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なぜ鉄緑会はヒューリックに買収されたのか
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2026年8月11日

なぜ不動産会社が教育ビジネスに参入するのか?ビジネスパーソン必見の「教育×不動産」の最新トレンドと親として知っておきたい塾業界の裏側に迫る。「ドラゴン桜」のモデルとなり、「ドラゴン桜2」の編集担当もつとめた西岡氏と深掘りする。 <ゲスト> 西岡壱誠 カルペ・ディエム 代表取締役社長 東大出身:漫画...
「不動産×教育」の異色連携:ヒューリックによる「鉄緑会」買収が示す業界再編の裏側
2016年、不動産大手ヒューリックが難関大学受験塾「鉄緑会」を買収したニュースは、教育業界、そしてビジネス界に大きな波紋を呼んだ。東大合格者の約2割を輩出し、「鉄壁の指導」と称される鉄緑会と、デベロッパーとして知られるヒューリック。一見すると異色の組み合わせだが、そこには両者の深い戦略があった。
本稿では、この買収劇を起点に、鉄緑会の独自性、ベネッセが売却に至った理由、ヒューリックの野心的な「不動産×教育」戦略、そして激動する教育業界の今後までを、Q&A形式で徹底解説する。

Q. 「鉄緑会」とはどのような塾なのだろうか?
鉄緑会は、東京大学合格者を数多く輩出する大学受験専門の進学塾である。特に、毎年多数の卒業生を東大へと送り出し、年度によっては東大合格者の約2割を占め、最難関とされる東大理科三類においては4~5割を占める年もあるなど、その圧倒的な実績は他に類を見ない。多くの有名進学校の生徒が通っており、特に指定された超名門中学の生徒でなければ入塾できない独自の学校審査システムを採用している点が最大の特徴だ。
その強さの秘密は、徹底的に洗練された「完璧なテキスト」にある。長年の東大入試研究に基づき作られたテキストは門外不出で、塾生以外が手に入れることは非常に難しい。メルカリなどの中古市場でも高額で取引されるほどその価値は高い。
さらに、鉄緑会の卒業生がそのまま講師として指導にあたる仕組みが確立されているため、生徒は自身のロールモデルとなる講師から、自身の経験に基づいた実践的な指導を受けられる。
この排他的なシステムにより、鉄緑会は高い教育の質を保ち続けているが、その分、誰でも受け入れる一般的な塾とは異なり、生徒数を飛躍的に伸ばすことが構造的に難しい。また、東大入試が推薦入試(総合型選抜)の拡大や新学部の設置により、従来のペーパーテスト一辺倒の選抜方法から変化しつつある中、鉄緑会メソッドも将来的な対応が課題となりつつあるようだ。
Q. 不動産大手のヒューリックは、なぜ鉄緑会を買収したのだろうか?その戦略とは?
ヒューリックが鉄緑会を買収した背景には、彼らの不動産事業と教育事業を融合させた独自の「教育デパート構想」が存在する。
同社は既に2014年に、やはり有名学習塾である「トーマス」を買収しており、今回の鉄緑会買収で小中高、そして大学受験までの教育のバリューチェーンを確立した格好だ。彼らは所有するオフィスビルなどを「教育特化ビル」へと再開発し、テナントとして系列の塾を誘致することで、安定した賃料収入を確保することを目指している。
この戦略のポイントは、教育インフラの「安定性」と「地域への影響力」にある。塾は少子化の時代においても堅調な需要が見込め、容易に撤退しない優良なテナントとなる。テナントの確保だけでなく、有名塾が多数集まるビルは、質の高い教育を求める富裕層ファミリーをその周辺地域に引き寄せる効果もあるのだ。
港区や文京区などで見られるように、優秀な塾や進学校が集積する地域は、子育て世代の移住ニーズが高く、結果として地域の不動産価格や街全体のブランド価値が上昇する傾向がある。
ヒューリックは教育ブランドの買収を通じて、単に賃料を得るだけでなく、能動的にその地域の地価を底上げし、不動産資産価値を高めるという長期的な視野に立った「街づくり」を進めているのである。
わずか数年で有力な塾を次々と傘下に収めているスピード感から見て、ヒューリックによる教育分野への投資はまだ序章に過ぎず、今後も教育関連企業の買収を通じて事業規模を拡大していく可能性が高い。

Q. かつて鉄緑会を所有していたベネッセは、なぜ売却を決断したのだろうか?
ベネッセは2007年に鉄緑会を買収していたが、その後に売却している。その背景には、ベネッセの企業としての事業戦略とのミスマッチと、収益構造の変化があったと考えられる。
ベネッセは「こどもちゃれんじ」に代表されるように、広範囲な層に教育コンテンツを提供するマスビジネスを得意としている。対して鉄緑会は、選ばれた難関校の生徒に特化した少数精鋭の指導でブランドを確立しているため、その秘伝のメソッドやテキストを安易に「横展開」することはブランド価値の希薄化を招く。
この独自のビジネスモデルが、ベネッセが強みとする大量の生徒への均質な教材提供という戦略と相性が悪かったのだ。
また、ベネッセは教育事業と並行して介護事業も展開しているが、近年この介護事業が驚異的な成長を遂げ、企業の収益の柱となりつつある。
利益率の高い介護分野への経営資源集中が進む中で、教育分野への投資優先度が変化した可能性は否定できない。
つまり、ベネッセにとって鉄緑会は、その独特な強みゆえに「事業を拡大しにくい」存在であった。適切な評価額での売却は、成長が見込みにくい事業を持て余すことなく、本業や他の成長分野へ集中するための合理的な経営判断だったと言えるだろう。
Q. 激化する中学受験市場と、教育業界全体のトレンドはどうなっているか?
教育事業は、経済の波に左右されにくい安定した「社会インフラ」としての側面を持つ。少子化が進む中でも、塾や教育サービスへの需要が急激に減ることはなく、不動産などの異業種からの参入が相次いでいる要因の一つだ。
新たなトレンドとしては、大手企業が社員の福利厚生として特定の塾や学校を買収・提携する動きも出てくる可能性が挙げられる。
例えば、自社社員の子どもに優先的に入塾枠を設ける、受講料を割引するなどの仕組みを導入することで、「子どもを育てやすい会社」としてのイメージを確立し、社員のモチベーション向上や優秀な人材の定着に繋げる狙いである。これは単なる収益確保にとどまらない、より複合的な企業戦略となり得るだろう。
首都圏を中心に過熱する中学受験市場の影で、その経済的・精神的負担からあえて中学受験を避け、高校受験で目標校を目指す層も少なくない。そうした層をターゲットにした、定期テスト対策に特化し内申点確保に力を入れる「地域密着型」の高校受験塾が成長を遂げている。高額な中学受験予備校とは一線を画し、手軽な料金で通えるモデルがマス層の支持を集めているのだ。
Q. 保護者は「良い塾」をどのように選べばよいのだろうか?
塾選びにおいて、保護者はきらびやかな広告や合格実績の数字に安易に惑わされない賢明なリテラシーが求められる。
大手塾の広告で謳われる「合格者数〇名」という数字は、一人の生徒が複数の学部や大学に合格した場合、それぞれを個別にカウントしているケースが多い。つまり、実際の「進学者数」や「実質合格者数」とは大きく異なる場合があるため、そのカラクリを理解しておく必要がある。
さらに、インターネット上の情報にも注意が必要である。AI技術の進化により、あたかも実在するような「合格体験記」や「保護者の声」が容易に捏造される時代だ。
また、Googleマップなどの評価サイトにおける星の数や口コミも、ライバル塾による不当な評価操作や業者による「サクラ」が混じっていることが往々にしてあり、これらを鵜呑みにするのは非常に危険だ。
では、何を基準にすればよいのか。最も確実な方法は、「実際に塾に足を運び、自身の目で確認すること」である。教室の雰囲気、生徒たちの表情、そして最も重要なのは、塾長や担当の先生と直接話し、「自分の子どもを預けられる信頼関係を築けるか」を見極めることだ。
派手な広告を出していなくとも、一人ひとりの生徒と真摯に向き合う小規模な個人塾にも高い価値がある。情報過多な時代だからこそ、自身の五感と直感を信じ、子どもの笑顔を想像できる場所を選ぶことが、失敗のない塾選びに繋がるのである。
