PIVOT TALK SPECIAL
ロレックスが仕掛けた“ゆめづくり”【ピエール=イヴ・ドンゼ×和田将治】
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2026年8月24日

世界の名だたるラグジュアリーブランドをビジネス視点で分析する「ブランド超分析」。初回に取り上げるテーマは「ロレックス」。売上約2.2兆円、市場シェア32.9%(Morgan Stanley × LuxeConsult推計)。時計産業の圧倒的王者は、なぜ「買えない」のか? 上場せず、財団が保有し60年...
ロレックスはなぜ「成功の象徴」なのか?「夢づくり」に秘められたブランディング戦略を徹底解剖
ロレックスは、世界中の人々が成功の象徴として認識する特別なブランドである。高精度の機械式時計という物理的価値に留まらず、なぜこれほどまでに多くの人々を魅了し、「成功者の証」としての揺るぎない地位を確立できたのか。本記事では、ロレックスの独自のマーケティング戦略とブランディングの真髄を「ものづくり」から「夢づくり」への転換という視点から深掘りし、日本企業が目指すべきこれからのビジネス戦略について考察する。

Q. なぜロレックスは成功の象徴という確固たる地位を築けたのか?
ロレックスが今日の象徴的な地位を築いた最大の要因は、物理的な計時ツールという「ものづくり」から、所有者の社会的成功やステータスを証明するシンボルとしての「夢づくり」への戦略的転換にある。19世紀末から1960年代初頭にかけてはオメガがクロノメーターの公認数で圧倒的なトップであり、ロレックスは研究開発を重ねてようやく技術レベルで肩を並べるに至った。
しかし、その後ロレックスは、スイスの伝統的な「良いものを作れば売れる」という職人気質の概念から脱却し、マーケティング主導のブランディングへと舵を切った。これは、「特別な時計ではなく、特別な人のための特別な時計」という、ターゲットとなるユーザーの自己顕示欲や達成感を刺激する革新的なブランドメッセージを考案したことを意味する。
Q. クォーツショックはスイス時計産業を壊滅させたが、ロレックスが無傷で乗り切れたのはなぜか?

1970年代にセイコーが「アストロン」を開発し、その特許を開放した結果、高精度かつ安価なクォーツ時計が市場を席巻した。これによりスイスの機械式時計産業は「クォーツショック」という壊滅的な打撃を受け、多くの老舗メーカーが倒産した。
この未曾有の危機に対し、ロレックスは驚くほど軽微な影響で乗り切っている。その理由は、ロレックスが既に製品の“精度”や“機能”ではなく、“ステータスシンボル”という独自の価値を顧客に提供するブランドへと転換していたためである。ロレックスの顧客は単に正確な時間を知るためではなく、特別な存在としてのロレックスを所有すること自体に価値を見出していたからだ。つまり、競合が異なる土俵で勝負する間、ロレックスは「時計」という製品の枠を超えた「憧れの対象」として存在していた。
Q. ロレックスが「ものづくり」から「夢づくり」へ転換した背景には何があるのか?
「ものづくり」の飽和が「夢づくり」への転換を促した。技術的な進化が進むと、製品のスペック競争は限界を迎え、やがてはコモディティ化する。例えば、機械式時計の精度で「プラスマイナス3秒と5秒の差」が、一般のユーザーにとって決定的な意味を持つことは少ない。
この現実に直面したロレックスは、マーケティングの本場アメリカに着目した。ニューヨークへ赴いたマネージャーは、当時の世界最大級の広告会社J. ウォルター・トンプソンと提携。そこで彼らは、「製品のスペックではなく、その時計を身に着けるユーザーのライフスタイルや成功のストーリー」を語る広告戦略を展開することを学んだ。富裕層が愛好するヨットレース「アメリカズカップ」やゴルフの有名選手を起用するなど、単なる製品訴求ではないコミュニケーションへ移行したことが、ロレックスのブランディングにおいて大きな転換点となったのである。
Q. ロレックスはマーケティングにおいて具体的にどのような戦略をとってきたか?

ロレックスのマーケティング戦略は、製品ではなく顧客の感情を起点とすることにあった。彼らは製品の機能や特性を強調するのではなく、「特別な人にとっての特別な時計」というメッセージを徹底した。この「ユーザーを主役にした物語」は、スポーツ選手との提携に如実に表れる。
タイガー・ウッズやロジャー・フェデラーといった世界トップクラスのアスリートを単なる広告塔としてではなく、「テスティモニ(証言者)」として起用した点は特筆すべきだ。彼らはロレックスを着けて活躍するのではなく、「その輝かしい人生が、ロレックスを身に着けるに値する」ことを象徴した。ロレックスはアスリートの功績やライフスタイルそのものを“成功の証”と見立て、それを所有することで得られる自己の肯定感や高揚感を消費者に提供しているのである。これがラグジュアリービジネスの極意「夢づくり」の一端であった。
Q. 日本企業はロレックスの「夢づくり」戦略から何を学ぶべきか?
日本企業、特に高度な技術力を持つメーカーがロレックスから学ぶべきは、「情報ではなく感情を売る」という哲学である。製品の素材や精度、機能といった詳細なスペック情報だけでなく、製品が顧客の人生にどのような感情的価値やストーリーをもたらすかを訴求する必要がある。例えばユニクロは、東レとの協業による素材の技術革新を直接語る代わりに、「ライフウェア(生活を豊かにする服)」というコンセプトを打ち出し、消費者の生活全体を豊かにする感情価値を提供することで世界的な成功を収めた。これも「ものづくり」から「夢づくり」への見事な転換例と言えよう。
ラグジュアリーブランドを扱う企業にとって、製品を通して消費者の「拡張自我」を満たす視点は欠かせない。憧れのアスリートや成功者が身に着ける品を自身も所有することで、彼らとの心理的同一性を感じ、自己を拡大する満足感を顧客に与えることだ。
Q. グランドセイコーが取るべき今後のブランディング戦略とは何か?

グランドセイコーは、過去の職人技術の強調から一歩進み、日本の自然や四季の美しさを表現した文字盤のデザインなど、情緒的なアプローチでブランド価値を高めつつある。さらに、大谷翔平選手をグローバルアンバサダーとして起用することで、日本のトップスターを通じた「成功の物語」を世界に発信している点はロレックスの「テスティモニ」戦略に通じるものがある。
しかし、日本の文化や自然の美だけに過度に依存することはリスクとなりうる。世界のトレンドは移り変わり、特定の国の魅力が常に高く評価され続けるとは限らないためだ。ロレックスのように普遍的な「ステータス」や「達成」の象徴としての価値、そして人間の根源的な「自己拡張」の欲求に訴えかけるグローバルな価値観を構築することが、今後のグランドセイコーに求められる。技術力と情緒的価値の融合に加え、時代に左右されない普遍的な夢の創出を目指すべきだ。
Q. ラグジュアリービジネスにおける「夢づくり」の普遍的本質とは何か?
ラグジュアリービジネスの本質は、物理的な製品の提供に留まらず、顧客の心理に深く働きかけ、「夢」や「憧れ」、そして「拡張自我」を提供することにある。これは、単に製品が良いから売れるという単純な図式ではない。ポルシェの911、エルメスのバーキン、フェラーリといったアイコニックなブランドに共通するのは、一目でそれと分かる普遍的なデザインの維持と、それを手に入れるまでの長い道のり自体がステータスとなるという緻密に設計された物語性である。
欧州の巨大企業LVMHやリシュモンなどが示すように、ラグジュアリーは決して単なる道楽や遊びではなく、人々の夢を高度に管理・創出する巨大な産業である。このビジネスモデルは、資本主義が存在し、人々が成功を求め続ける限り、その価値は失われない。つまり、「夢づくり」こそが、時代を超えて人々を魅了し続ける普遍的なビジネスの要諦だと言える。