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ヒットの復権。J-POPが世界で流行る理由
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2026年5月9日

一時は衰退が続いていたJ-POPが復権している。過去10年の間に、なぜヒットが復権したのか?新たな「ヒットの法則」とは何か?音楽評論家の柴那典氏に聞いた。 <ゲスト> 柴那典|音楽評論家 京都大学卒業後、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーや社会批評の分野にて執筆やインタビューを手...
激変するヒットの法則:音楽がビジネスの未来を予見する理由
この10年で音楽業界のヒットの法則は劇的に変わった。
かつてのCDの売上至上主義は終わりを告げ、ストリーミングを中心とした新たなビジネスモデルが台頭している。これは単に音楽市場の変化にとどまらず、あらゆるビジネスに適用できる洞察を含んでいる。音楽は、時代の変化を最も早く捉え、反映する「炭鉱のカナリア」である。では、具体的に何が変わり、この変化はビジネスの未来にどのような示唆を与えるのだろうか。

Q. この10年でヒットの法則はどのように変わったか?
かつて音楽業界を支配したのは、アイドルグループの複数枚購入を促す「特典商法」であった。これによりCDが何百万枚も売れても、実際にその曲を世間が広く知っているわけではなく、何が本当に流行っているのかが見えにくい時代であった。これを「ヒットの崩壊」と呼ぶ研究者もいる。しかし、この状況は劇的に変化した。
現在の音楽業界のビジネスモデルは、CD販売からストリーミング再生へと移行した。これによりヒットの可視化が進み、再生回数という客観的な指標で世の中の流行が明らかになるようになった。YOASOBIの「夜に駆ける」やAdoの「うっせぇわ」のように、誰もがタイトルを聞けば口ずさめるような真の国民的ヒットが再び生まれるようになったことは、業界にとって極めてポジティブな変化であった。
Q. 音楽業界はなぜ時代変化の「炭鉱のカナリア」となるのか?
音楽が時代変化をいち早く示す「炭鉱のカナリア」となる理由は主に二つある。
クリエイターが時代の空気を捉えてから作品を発表するまでの期間が、映画や小説などの他のコンテンツに比べて圧倒的に短い。
音楽はデータが軽く、デジタル化された際の取り扱いが容易であったため、インターネット技術や配信モデルの変化を他業界に先駆けて経験した。
具体的には、2000年代のNapsterに代表される違法ダウンロード問題や、その後のSpotifyなどの合法的なストリーミングサービスの普及など、音楽業界はデジタル変革の最前線を走ってきたと言える。
これらの特性により、音楽は時代のムーブメントを敏感に反映し、また新たなビジネスモデルを先行して実践する土壌となっている。そのため、音楽業界の変化は、その他のコンテンツ産業や一般ビジネスにおける先行事例として捉えることができる。
Q. 2016年はヒットの歴史においてどのような転換点だったのか?
2016年はヒットの法則における重要な転換点であった。ピコ太郎の「PPAP」がその象徴である。当時、その突拍子のない内容は「一発ギャグ」と見なされがちであったが、実際にはショート動画の爆発的な拡散力と、それに伴う人々の行動変容を世界に知らしめた最初の事例であった。これは現在のショート動画文化やアルゴリズムによるヒット創出の萌芽を示していたのだ。

同時期、YouTubeが関連動画に機械学習アルゴリズムを本格導入し、SNSが「ソーシャルグラフ」(友人関係に基づく情報共有)から「コンテンツグラフ」(アルゴリズムが推奨するコンテンツそのものによる情報拡散)へと変遷を遂げ始めた。この変化は、フォロワー数に依存せず、コンテンツ自体の魅力で一夜にしてバズが起こる「アルゴリズムの時代」の到来を意味していた。
また、2016年には映画『君の名は。』が大ヒットし、新海誠監督とRADWIMPS野田洋次郎による「クリエイティブな結託」が成功の鍵となった。これは単なるタイアップにとどまらず、作品と音楽が深く一体化し、互いの価値を最大化する新たな協力関係の形を示した。これにより、楽曲がアーティスト自身の表現でありながら、作品の主題歌としても成立するという両立が可能となり、アニメソングがJ-POPのメインストリームでヒットする新たな方程式が生まれたと言える。
Q. 「バズ」と「バイラル」の違い、そしてその関係性は何か?
「バズ」と「バイラル」は混同されがちだが、本質的に異なる現象である。バズは特定の情報やコンテンツに注目が瞬間的に集中する現象であり、多くの場合、大量の広告費やインフルエンサー活用といった明確なプロモーション戦略によって意図的に作り出すことが可能だ。
一方、バイラルはコンテンツに触発された人々が自発的に二次創作(カバー動画やダンスチャレンジなど)を行ったり、自身の表現の一部として利用したりすることで、それが連鎖的に広がる現象である。バイラルの大きな特徴は、その起点や拡散ルートが予測不能であり、マーケティング戦略によって意図的に「作れる」ものではない点である。多くのマーケターは「バズらせたい」と考える際に、実際には「バイラル」のような触発の連鎖を期待していることが多いが、これらは根本的に区別する必要がある。バイラルはコントロール不能な偶発性の産物である。
Q. 2019年以降、J-POPのヒットの主役はどのように変化したのか?
2019年はJ-POPにおいて明確な主役交代が起きた年である。この時期、ヒットチャートの上位には米津玄師、あいみょん、Official髭男dism、King Gnuといった、主にストリーミングを通じてブレイクしたアーティストが名を連ね始めた。

これはストリーミングサービスの本格普及が背景にあり、大物アーティストの楽曲解禁も進んだことで、CD販売の枚数よりも、どれだけ「長く聴かれ続けるか」という再生回数がヒットの指標となったためだ。一過性のブームではなく、人々の生活に溶け込み、継続的に愛される楽曲の力が問われるようになったのである。この変化により、ファン層に限定されず、幅広い層にアピールする本質的な楽曲が評価される傾向が強まったと言える。
また、社会現象となった『鬼滅の刃』とその主題歌であるLiSAの「紅蓮華」の大ヒットは、アニソンがサブカルチャーから日本のメインカルチャーへと躍り出て、J-POPの中心的存在となったことを象徴している。

Q. 現代のヒット創出において、「アルゴリズムの女神」の役割とは?
現代のヒット創出においては、「アルゴリズムの女神」とも呼べる不可解な偶然性が大きな役割を果たすことがある。2020年のYOASOBI「夜に駆ける」は、ソニーミュージックが仕掛ける物語プロジェクトから生まれ、コロナ禍におけるエンタメの停滞期に、チームの機動的な判断とプロモーション戦略により紅白歌合戦初出場まで駆け上がった「チームの勝利」と評価できる。
一方、同じく2020年のヒット曲である瑛人の「香水」は対照的なケースである。メジャーレーベルに所属せず、単なる専門学校生が個人で配信した楽曲が、誰にも予期せぬ形でバイラルヒットを記録した。本人や関係者が調査しても、その最初の起爆点が何であったのかは明確に特定できなかった。これは、緻密な戦略で作り出されたヒットとは異なり、予測不能なアルゴリズムの推薦がもたらした「偶然の産物」であった。
このように、現代のヒット創出は、精緻な戦略に基づくものと、アルゴリズムの予測不能な「微笑み」によって生まれるものの二極化している。特にバイラルを意図的に仕掛けて成功するケースは少なく、運を天に任せる要素が極めて大きい。「偶然の時代」こそ、現代のヒットが持つ本質であると言えよう。