのではなく、お互いがインシビリティを出し得る存在だと理解し、「お互い様」の精神で問題解決に取り組むことが、心理的に安全な職場を築くための第一歩となるだろう。