
日本車vs.中国車。東南アジアの激戦
激変する東南アジアEV市場、中国の猛追に日本はいかに抗うか?
東南アジアの自動車市場でかつては揺るがぬ地位を築いてきた日本メーカーの牙城が、今、大きく揺らいでいる。背景にあるのは、中国EVメーカーによる急速な市場侵食だ。中国の国内市場における激しい価格競争と欧米市場での関税障壁を背景に、東南アジアは中国EVメーカーにとって新たな活路となっている。
本記事では、この地殻変動の最前線をレポートし、なぜ中国EVがこれほどの勢いで市場を席巻しているのか、そして日本メーカーが巻き返すためにどのような戦略を取るべきかを中国・東南アジア専門ジャーナリストの舛友雄大氏とジェトロ・バンコク事務所の藪恭兵氏と探る。価格、政策、消費者心理、そして地政学的な要因が複雑に絡み合う東南アジアEV市場の真の姿を明らかにする。


Q. 東南アジアのEV市場は今、どのような状況にあるのか?
東南アジアの主要6カ国(タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール)を合わせた自動車販売台数は年間約335万台。このうち、電気自動車(EV)が急速に存在感を高めている。特にタイでは、2022年のEV販売シェアが約20%を記録し、最新データでは今年1月から5月までに32%を突破した。

しかし、このEVの成長を牽引するのは大半が中国メーカーである。ベトナムのEV市場では地場メーカー「ビンファスト」が96%のシェアを占める例外があるものの、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポールなどでは、BYDを筆頭に中国企業のEVが市場を席巻している状況だ。
Q. なぜ中国EVメーカーは東南アジア市場を重視するのか?その戦略は?
中国EVメーカーが東南アジア市場に猛攻をかける背景には、国内市場での過酷な価格競争がある。中国本土ではEVが「売っても売っても儲からない」状況にあり、企業は利益を求めて海外市場へ活路を見出している。さらに、アメリカやヨーロッパが中国製EVに対する関税や障壁を強化する中、比較的規制が緩い東南アジアが新たな戦略的要衝として浮上した。

中国メーカーの戦略は大きく分けて二つ存在する。一つは中国で製造したEVを直接東南アジアに輸出する形。もう一つは、東南アジアに工場を建設し、そこで製造した車を「メイド・イン・アセアン」として欧米市場に輸出する「迂回生産ハブ化」だ。これにより、米中対立による関税のバリアを回避し、グローバルでの事業継続を図っているのである。
Q. ASEAN各国政府は、中国EVメーカーの進出をどのように見ているのか?
当初、東南アジア各国政府はEV産業の育成を掲げ、中国メーカーの投資を積極的に歓迎し、タイやインドネシアなどでは補助金や優遇策を競い合うほどであった。しかし、その姿勢に変化が見え始めた。中国メーカーの中には、工場を設立しても中国人労働者で運営し、部品も大半を中国から輸入する「ゼロドル工場」が少なくない。これにより、現地での雇用創出やサプライチェーンの深化、技術移転といった経済的貢献が乏しいという懸念が浮上している。
マレーシアは自国の「国民車」ブランド(プロドゥア、プロトン)保護のため、中国メーカーの投資を誘致しつつも、巧みな政策で国内市場への影響をコントロールしている。例えばBYDに対しては、現地で生産するEVは国内で販売せず、主に輸出に回すという約束を取り付けた。これは、外資の活力を取り入れつつ、自国の産業を守るという、アセアン各国にとって重要な模範となる政策だ。
Q. タイのEV市場で中国メーカーが圧倒的な強さを見せるのはなぜか?
タイで中国EVメーカーが躍進する最大の要因は価格競争力である。タイ政府の積極的なEV誘致策により、1台あたり約50万円の購入補助金が導入され、結果として中国製EVが同クラスの日系ガソリン車よりも安く購入できる「価格逆転現象」が発生した。例えばBYDのドルフィンは約250万円で購入可能であり、400万円程度する日系ガソリン車に対し圧倒的な優位性を持つ。
さらに、安さに加え、新しい物好きなタイの若年層の心を掴んだのが、中国EVの未来的なデザインとデジタルな機能である。大画面ディスプレイや派手な内装、エンタメ性の高い機能は、テクノロジーを愛好するタイの消費者、特に「ガジェット好き」の若い世代に強く響いている。中国メーカーは2~3年という短いサイクルで新モデルを次々と投入し、この消費者の「飽き性」ともいえる嗜好に対応する。保守的でモデルチェンジに慎重な日系メーカーとは対照的だ。
この市場変化はバンコク国際モーターショーでも如実に現れた。中国ブランドが展示車の半数を占め、販売予約台数では日系メーカーを圧倒し上位を独占。中東情勢によるガソリン価格の高騰も、EVへの関心をさらに高め、政府のEVシフト推進に拍車をかけた。結果として、タイの自動車市場は大きく変化したと言えるだろう。

Q. 中国EVの躍進に影を落とす「EVシフトの課題」とは何か?
快進撃を続ける中国EVだが、その裏では実用面での課題も浮上している。タイなどの先行市場では、一部のEV購入者から「次はガソリン車に戻したい」という声が出ている。主な理由は以下の通りだ。
第一に、アフターサービス体制の不備だ。中国EVメーカーの修理拠点数は日系メーカーに比べて圧倒的に少なく、故障時のサポートやスペア部品の調達に不安がある。長年にわたり全国にサービス網を築いてきた日系企業との差は歴然としている。
第二に、高い保険料だ。EVのバッテリー安全性や性能評価が難しいため、自動車保険の費用が高額になる傾向にある。
第三に、中古車市場での資産価値の低さだ。車を資産と考えるタイの消費者にとって、数年後のリセールバリューの低さは大きな懸念材料である。中国国内では数年で乗り換えるエコシステムが確立されているが、東南アジアの消費行動とは隔たりがある。
第四に、乗り心地の違和感や長距離走行への不安がある。都市部の短距離移動には問題ないが、長距離の移動では酔いやすいという声も聞かれる。
また、EV普及の将来は各国政府の補助金政策の行方に大きく左右される。財政的に余裕のない東南アジア諸国が手厚い補助金を継続できるかは不透明だ。補助金が縮小・廃止された場合、EVの価格優位性は失われ、現在の勢いが続くかは未知数である。
Q. 日本メーカーが東南アジア市場で巻き返すには、どのような戦略が有効か?
日本メーカーが巻き返すための最大の強みは、長年にわたり東南アジアで培ってきた「現地への貢献」だ。日系メーカーはタイで90%以上の現地調達率を実現し、強固なサプライチェーンと全国的な販売・アフターサービス網を構築している。これは、現地経済に貢献しない「ゼロドル工場」という批判を受ける中国勢との明確な差別化要因となる。
また、EV一辺倒ではない「マルチパスウェイ戦略」も有効である。高信頼性のハイブリッド車(HV)や、現地のサトウキビなどから生産されるバイオ燃料を活用する内燃機関車など、多様な選択肢を提供することで、東南アジア各国は既存の技術や雇用、さらには農業などの産業を守りつつ、環境目標達成への道筋を描くことができる。日本はこれら多様なソリューションを提示し、経済的にも現実的なアプローチであることをアピールする必要がある。
さらに、現地ニーズに即した製品開発と迅速な意思決定が求められる。かつて安住してきた市場で、中国のスピード感とローカライズ能力を学び、時には日本の伝統的な開発手法を見直すことも必要だ。三菱自動車がタイで開発した車の市場投入など、現地での開発体制を強化する動きも出ており、これらが今後の巻き返しの鍵を握るだろう。
Q. 日本の官民連携による「ルール形成」がなぜ重要なのか?
今日の国際ビジネスでは、個社の競争力だけでなく、政府と企業が一体となってビジネス環境を有利に変える「ルール形成」が極めて重要となっている。日本政府やJETROなどの公的機関が、中国企業の「ゼロドル工場」が現地に与える環境負荷や経済的恩恵の少なさを現地政府に訴えかけ、日本の長期的な現地貢献の価値を再評価させる働きかけは不可欠だ。
長年の歴史の中で、日系メーカーは現地に雇用を創出し、技術移転を行い、人材育成にも貢献してきた。このような「日本ブランド」の持つ信頼性と実績は、単なる経済的競争を超え、外交や政治的な側面においても強力なカードとなる。この強みを活用し、アセアン各国の実情に合った持続可能な産業育成を共同で推進する提案を行うことで、日本企業にとって有利なルールが形成される可能性は高まるだろう。
これまでタイをはじめとする東南アジア市場は、日本の自動車産業にとって「ドル箱」であっただけでなく、日本とアセアンの関係性そのものを象徴する存在でもあった。この自動車市場の行方は、単なる経済問題に留まらず、両者の関係が今後どう変化していくかをも左右する重要な意味を持っている。