マーケティング新常識
生活者が利用・購入を考える/きっかけ・シーン/カテゴリー総研/5,000人調査で導いた/戦略と実行
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2026年8月4日

市場が成熟する中、感覚に頼る施策では競合に勝てない。AIを活用して1000のエントリーポイントから自社の勝機をどう抽出するのか。ドライヤー市場や飲むヨーグルト市場の事例から読み解く勝者の法則とは。最前線で企業を支援するSuswork代表の田岡凌氏に解説してもらった。 <ゲスト> 田岡 凌|susw...
事業成長を加速する「カテゴリーエントリーポイント戦略」とは?
現在のマーケティング界で最も注目を集める概念の一つが「カテゴリーエントリーポイント(CEPs)」戦略である。これは、消費者が特定のカテゴリーを認識し、その中から特定のブランドを想起するきっかけとなる日常のシーンや文脈を指す。現代では、単に製品の機能やブランド名を知ってもらうだけでは不十分だ。消費者の購買行動がより多様化・複雑化する中で、どのタイミングで、どのような文脈でブランドが求められているのかを深く理解し、戦略的に訴求することが事業成長に不可欠な土台となる。本記事では、このカテゴリーエントリーポイント戦略の重要性とその実践方法を解説する。

Q. カテゴリーエントリーポイント(CEPs)とは何か?
CEPsとは、生活者がブランド自体を思い浮かべるより前に、そのカテゴリー全体を想起する具体的な日常のきっかけシーンや文脈を意味する。この概念は、長らく提唱されてきたカテゴリー戦略において、顧客との接点と捉える上で極めて重要な要素である。たとえば、カフェというカテゴリー一つとっても、「外で朝食を食べる」というシーンではコメダ珈琲が、「本格的なコーヒーを飲みたい」というニーズではスターバックスが、また「ランニング後に軽食をとりたい」という場合にはドトールが想起されるなど、特定のシーンや目的によって想起されるブランドは大きく異なるのだ。これは、消費者が特定のブランドを好き嫌いで選ぶだけでなく、必ず何らかのきっかけに基づいて選択しているという購買行動の本質を示している。CEPsはまた、決して固定的なものではなく、市場環境や生活者の変化によって常に動いており、例えば近年のリカバリーブームに見られる「疲労を回復したい」といった新たなCEPsが生まれることもある。
Q. なぜ今、カテゴリーエントリーポイント戦略が重要視されるのか?
従来のマーケティングでは、テレビCMなどを通じてブランド全体の「認知度」を向上させることに注力する傾向が強かった。しかし、いくらブランドが知られていても、実際に購買に繋がるとは限らないという課題があった。そこで重要視されるのが、特定の文脈で真っ先に自社ブランドを想起させる「CEPs想起(セップ想起)」である。CEPs戦略では、消費者が何かを選ぶ際の具体的な「文脈」(デモグラフィック属性、利用シーン、感情、目的など)を緻密に分析し、それぞれのCEPs内で自社ブランドの想起率を高めることに焦点を当てる。これは、従来の感覚的なマーケティングアプローチから、野球における「打率」だけでなく「出塁率」や「OPS」といった多角的なデータ指標で選手を評価する「データ野球」のように、より高解像度で確実な戦略決定への移行を意味する。5000人規模のカフェ調査では、どのCEPsでどのブランドが強く想起されるか、そして最大のCEPsが「友人とのお茶」のような機能的価値だけではないことなどが明らかになった。
Q. カテゴリーエントリーポイントはどのように発見し、分析するのか?

CEPsの発掘と分析は、現代のデータドリブンマーケティングの中核をなす要素だ。しかし、AIを用いたSNSや口コミの分析だけでは、すでに言語化され、表面化している「顕在的な」エントリーポイントしか捉えられないという限界がある。真に競合との差別化を図るためには、まだ明確なブランドが確立されていない「未充足エントリーポイント」や、将来的に市場が拡大する可能性を秘めた「潜在エントリーポイント」を見つけることが重要である。これらを表出させるには、顧客への綿密なインタビュー、業界専門家との対話、社内でのワークショップといった定性的な調査を繰り返し、仮説を構築する必要がある。その仮説を基に、大規模な定量調査を実施し、再び定性的な深掘りを行う、という定量と定性を循環させるアプローチが不可欠だ。また、戦略を実行に移すことを念頭に置き、「リラックスしたい時」といった抽象的なCEPsではなく、「ダイエット中の空腹を紛らわせたい時」のように、具体的な解決策と結びつきやすい特定の生活シーンとしてCEPsを明確に定義することが、「調査倒れ」を防ぐ上で極めて重要となる。飲むヨーグルトの例では、「ダイエット中の空腹を紛らわせたい時」のような潜在CEPsをデータから見出すことができた。
Q. どのようなカテゴリーエントリーポイントを戦略的に狙うべきか?
事業成長を最大化するために、ブランドは戦略的に以下の三つのタイプのCEPsを捉える必要がある。第一に、「巨大な既存エントリーポイント」を確保すること。これは、市場において最も大きな需要と多くの競合がひしめくメインの戦場であり、ここで確固たる地位を築くことが基盤となる。例えば、飲むヨーグルト市場では、「免疫力向上」ではR-1が、「睡眠の質向上」ではヤクルト1000が、それぞれ巨大なCEPsを既に確保している。第二に、「未充足エントリーポイント」を開拓すること。これは、消費者のニーズが存在するにもかかわらず、特定のブランドがまだ浸透しきれていない空白地帯を指す。飲むヨーグルトの例では、「食後のデザートとして楽しみたい時」がこれに該当した。そして第三に、「潜在エントリーポイント」を育成することである。これは現時点では比較的小さなCEPsだが、市場の変化やニーズの顕在化によって将来的に大きく成長する可能性を秘めている領域である。「ストレス解消」や「野菜不足を補いたい」といった飲むヨーグルトのCEPs、「より健康になりたい」という歯磨き粉のCEPsがそれに当たる。知覚過敏用のシュミテクトがこのニッチなCEPsを確立し、やがて一般的な歯の健康へと訴求を広げた好事例が参考になるだろう。これらのCEPsの「未充足率」と「市場サイズ」を掛け合わせた独自の分析によって、自社ブランドが次に攻めるべき成長領域が明確に可視化される。
Q. カテゴリーエントリーポイント戦略の実践にはどのようなアプローチがあるか?

CEPs戦略の実践では、ターゲットとする顧客が、特定の「何を解決したいか(What)」というニーズに対し、「どのような手段で(How)」アプローチすべきかをピンポイントで連動させることが鍵を握る。具体的な例として、ビジネスパーソンが持つ「朝、髪を早く乾かしたい」というドライヤーへのCEPsが挙げられる。このニーズに対し、単に製品性能を宣伝するだけでなく、信頼感のある体験型リアリティコンテンツやチャネルで訴求することが効果的である。例えば、出張先の宿泊ホテルといった「非日常の接点」において、最新の高性能ドライヤーを実際に利用してもらう。さらに、そのホテルの客室でドライヤーに関する魅力的な動画コンテンツを視聴できるようにするのだ。このように「体験」と「文脈(利用シーン・情報)」を巧みに組み合わせることで、顧客の行動変容を促す大きなトリガーとなる。このアプローチでは、まず自社ブランドの課題が「メンタルペネトレーション(想起の全体浸透率)の不足」にあるのか、「多角的なエントリーポイントへの対応不足」にあるのか、あるいは「物理的な入手しやすさ」にあるのかといった、真の課題をデータに基づいて明確に特定し、そこに合わせた具体的な戦略と戦術を立てることが重要だ。
Q. カテゴリーエントリーポイントはマーケティングにどのような未来をもたらすのか?

カテゴリーエントリーポイントは、もはや単なる一つの分析手法ではなく、これからのマーケティング活動において欠かせない「戦略的インフラ」となるだろう。生活者は衝動的にブランドを選ぶのではなく、常に特定のシーン(CEPs)を入り口としてカテゴリーからブランドを選択する、という行動様式は不動の原則である。このCEPsの理解と分析なくしては、あらゆる戦略立案が机上の空論となりかねない。CEPsデータを活用することで、自社だけでなく競合ブランドの強みや市場でのポジショニングも明確に可視化できるようになる。これは、まるで「目隠しを外した状態」で、市場という広大な盤面全体を把握した上で、最適なゲームメイクと戦術決定を可能にする。実施した施策が狙ったCEPs想起率にどう影響したかを定量的に評価し、そのフィードバックを次の戦略へと繋げることで、持続可能かつ科学的なブランドグロースを実現する。データに基づいた高解像度の意思決定が、ブランド担当者や経営層に強く求められる時代が到来していると言えよう。