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企業のための経済安全保障 入門編
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2026年5月27日

経済安全保障のために企業は具体的に何に気を配り、何から始めるべきか。電通総研経済安全保障研究センター副センター長で、民間初となる経済安保専門部署立ち上げの経験をもつ伊藤隆氏に、その基礎を解説してもらった。 <ゲスト> 伊藤 隆|電通総研 経済安全保障研究センター(DCER)副センター⻑ 慶應義塾大...
ビジネスを止めないための経済安全保障戦略:企業が実践すべきこと
今日のビジネス環境において「経済安全保障」は喫緊の課題である。ニュースでは頻繁に耳にするが、企業にとって具体的に何を意味し、何から始めるべきか不明瞭な点は少なくない。
本記事では、民間初の経済安全保障専門部署を三菱電機で立ち上げた経験を持つ電通総研経済安全保障研究センター副センター長の伊藤隆氏の解説をもとに、その実践法をQ&A形式で深掘りする。
本質、設立経緯、難しさ、消費者の意識、そして企業が取るべき具体的なステップまでを詳らかにする。

Q. 経済安全保障は企業にとってどのような意義があるのか?
国家の文脈で語られがちな経済安全保障だが、企業の立場から見れば、事業を守ることに集約される。
その本質は「自社のビジネスを止めないこと」と「確保した競争優位を逃さないこと」の二つである。
防衛装備品メーカーに限らず、サプライチェーンに関わる全ての企業、すなわち全業種にとってこれは死活問題だ。サプライチェーンは物資だけでなく、ソフトウェア開発やサービス提供も含む広い概念である。
また、企業の競争優位たる技術情報などは、M&A時の情報漏洩リスクやサイバーセキュリティ対策によって守られなければならない。これらを確保する活動こそ、企業存続のための根本的なリスクマネジメントなのだ。
Q. 三菱電機が民間初の専門部署を設立した経緯とは何か?
2020年、三菱電機は民間初の経済安全保障専門部署を立ち上げた。直接の契機は、2018年米国で議論が始まった国防授権法(NDAA)である。
同法は米国技術の中国企業への供与制限や、特定の中国企業を含む製品の政府調達排除などを定めた。当時、同社が中国企業との半導体ビジネスで抵触の可能性が浮上した。
日本国内に情報が乏しい中、ワシントンへの調査団派遣など手探りで情報収集を開始した。2020年には日本政府でも経済安保の議論が活発化し、経営層は看過できない事態と認識した。
海外ビジネスの1/4を占める米中欧亜市場と多様な製品ラインナップを持つ同社は、米中双方に説明責任を果たすべく、専門部署設置に踏み切った。
この部門は、以前から問題を提起していた人物がリーダーに任命された。
Q. 経済安全保障対策の難しさはどこにあるのか?
経済安全保障対策には主に四つの難しさがある。

一つ目は「守るべきスコープの明確化」だ。自社のリスクとサプライチェーンの「チョークポイント」特定が肝要となる。
二つ目は「多岐にわたる各国法規制への対応」である。域外適用される米国・中国などの規制遵守が求められ、矛盾する法令間の判断が難しい。
三つ目は「経済合理性との両立」の誤解だ。対策コストは補助金などでWACCを抑制可能であり、事業停止リスク回避は長期的合理性につながる。
四つ目は「地政学リスクマネジメントの手法」である。予測困難なリスクはボトムアップ管理に馴染まず、インテリジェンス部門によるトップダウン対応が必須だ。
Q. 「機会とリスクのタイムラグ」とは具体的にどういうことか?
企業が事業判断を下す際、初期段階では「機会」が「リスク」を上回ると判断される。

しかし、時間経過と外部環境の変化に伴いリスクが増大し、やがて機会を凌駕することがある。このバランスが逆転する期間を「チャンスとリスクのタイムラグ」と呼ぶ。
半導体メーカーNexperiaの事例が典型だ。当初オランダのPhilips傘下だった同社は、分社、中国ファンドへの売却、そして中国企業Wingtechによる買収を経て中国系企業へと変貌した。
その後、Wingtechが米国のエンティティリストに掲載されると、支配権ルールが適用されNexperiaも制裁対象となり、多くの自動車メーカーの生産に深刻な影響を与えたのである。
この事例は、長期にわたるサプライヤーの資本構成変化の監視と、リスク兆候時の在庫積み増しや代替調達(二重購買)などの対策が重要だと示す。安易な単一購買は大きなリスクを伴う。
Q. 経済安全保障対策によるコスト増を消費者はどこまで許容するのか?
経済安全保障対策はコスト増に繋がりやすいが、消費者がどこまでそのコストを許容するかが重要である。
電通総研の1万人調査では、サプライチェーン再編を75%が支持したが、製品価格が10%上昇すると支持率が6.2ポイント、20%上昇で14.4ポイント低下することが判明した。
これは2020年調査だが、20%上昇しても約6割が政策を支持した結果は専門家予想を上回った。
地政学リスクに伴う物価上昇に対し、消費者が一定の理解や耐性を持つ可能性を示唆する。
コロナ禍やウクライナ侵攻を経て「非常事態が常態化」した現代では、消費者意識も変化していると言える。企業はコスト転嫁でこの許容度を見極める必要がある。
Q. 企業は経済安全保障対策に何から着手すべきか?
経済安全保障対策は、サプライチェーン複雑な製造業や社会インフラ関連企業、そのサプライヤーに優先的に求められる。しかし、「ビジネスを止めない」「競争優位を逃さない」ため、全ての企業にとって不可欠だ。

第一歩は「専門インテリジェンスセクション」設置である。既存部門のリスク認識は狭いため、社内外の情報を横断収集・分析し、地政学リスクに対応する司令塔が必要だ。
これが「社会と社内のギャップ」を埋める。
この部署を担う人材には四種類が求められる。「国際情勢に関心を持つ者」、「自社の業務・手続きを熟知した者」、「リスクを直感的に察知する『勘働き』に長けた者」、そして「対策を着実に実行する『実務家』」である。
後者二つは一人では兼ねられないため、多様な人材でチームを組むのが鍵だ。人材は求める能力を明確に探し、社内外から募集する。情報収集はメディアの専門家を追うなど能動的なサイクル確立が重要となる。