PIVOT TALK BUSINESS
経済安保の実践法
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2026年5月28日

経済安全保障を実践するために、ビジネスパーソンは具体的にどんな情報を集め、どう動くべきか。 電通総研の伊藤隆氏に企業を脅かすリスクを図る「3つのS」など具体的な手法を解説してもらった。 <ゲスト> 伊藤 隆|電通総研 経済安全保障研究センター(DCER)副センター⻑ 慶應義塾大学法学部卒。1986...
経済安全保障時代を勝ち抜くインテリジェンス戦略とビジネスパーソンの心構え
現代ビジネスを取り巻く環境は、かつてないほど不確実性を増している。地政学的な緊張、技術覇権争い、サプライチェーンの混乱など、企業の経営判断には高度な情報収集と分析、そして経済安全保障の視点が不可欠となっている。
本稿では、企業が取るべきインテリジェンス活動の具体的なアプローチ、経済安全保障リスクを評価する「3つのS」フレームワーク、そしてビジネスパーソン一人ひとりに求められる心構えを、Q&A形式で深く掘り下げて解説する。
情報の波に乗りこなし、企業の持続的成長を実現するためのヒントを探っていく。

Q. 企業が効果的なインテリジェンス活動を行うには何が必要か?
インテリジェンス活動は、単なる情報収集に留まらず、3つの階層からなるサイクルを継続的に回すことが重要だ。第一に「社外ネットワークからの情報収集」、第二に「社内での情報展開と分析」、そして第三に「経営層への報告と意思決定」である。

社外からの情報収集は、主にオープンソースに基づくと良い。ただし、これだけで必要な情報の全てが揃うわけではない。不足する情報は仮説を立てて補完し、その仮説を社内外のコミュニティで積極的に発信・検証するプロセスが不可欠である。自ら情報を発信することで、信頼関係が構築され、より質の高い情報が集まる好循環が生まれる。この「聞くだけでは情報が集まらない」という原則を理解し、能動的に動くことが肝要だ。
社内への情報展開は「法律ができた」と漠然と伝えるだけでは組織を動かせない。「この事業に、いつから、どれくらいの金額的影響が出るか」といった具体的な情報に落とし込み、現場が自分事として捉えられるレベルまで噛み砕いて伝える翻訳能力が求められる。
経営層への報告は、50枚ものレポートではなく、A4用紙1枚程度に要点を絞り、迅速な意思決定を促すことが理想的である。意思決定後の結果を検証し、新たな情報収集へと繋げるPDCAサイクルを回し続ける意識が欠かせない。
Q. 信頼できる情報を効率的に収集するにはどうすればよいか?
情報過多の時代において、信頼できる情報を効率的に収集する工夫が求められる。まずはウォールストリートジャーナルやフィナンシャルタイムズ、日本経済新聞といった複数のクオリティペーパーやNHKのような信頼性の高いメディアを幅広くチェックするのが基本である。これらのメディアを比較し、共通して頻繁に登場する特定の専門家や評論家を見つけ出すことが第一歩だ。
次に、そうした専門家のX(旧Twitter)などソーシャルメディアアカウントをフォローすると良い。専門家自身が自分の発言を要約したり、深掘りしたり、他のメディア記事に言及したりする場合も多いため、彼らの発信する情報を追うことで効率的に質の高い一次情報や関連情報を入手できる。ただし、SNSの情報源全てが信頼できるわけではない点に注意し、常に原点にあたる作業を怠らないようにすべきだ。政府の発表であれば政府のホームページ、有力シンクタンクの発表であればその公式ウェブサイトを必ず確認することで、情報の精度と信頼性を確保できる。
Q. 経済安全保障のリスクを評価するフレームワークはあるか?
経済安全保障分野のリスクを評価するための独自フレームワークとして「3つのS」がある。これは「主導性(Shudosei)リスク」「制度(Seido)リスク」「信頼性(Shinraisei)リスク」を指し、これらのリスクを時間軸に沿って定期的に確認していくことが重要となる。

「主導性リスク」とは、取引相手が誰に支配されているのか、自社が特定の取引先に過度に依存し支配されていないかを評価することである。取引を完全に止めるのが難しい場合でも、過度な依存が確認された場合は、依存状態を解消するための具体的なプログラムを策定し、実行に移す必要がある。このリスクを放置すれば、企業の意思決定や事業活動が他者の影響下に置かれる可能性が高まるため、定期的な点検が不可欠だ。
「制度リスク」とは、取引先が国内・海外の制裁リスト(エンティティリストなど)に掲載されていないかをチェックし、関連法規(外為法など)に抵触していないかを確認することである。自国だけでなく、米国やEUといった主要国の規制も対象に含まれるため、多角的な視点が必要だ。また、法的なリスクだけでなく、レピュテーションリスクも考慮すべき点だ。問題のある企業との取引が発覚すれば、企業の社会的評価が大きく損なわれる可能性があるため、ハードローだけでなく、ソフトローの観点からも取引相手の評価を怠ってはならない。
「信頼性リスク」とは、供給される製品、サービス、ソフトウェアなどに、情報漏洩や機能停止を目的とした「バックドア」が仕込まれていないか、人的な脅威(スパイ行為など)がないかといった点を検証することである。過去には、軍事用に導入された監視カメラが意図せず他国のサーバーと通信していた事例もあり、単なる品質保証に加えて、潜在的なセキュリティリスクや人的脅威への警戒も求められる。取引関係における人材交流においても、相手の持つ異なる意図を常に念頭に置き、健全性を評価する視点が必要だ。
Q. 中国の経済安全保障における動きをどう解釈すべきか?
中国は「経済は政治的目的を達成するための道具」と明確に位置付けており、日本人が慣れ親しんだ「政経分離」の概念は彼らには通用しない。例えば、中国が日本に対し発動した軍民両用品の輸出規制は、単なる報復措置ではない複数の狙いがあると考えられる。
一つは、日本の政治が対中強硬路線を維持する中で、経済的な影響を与えることで日本経済界から政治に対する強い圧力を引き起こし、日本政府の姿勢を変えさせることだ。もう一つは、輸出取引のモニタリングを通じて、日本企業のサプライチェーンの詳細を把握し、新たなチョークポイント(弱点)を特定しようとする試みである可能性もある。
こうした中国の強硬な経済的対抗措置は、日本に限ったことではない。欧州連合(EU)がロシアを支援する中国企業を制裁リストに加えた同日、中国がドイツやベルギーなどのEU企業を対抗的にリストに追加した事例もあり、自国の意に沿わない行動には経済的な報復を辞さない姿勢が明らかだ。中国が国際社会で自信を深め、経済をより直接的な政治ツールとして用いている現実を日本企業は直視し、自社のサプライチェーンやビジネスモデルのレジリエンス(回復力)を高める必要がある。
Q. イラン情勢のような地政学リスクから企業は何を学ぶべきか?
イラン情勢に端を発するホルムズ海峡危機のような地政学リスクは、単なる政治問題ではなく、エネルギー価格の高騰などを通じて国民生活に直接影響を及ぼす「新しい事象」である。このようなリスクに対処するための「備蓄」「代替ルートの確保」「省資源化」といった手段は、必然的にコスト増に繋がる。企業は適切な企業努力を行うが、それでも対応できない部分は、株主への説明責任を果たすためにも適切な価格転嫁を検討しなければならない。社会全体が、こうしたコスト増を「リスクを受容する対価」として認識し、受け入れる意識が求められる。

また、複数のプレイヤーが複雑に絡み合うサプライチェーンにおいて、危機発生時に個々の企業が自己防衛的に在庫を抱え込む動きは、全体としての「目詰まり」を引き起こし、かえって物資不足を加速させる恐れがある。コロナ禍でのマスク不足は、その典型的な事例だ。こうした事態を防ぐためには、官民が部門や企業の枠を超えて正確な情報を共有し、流通が滞らないよう協調して行動する仕組みの構築が急務となる。自社の都合だけでなく、サプライチェーン全体の視点で最適な解を探る意識を持つべきだ。
Q. 経済安全保障時代にビジネスパーソンが持つべき心構えとは何か?
日本の経済安全保障の環境は、世界的に見ても恵まれている部分が多い。法制度(ハードロー)と企業の間に、ソフトローや「インフォーマルガバナンス」と呼ばれる勉強会などの緩衝材が存在し、これが官民の強固な信頼関係を醸成している。官と民が共通の土俵で戦略的自律性や不可欠性を議論できる環境は、国際的にも稀有な日本の強みであると言えよう。
この恵まれた環境を最大限に活かすためには、ビジネスパーソン一人ひとりが「経済安全保障は他人事ではない」という当事者意識を持つことが不可欠だ。企業や政府といった抽象的な存在が活動するわけではなく、インテリジェンスも官民連携も、最終的には「信頼できる個人のネットワーク」によって機能している。ビジネスパーソンは、自ら情報のアンテナを高め、積極的に対話に参加することで情報の信頼度を上げていく役割を担う。
自身の会社、産業、ひいては日本経済全体が、この困難な国際情勢の中でどうすれば活動を継続できるのかを考え、国内外にわたる信頼のネットワークの主体となることこそが、これからの時代を生き抜くための最も重要な心構えだと言えるだろう。