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【仕事で出会ったすごい人】ANA元社長のリーダー論
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2026年8月15日

未曾有の危機において組織を救うのは、リーダーの楽観的な行動力だ。コロナ禍での需要蒸発という絶望から立ち直るため、いかにしてアイデアの参入障壁を下げ、社内から新規事業を量産したのか。肩書がなくなった後の忙しさにこそ表れるリーダーの真価と、限界を決めない挑戦の哲学を井上氏に聞いた。 <出演者> 楠木建...
ANA元社長・井上慎一氏に学ぶ、逆境を突破する「元気が出る」リーダーシップの真髄
AI時代に求められるリーダーシップの本質とは何か。それは、数値やスキルだけでは測れない「センス」と、周囲を鼓舞し「元気が出る」未来を描く力である。

元ANA社長の井上慎一氏は、LCCピーチの創業や未曾有のコロナ禍という逆境の中で、独自のリーダーシップを発揮し続けてきた。彼の言葉と行動から、激動の時代を生き抜くための真髄を探る。
Q. AI時代の「スキルのデフレ、センスのインフレ」とは具体的にどのような状況を指すのか?
近年、AIをはじめとする高度な技術の発展は、これまで人間が担っていたタスクを外部化する流れを加速させている。
これにより、語学力やプログラミング能力など、特定の「スキル」の労働市場における価値はデフレ化していく。誰もがAIを活用することで、そのスキルに容易にアクセスできるようになるためだ。
一方で、AIには代替できない「センス」の価値がインフレしている。これは、物事の芯を捉える「シンプルさ」や、言動が一致した「美しさ」といった個人の独自のスタイルや美意識を指す。
センスは教科書では学べないもので、これを磨くためには、すでにセンスを持つ人物の振る舞いを間近で観察し、自ら模倣して体得することが重要である。
特に、周囲を元気にし、他者から真に頼られる求心力こそが、リーダーシップにおける最高度のセンスだと井上氏は指摘する。
Q. 前例のないLCC「ピーチ」の立ち上げにおいて、どのように常識を打ち破り、社員のモチベーションを引き出したのか?
ANA北京支店に勤務中、井上氏は当時の社長から「日本初のLCCを3年以内に立ち上げろ」と突然の辞令を受けた。ゼロからの事業創出で、当初は資金もリソースも限られた状態であった。

井上氏はこの困難な状況を打開するため、LCCの本質を単なる格安航空会社ではなく、「無駄を徹底的に排除した極限の高生産性モデル」と定義し直すところから始めた。これにより、既存の航空業界とは全く異なるビジネスモデルを確立する基盤を作ったのである。
現場の常識を打ち破る大胆な施策も導入した。例えば、リソース不足の解決策として、廃棄予定のダンボールを利用したチェックインカウンターを開発した事例が挙げられる。社員からの発案を形にすることで、「お金をかけず知恵で解決する」風土が醸成された。
また、他業界から集まった個性的で独立心旺盛な社員たちをマネジメントするため、「シープドッグ型マネジメント」を導入した。これは、「超えてはならない最低限の境界線だけを示し、あとは自由にやらせる」というもので、個人の自由な裁量を最大限に尊重し、内発的なモチベーションを引き出す効果があったと言う。
Q. ピーチ航空はどのように顧客の隠れたニーズを発見し、新たな需要を創造したのか?
ピーチ航空は、既存の概念にとらわれない顧客インサイトの追求を重視した。その象徴的な事例として、「標準語は関西弁」という独自の文化がある。論理的根拠に欠けるが、このルールを推奨することで、「こんなことをして良いんだ」という社員の意識改革を促し、ユニークなアナウンスやサービスが次々と生まれたと言う。
顧客の声を直接聞くことの重要性も再認識した。例えば、たまたま通勤電車で出会った大阪の主婦の「家事があるから日帰り、1万円以下で韓国に行きたい」という何気ない一言から、超格安の「日帰りソウル旅行」プランが生まれた。
これは飛行時間が関空-札幌よりも関空-ソウルの方が近いという発見から企画され、大ヒットを記録した。
さらに、台湾から沖縄へ「髪を切りに来るだけ」の旅客といった新たな行動変容も発見した。こうした事例は、既存の市場調査データだけでは見えてこない、多様な顧客の潜在的なニーズや行動パターンがあることを示唆している。
Q. コロナ禍による需要蒸発という絶望的な状況下で、ANAをV字回復に導いた「元気が出る」リーダーシップの要諦とは何か?
井上氏がANAの社長に復帰したのは2020年、まさにコロナ禍が深刻化し、航空需要が蒸発した時期だった。空港にはほとんど人がおらず、ディストピアのような光景が広がっていたと言う。

この絶望的な状況を打破するため、井上氏は歴史の先人たちの知恵に求めた。英国の首相チャーチルが第二次世界大戦中に発した「地獄にいるなら、走り続けろ」という言葉に強く共感した。これにより、困難な時ほど前向きな姿勢を貫くことの重要性を確信したのだ。
この哲学は、「どうせやるなら明るく楽しく」という自身のメッセージへと昇華され、社員へのコミュニケーションで繰り返し用いられた。
この言葉には、「社長も困っている。皆で開き直って、前向きに進もう」という裏のメッセージが込められていた。このストレートで人間味あふれるコミュニケーションは、重圧に苦しむ社員の肩の力を抜き、自律的な行動を促す効果を発揮したと言う。
また、移動が制限される中でも、社長自らが空港に足を運び、「なぜ飛行機に乗るのか」と乗客に直接ヒアリングした。移動以外の目的で航空機を利用するファンが存在することに気づき、エアバスA380「ホヌ」での遊覧飛行や、地上での「機内レストラン」といったユニークなサービスを提供。これらの企画は軒並み即完売し、顧客の多様なインサイトに応えることで新たな収益源を確保した。
Q. 社員の創造性を最大限に引き出すため、コロナ禍でどのような社内施策を導入し、実際にどのような成果を上げたのか?
コロナ禍において、井上氏は「自分で考え、自分でアイデアを出し、それを実現する集団」を作ることを目指した。そのために導入されたのが、社員が自由にアイデアを提案できる制度「がっつり広場」である。
この制度は、アイデア提出の障壁を極限まで低くしたのが特徴だった。ビジネスプランの作成経験がない現場の社員でも、手書きの「ジャストアイデア」だけで応募を可能とし、専門家チームが「伴走する黒子」としてその実現をサポートした。
「がっつり広場」は5年間で3500件ものアイデアを集め、そのうち30数件が実際に事業化された。例えば、飛行機の整備士が発案した「アメリカの飛行機墓場(モハベ空港)に行くツアー」や、羽田の穴守稲荷神社とのコラボによる「御朱印帳」販売など、ニッチだが高い需要を持つ商品が生まれた。
これらの新規事業は累計10億円の売上を創出し、「小さな成功体験が社員を変える」ことを証明した。誰かの成功が他の社員に「あいつができるなら自分も」というポジティブなムーブメントを起こし、組織全体の士気向上と「勝ち癖」の定着に大きく貢献したのだ。
Q. 「イカロスの如く、太陽に焼き尽くされるまで飛べ」という言葉に込められた井上氏の人生観、そして今後の挑戦とは何か?
社長退任後も多忙な日々を送る井上氏は、「代表取締役社長」という肩書を失ってなお、その人間的魅力で周囲の人々を惹きつけ続けている。これは、役職を離れても「変わらない価値」を持つ真のリーダーの証だと語る。

社長就任時、自身の知識不足を自覚していた井上氏は、著名な経営学者である内田和成氏のもとに弟子入りした。卒業の際、内田氏から贈られたのが「イカロスの如く、太陽に焼き尽くされるまで飛べ」というメッセージである。
この言葉は、「人生の終わりまで、限界を設けずに挑戦し続けろ」という熱い期待を込められていた。井上氏はこのメッセージを自らの行動原理として胸に刻んでいると言う。
井上氏の根底にあるのは、法華経の教えにある「世界は心の持ちようによって浄土(天国)にも穢土(地獄)にもなる」という思想である。
常に明るく、前向きに、自らの行動で周囲を鼓舞すれば、どんな困難な状況でも必ず道は開けるという確信を持つ。この「笑うから幸せになる」というポジティブな因果関係の構築こそが、彼のリーダーシップの核心だ。
今後の挑戦としては、航空サービスの枠を超え、「日本の地方創生」に深く関わりたいと考える。人口減少は課題だが、AI活用や異業種間のアライアンスを通じて、地方が持つ「宝」の価値を高め、より豊かな日本を実現できると確信している。