政策超分析
最新ウクライナ戦況/ドローンの進化とモスクワ大規模空爆
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2026年5月26日

専門家が国際情勢を徹底解説する「政策超分析」。今回のテーマは「ウクライナ情勢と最新軍事技術」。前編では、専門家が最新戦況を中心に解説。 <出演者> 小泉悠|東京大学 先端科学技術研究センター 准教授 ロシアの安全保障戦略研究の第一人者。2019年『「帝国」ロシアの地政学』でサントリー学芸賞を受賞。...
ウクライナ戦争の新局面:ウクライナの国産長距離兵器と揺らぐロシア国内
長期化するウクライナ侵攻は、新たなフェーズへと突入している。ウクライナが自国開発の長距離兵器を投入し、ロシア本土への攻撃能力を劇的に向上させたことで、戦況の様相は大きく変化した。一方、ロシア国内ではインフレが国民生活を圧迫し、情報統制も強化される中、プーチン大統領の支持率は侵攻後最低水準を記録するなど、体制の不安定化を示唆する兆候が見られる。本記事では、ウクライナの戦地における日常と非日常の混在から、戦線膠着の背景、そして両国の国内情勢まで、専門家たちの分析を通じて深掘りする。変化し続ける戦場の実態と、それがもたらす地政学的影響について考察を試みる。

Q. ウクライナの都市で市民生活はどのような状況にあるか?
ウクライナの首都キーウでは、市民が「99%の日常」を維持しようと努力している様子が窺える。飲食店が営業し、ラーメンブームすら発生しているという。しかしその一方で、「1%の非日常」が市民を脅かし続けている。ドローンの飛来により一夜にして家族全員が命を奪われる悲劇が毎週のように報告されており、日常のすぐ隣に戦争の残酷な現実が常に存在する。

この状況下で、キーウでは破壊されたロシア軍の戦車や民間人の車の残骸があえて展示されている。これは戦争の記憶を風化させず、国民に「気を抜けば国がなくなるかもしれない」という危機感を共有させ、戦意を維持するためのメッセージとして機能しているという。
一方、前線の街イジュームでは、首都キーウとは状況が大きく異なる。市街戦の痕跡が生々しく残り、ロシア軍の攻撃により甚大な被害を受けた建物が「記念碑」として意図的に保存されている。また、ロシア軍が撤退時に敷設した地雷原は、自壊装置が破壊された半永久的なものであり、周辺住民の命を脅かし、農地の使用も不可能にしている。首都と前線では、戦争が日常にもたらす影響の質と量が異なる点が指摘される。
Q. ロシアの戦勝記念日パレードはなぜ縮小開催されたのか?
ロシアでは毎年5月9日に第二次世界大戦の戦勝を記念する大規模な軍事パレードが実施されるが、今年は兵器の展示を行わない異例の縮小形式となった。この背景には兵器不足というより、ウクライナの長距離攻撃能力の向上への強い警戒があるという。専門家は、もし例年通りアラビノ演習場などに装備を集結させていれば、そこはウクライナ軍の格好の標的となり、ドローン攻撃を受ける可能性があったと指摘する。すなわち、このパレードの縮小はロシアの戦力低下を示すものではなく、むしろウクライナの長距離攻撃能力がロシアに与える戦略的な圧力を如実に物語っていると言える。
Q. ウクライナの長距離攻撃能力の向上は戦争のどのような変化をもたらすか?
ウクライナは当初、ドイツのタウルスやアメリカのトマホークといった西側諸国の長距離ミサイル供与を強く求めていた。しかし、これらの支援が見込めない状況を受け、「自分たちで作るしかない」という切迫した状況から、自国での長距離兵器開発に踏み切った。この決断は、かつて旧ソ連の軍需産業の約4割を担ったというウクライナの高い工業力を背景に、迅速な技術革新を可能にした。現在では、1000キロから2000キロ先まで届く長距離ドローンや巡航ミサイルのような兵器が実用化され、ロシア国内の軍需工場や石油施設が攻撃対象となっている。これは、ウクライナの反撃能力が大きく向上し、戦争が新たなフェーズに入ったことを示している。
この能力向上は、ウクライナの戦略にも変化をもたらした。彼らは西側からの軍事支援を単に「与えられるもの」として受け身で待つのではなく、「自ら勝ち取るもの」と認識している。具体的には、ロシアが核兵器の使用を示唆する核ドクトリンの「レッドライン」にあえて近いとされるレーダー基地や爆撃機の拠点などを攻撃し、それでもロシアが核兵器を使用しないことを実証している。これは、西側諸国が懸念する「エスカレーション」の限界を探り、実際のデモンストレーションを通じて支援を促す、極めて巧みで計算された戦略だと言える。このウクライナの「自立した戦い方」は、国際的な支援のあり方にも一石を投じるものとなっている。
Q. 長期化する紛争で、戦線はなぜ膠着状態にあるのか?
戦線が約3年にわたって大きな動きを見せずに膠着している主要な要因は、ロシア軍の攻勢能力の著しい低下にあると指摘されている。練度の高い精鋭部隊の9割以上が戦闘力を損耗した結果、ロシア軍は訓練不足の兵士に満足な装備を与えずに最前線に送り込み、「人間地雷探知機」のように防御の穴を探させる非人道的な人海戦術に頼らざるを得ない状況に陥っている。このような戦術では、大規模かつ効果的な攻撃作戦を遂行することは困難だ。

また、FPVドローンに代表される最新技術の普及は、戦場の性質を根本的に変えた。前線の中間地帯だけでなく、その前後それぞれ40キロメートル、合計80キロメートルもの範囲が「キルゾーン」と化している。このゾーンでは、わずかな動きもドローンによって瞬時に捕捉され、精密な攻撃を受ける。これにより、兵力や物資の輸送・集積が極めて困難になった。20人の兵士を前線に送り込んでも、塹壕にたどり着けるのは1人か、時にはゼロという極めて消耗の激しい状態にある。双方にとって大規模な部隊移動が困難になったことが、戦線膠着を決定づける要因となっている。
Q. ロシア国内の状況と国民の不満は戦争にどのような影響を与えているか?
ロシア国内では、国民のプーチン大統領への支持率がウクライナ侵攻後最低水準となる65.6%にまで低下している。これは政府系の世論調査センターの数字であり、政権内部から見ても「まずい」と認識される水準だとされる。この支持率低下の背景には複数の要因が指摘される。一つは、Telegramのような主要なSNSがブロックされ、政府系のメッセージングアプリ利用が強制されるなど、情報統制が日常生活の不便さにつながっている点である。これは、政府がコントロールできない民意が広がることを警戒している証拠であり、政権の焦りを物語る。
さらに深刻なのは経済状況だ。戦争経済は当初、軍事支出増で一時的な好景気をもたらした。しかし、教科書通りインフレが進行し、所得の伸びを上回る物価上昇が国民の可処分所得を減少させている。結果として生活は厳しくなり、これまでプーチン政権が国民に暗黙裡に提示してきた「自由はないが、安定した生活は保証する」という社会契約が破綻しつつある。2026年第1四半期のGDPが前年同月比で0.3%減となり、マイナス成長を記録したことも、経済的な困難の顕著な表れと言える。
Q. 甚大な犠牲にもかかわらずロシアの継戦能力は今後どうなるのか?
ロシア軍はこれまでに甚大な数の死傷者を出しているが、依然として戦争を継続可能だと見られている。その主な理由は、犠牲者の構成にある。戦死者や負傷者の多くは、モスクワやサンクトペテルブルクのような大都市の中産階級ではなく、ロシアの貧しい地方や少数民族出身者が圧倒的に多い。政権は、入隊一時金として多額の資金を提示し、入隊後も高額な給与を約束することで、生活に困窮する人々を徴用している。さらに、戦死した場合でも多額の補償金を遺族に支払うことで、社会の表層に不満が噴出することを抑え込んでいるのである。

この「金銭による動員」が機能する限り、ロシアは戦争を続けることが可能だと専門家は指摘する。ただし、貧困層からの動員にも限界があり、すでに成績の悪い大学生を動員対象とするなど、これまで戦争を免れてきた層にまで影響が及び始めている兆候が見られる。しかし、それでもなお、この体制が今後1年や2年で決定的に崩壊することは期待できないだろう。歴史的に見て、ロシア国民は極めて高い忍耐力を持っている。ウクライナ人が理不尽に対して怒りをもって抵抗するのに対し、ロシア人は耐え抜いてしまう国民性がある。このため、アメリカが期待するような早期の内部崩壊は考えにくいが、忍耐の限界を超えた時には革命的な事態に発展する可能性も秘めている。長期化する原油高がロシアの戦費を支えている側面もあり、その継戦能力はしばらくの間維持される可能性が高い。