PIVOT TALK BUSINESS
明治実業家に学ぶ、乱世を生き抜く力。見識、胆識の鍛え方
(730)
1.6万回視聴
2026年7月13日

乱世のど真ん中にあった明治時代の実業家から、現代のビジネスパーソンが学べる教訓とは何か?『明治実業家の知識・見識・胆識』の著者である作家の守屋淳氏に聞いた。 <ゲスト> 守屋 淳|作家 1965年東京生まれ、早稲田大学第一文学部卒業。中国古典の戦術戦略をビジネスの現場に活かすべく、講演活動を行う新...
「令和」の激動を乗り越える:明治実業家に学ぶ「知識・見識・胆識」
現代社会は情報革命やAIの進展によって大きな転換期を迎えており、不確実性の高まりから先行きが見えにくい時代に突入している。このような時代に私たちは何を指針とすべきか。歴史を振り返ると、同様の変革期であった明治時代にその答えを見出すことができるだろう。産業革命の波に直面し、未曾有の課題に立ち向かった明治の実業家たちが持ち合わせた「知識・見識・胆識」という三つの力は、まさに現代のリーダーたちに必要な資質である。彼らの経験と哲学から、激動の時代を生き抜くための智慧を探る。

Q. なぜ明治の実業家はこれまで正当に評価されてこなかったのか?
出版界には「幕末」関連本は売れるが「明治」関連本は売れないという通説が存在する。幕末の志士には20代から30代の若く魅力的な人物が多く、変革期の華々しいストーリーが読者の関心を惹きつけてきたからだろう。一方で明治期の人物は、どこか地味な印象を持たれがちだ。
さらに、実業家や経済人を学校教育の場で教えることに対する抵抗も根強い。お金儲けというテーマを教育の題材にすることへの忌避感が現代にも引き継がれているのだ。結果として、社会貢献を果たし、偉大な業績を残した明治の実業家たちは、その重要性に見合わないほど低い知名度に甘んじてきたと言える。渋沢栄一が近年ようやく注目されたのも、大河ドラマや新紙幣の登場といった外的要因によるものが大きい。

Q. 現代の時代は、なぜ明治期から学ぶべきだとされるのか?
歴史は繰り返さないものの、似たパターンを辿ることが多い。特に経済や金融の分野ではその傾向が顕著だ。現代は情報・AI革命により産業構造が大きく変わり、先行きが不透明な動乱の時代にある。この状況は、産業革命によって世界地図が塗り替えられ、植民地化の危機に直面した明治期と極めて類似している。
当時の日本は、石炭(三池炭鉱、高島炭鉱)や銅(別子銅山)といった豊富な天然資源を国内に持ち、これらが産業化を加速させる強力な原動力となった。三大財閥の多くが資源を握ったのは偶然ではない。しかし、現代の日本にはそのような物理的資源はない。むしろデジタル赤字が拡大するなど、新たな課題に直面している。だからこそ、先人が築き上げた社会インフラや知識という無形資産をいかに活用し、新しい形で外貨を獲得していくかが重要となる。形は違えど、未解の問いに対し、新たな答えを創造しなければならない点で明治と現代は深く共鳴しあっている。
Q. AIが進化する現代において、「知識・見識・胆識」の重要性はどう変化するのか?
知識は、かつては一部の特権だったが、インターネットとAIの発展により誰もが容易にアクセスできるようになり、その相対的な重要性は薄れてきている。AIは膨大なデータを元に最適な確率を示唆する「確率マシン」に過ぎないため、最終的に「どれを選ぶか」という決断を下すのは人間の役割であり、ここに「見識」が求められる。
そして、その決断したことを実際にやり遂げる実行力こそが「胆識」である。AIは見識や胆識を持たない。だからこそ、この不確実な世界で自らの意志で選択し、それを最後まで成し遂げる人間の能力の価値が飛躍的に高まっている。見識に裏打ちされた選択でなければ、それに伴う責任感も生まれにくく、真の胆識も養われないだろう。

この胆識は、生ぬるい環境からは決して生まれない。日本一のタフネゴシエーターと称される弁護士は、「修羅場があれば常にど真ん中にいた」と語る。逆境や困難から逃げずに経験を積むことで、人間は揺るぎない胆力と決断力を培うことができる。
Q. 渋沢栄一が偉大な実業家となれたのは、どのような思想と行動の源泉があったからか?
現代的な観点から見れば「学歴ゼロ」であった渋沢栄一をはじめとする明治の実業家たちは、その多くが中国古典の教えから見識とやり抜く力を学んでいた。中国古典は、「志」を持ち、その実現のために「徳」を身につけ、多くの人から信用を得て結果を出すことを説く、リーダー育成の実践書であった。
特に渋沢の強みは、中国古典が説く「勇」の概念を体現していたことにある。中国古典における「勇」とは、ただ無謀に突撃するだけではない。「引くべき時は引き、最終的に結果を出す実行力」を意味する。渋沢は若かりし頃、高崎城襲撃や横浜焼き討ちを計画するほどの「猛獣性」を秘めていた。しかし、その計画が不可能だと判断すれば、一瞬にして撤退を決められる自制心も持ち合わせていた。アクセルとブレーキを併せ持つこのバランス感覚こそが、彼の成功を支えた根幹であろう。
さらに、彼の愛読書である『論語』から派生する「修己安人(自己を修め、社会を安らげる)」の思想も大きい。渋沢は事業を通じて自らの富を追求しつつも、常に社会全体を豊かにすることを目的としていた。約500社の企業設立に携わる一方で、養育院などの社会事業を約600件も行い、弱者を含む社会全体の幸福を希求した。彼の企業活動は、私利私欲のためではなく、日本の社会と国際社会の平和という壮大なビジョン実現のための一環だったのだ。陰陽のバランスを表す太極図のように、「儲けたい」という人間の本能的な欲求と、「社会貢献」という対極的な理念を見事に両立させた思想こそ、渋沢栄一の偉大さの源泉であった。
Q. 渋沢型と岩崎型という異なる経営スタイルは、激動の現代社会でどのように評価され、選択されるべきなのか?
明治の実業家には、渋沢栄一のように自ら手掛けた事業を社会に広く開かれたものとして分散させていく「渋沢型」と、岩崎弥太郎のように自己の、あるいは身内の企業の力を強化し、市場を独占的に支配する「岩崎型」という対照的な二つの経営スタイルが存在した。

渋沢は岩崎の攻撃的な独占志向を否定せず、実業界に必要な一側面と認識していた。しかし、行き過ぎた独占がサービスの質を低下させたり、高額な料金につながることを避けるため、競争原理を導入し続けようと努力した。
動乱期においては、その社会環境によってどちらのスタイルも理に適った生存戦略だと言える。先行きが不透明な時代ほど、劉備・関羽・張飛の「桃園の誓い」のように、閉じた仲間同士で堅固な結束を築き、リスクと利益を共有する岩崎型のビジネスモデルは強力な生存戦略となるだろう。イーロン・マスクのSpaceXのように、政府と結びついて独占的な地位を築く現代の事例も、ある意味で明治期の国家と産業が一体となった構図に酷似している。
一方で、強欲資本主義の限界が指摘されるリーマンショック以降、国際社会では渋沢栄一の思想が見直されつつある。ハーバードビジネススクールなどでも、彼の経営哲学が研究対象となり、今後の経営の新たな指針となる可能性を秘める。つまり、現代社会はどちらか一方に舵を切るのではなく、両方の流れが存在し、それぞれがその時代のニーズやリーダー個人の志向に応じて選択される過渡期にあると言えよう。
Q. 現代社会のリーダーたちは、富の二極化が進む中でいかに振る舞うべきか?
富の二極化が進むと、社会には貧富の格差からくる嫉妬や不満が蓄積されやすい。明治期にはこれが原因で、一部の富裕層や政治家がテロの標的となった史実がある。安田善次郎のような成功者は、最終的にテロリストによって命を落とす結果となった。しかし、渋沢栄一はこれだけの偉業を成し遂げながらも、テロの標的になることはなかった。彼は富を独占せず、養育院の設立など社会福祉事業に尽力した。彼の姿勢が社会全体に認知されていたため、憎悪の対象とならなかったのだ。
成功者は、自身の命や事業を守るためにも、若いうちから社会貢献や寄付を積極的に行うべきである。さらに、その善行は世間にアピールすることを躊躇してはならない。「陰徳」の精神も美しいが、社会的な不満が高まる中でそれを秘めているだけでは、自らを窮地に追い込む可能性もある。やるならば早く、オープンに、そしてよりスマートに行動することが、社会の調和を保ち、リーダー自身の身を守るための重要な智慧である。ビル・ゲイツの財団活動などがその好例だ。自己の倫理の軸を育み、目の前の問題解決から始まり、やがては社会全体、ひいては国際社会の調和を目指す姿勢が現代のリーダーには強く求められている。