PIVOT TALK BUSINESS
塾業界のM&Aラッシュ
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2026年8月10日

少子化の一方で一人当たりの教育投資は増加する中、塾業界は今、M&Aや倒産ラッシュが相次ぐ「大再編時代」に突入している。『ドラゴン桜』のモデルであり、教育業界に精通する西岡壱誠氏をゲストに迎え、今 塾業界で起きている大変革を深掘りする。 <ゲスト> 西岡壱誠 カルペ・ディエム 代表取締役社長 東大出...
激変する塾・教育業界:淘汰、再編、デジタル化の波を読み解く
少子化の加速にもかかわらず、塾・教育業界では今、激しい再編の波が押し寄せている。中小塾の倒産や大手によるM&A、EdTech企業の台頭、さらには上場塾の非公開化ラッシュといった動きは、まさに「戦国時代」と呼べる様相を呈している。ビジネスと教育が交錯するこの複雑な市場で一体何が起きているのか。その最前線を紐解いていく。
本稿では、漫画『ドラゴン桜』のモデルとしても知られ、長年教育業界の内情を見続けてきた西岡壱誠氏の見解を基に、親の教育投資動向から塾の経営戦略、EdTechの進化、さらには入試制度の変化が業界にもたらす影響まで、多角的な視点から現在の塾・教育業界を深く掘り下げる。

Q. 塾業界はなぜ今「戦国時代」と言われるほど激変しているのか?
学習塾業界は、2010年代後半から再編の兆しを見せ始め、2020年代に入るとその動きが急激に加速している。中小規模の塾が次々と倒産・廃業に追い込まれる一方で、体力のある大手塾によるM&Aが常態化し、業界地図は大きく塗り替えられつつある。この激しい競争は、やがて大手の企業群だけが生き残り、大規模な再編を経て勢力図が固定化される「最終局面」にあるとの見方が強い。
かつては地域に根ざした個人経営の塾が多く存在し、指導熱心な先生がいる評判だけで生徒が集まることもあった。しかし近年、消費者は「綺麗なウェブサイト」「実績」「ブランド力」といった側面を重視する傾向が強まり、個人塾は経営が困難に直面するようになった。後継者不足も深刻で、行き詰まった多くの個人塾が廃業するか、大手による買収対象となっているのが現状だ。
この業界再編を駆動するのは、生き残りをかけた地域シェアの奪い合いである。大手はM&Aを通じて生徒数を増やし、「地域ナンバーワン」というブランドを確立することを目指す。生徒数が多ければ、それだけ合格者数も増え、さらに集客力が高まるという好循環が生まれるからだ。
Q. 少子化なのに教育投資額が増えているのはなぜか?また、中小塾の経営が厳しくなる背景は?
少子化が進み子供の総数は減少しているが、意外にも家庭における教育投資額は増加傾向にある。一人の子供にかける費用が増えているのは、少子化で子供一人一人への期待が集中すること、そして祖父母からの資金援助も少なくないためである。
さらに、首都圏における中学受験熱の高まりや、地方でも公立中高一貫校が新設され受験が活発化するなど、地域ごとの教育競争も激化している。これは教育市場全体を活性化させる要因の一つだが、同時に「塾の二極化」を加速させる側面も持つ。
すなわち、ウェブサイトを持たない、あるいは古びた外観の個人塾は敬遠されがちになり、顧客は綺麗な施設と均一なサービス、明確なブランドイメージを持つ大手塾に集中する。かつて生徒と教師の関係性が重視された個人塾も、今日ではデジタル化やマーケティング戦略に長けた大手塾との競争に勝ち抜くことが難しくなり、その経営は一層厳しい状況にあるのだ。

Q. ベネッセなど大手上場塾が非公開化する理由は何か?
ベネッセを筆頭に、教育関連の上場企業が次々と非公開化へと舵を切る動きが活発である。これは「教育事業の現場感覚」と「短期的な成長を求める株式市場の論理」との間に生じる根本的なミスマッチが背景にあると考えられる。
教育現場では、講師が授業時間外にも生徒の質問に長時間応じたり、きめ細やかな指導を行ったりすることが美徳とされ、顧客満足度に直結する。しかし、上場企業としては厳格な労務管理が求められ、残業の抑制が課題となる。生徒のために時間をかけることが事業の収益性を圧迫する可能性があり、このようなジレンマが企業の意思決定を困難にさせる。毎年大幅な利益成長を要求する株主やアクティビストファンドのプレッシャーも重なり、中長期的な視点での教育戦略が阻害される傾向があるのだ。
そのため、非公開化することで上場による制約から解放され、より自由度の高い経営が可能となる。創業家によるMBO(マネジメント・バイアウト)で再び経営権を取り戻したり、ファンドに買収され新たな資本のもとで事業再生を目指したりと、その形態は多様である。ファンド側も、教育産業は生徒の在籍期間が長く売上の変動が少ない「値崩れしにくい」安定したビジネスと捉えており、魅力的な投資対象と見ている。
また、駿台や河合塾といった大手の中には、創業家による強固な経営体制を維持しているため、もともと上場していないところも多い。こうした企業は外部からのプレッシャーに左右されにくく、独自の教育理念に基づいた事業運営を継続している。

Q. 公文がAI企業を買収するなど、EdTech企業との連携が加速している理由は?
教育現場のデジタル化は避けられない潮流となっている。政府はGIGAスクール構想のもと、全ての小中高生にタブレット端末を配布し、2030年までにデジタル教科書を学校に完全に普及させる方針を掲げている。これにより、子供たちの学習環境は「デジタルファースト」へと移行し、従来の教育ビジネスモデルも変革を迫られている。
このような背景から、EdTech(エデュケーション・テクノロジー)の重要性が増している。特にAIを活用した学習システムは、生徒一人ひとりの学習履歴や理解度を分析し、「どこで、なぜ、どの単元でつまずいているか」を特定、遡って必要な学習コンテンツを提供するなど、圧倒的な学習効率化を実現する。公文がAIを活用した学習システムを提供するアタマプラスを買収した事例は、この流れを象徴している。
長年、手書きの紙教材で独自の地位を築いてきた公文がEdTech企業を買収したのは、自社内でデジタル部門をゼロから立ち上げるよりも、既に完成された技術を持つ企業を丸ごと取り込む方が経済合理的に優れているという判断がある。同様に河合塾もデータサイエンス・プログラミング教材を提供する0 to 1を買収するなど、大手塾は自社に不足するテクノロジーの知見や開発力をM&Aで補強する戦略を加速させている。
これは、文系出身者が多いとされる既存の塾経営陣が、急速に進化するテクノロジー分野への対応の遅れを認識し、外部の専門企業の力を借りることが不可欠であると判断した結果である。
Q. 「年内入試」が中小塾を追い詰めているとはどういうことか?
塾にとって、最も収益性の高い「掻き入れ時」は、受験直前の1月から2月にかけて実施される冬季講習や直前対策講座である。親は子供の合格のために、この時期に高額な費用を惜しまない傾向があるため、塾はここで大きな売上を確保する。
しかし近年、大学・高校入試において総合型選抜や学校推薦型選抜が増加し、さらに私立校では入試の早期化が進んでいる。これにより、早い家庭では11月から12月の「年内」に、遅くとも1月には第一志望の合格が決まる生徒が増えた。早期に合格が決まった生徒は、高額な直前対策を受ける必要がなくなるため、多くがその時期に塾を退塾してしまう。
これは中小塾のキャッシュフローを直撃し、経営を著しく圧迫する。親の側から見ても、「いつまでも子供が進路未決定で高額な塾代を払い続ける不安」から解放されることは、大きなメリットである。無償化された私立高校で特待生としての合格を勝ち取れば、あえて費用のかかる公立校受験を最後まで目指す必要はないと判断する家庭も増えているのだ。
結果として、直前対策で稼ぐ機会を失った多くの体力のない中小塾が倒産に追い込まれ、大規模なM&Aの対象となるという構造が生まれている。この「年内入試」トレンドは、塾業界の淘汰を加速させる要因の一つと言えるだろう。

Q. 不動産会社のヒューリックが難関塾を買収する狙いは?
不動産大手ヒューリックが、東京大学合格者の2割以上を輩出し、「東大合格者製造機」とも呼ばれる鉄緑会を買収したニュースは、教育と不動産の意外な組み合わせとして世間の耳目を集めた。
この買収の背後には、ヒューリックの巧みな街づくり戦略がある。ヒューリックは、自社が所有するオフィスビルなどを「教育特化型ビル」へと再開発し、鉄緑会のようなブランド力のある超人気塾を誘致することで、その周辺エリア全体のブランド価値を向上させ、ひいては地価相場全体を引き上げることを目指している。つまり、単なる不動産事業に留まらず、教育というソフトコンテンツをテコに地域の価値創造を能動的に行うという、高度なビジネスモデルを展開しているのだ。